第20話 やってもやらなくても後悔することがある

 それからも街の跡が見えてくるまでずっとアンデッドと戦いながらだった。午前中のうちに出てきたのに、ちょっと日が暮れかけてるぞ、おい。これ帰りどうすんの?

「研究区の中で夜を明かせる場所を探すか」

「えええ~~~! 今日の分も宿代払っちゃってるんじゃないの?」

 とかケチくさいことを言うおれ。どうせ払ってるのはナレディだというのに。

「今からすぐ戻れば、そんなに暗くなる前に街の明かりが見えてくるだろうが、ナレディを探すとなるとな。研究区に着いてすぐ見つかるかも分からないし、そもそも来ていなかった場合、来ていなかったと納得できるまで探すことになるだろうからな」

 途方もないな。これ、やっぱ宿で待ってた方が良かったんじゃ……?

「わざわざこんなところまで来たんだ。とにかく探そう」

「やっぱそうなるよな」

 ふと建物の中から物音が聞こえた。

「問題が二点」

「えっ問題?」

「アンデッドと魔王軍だ」

「大問題じゃねーか」

「さっきの森にいたアンデッドは、遠隔地で処刑され、ここまで運ばれて遺棄された死体だ。だから筋肉が融解しかけか、融解しきったものが多かった。が、この研究区内のアンデッドは、かつてここで起こった事件で死んだ者の肉体に憑依したものだからな。肉体の鮮度が高い」

「せ、鮮度……」

「ゴーストが憑依すると、屍生者と同様、肉体の腐敗が進行しなくなる」

「つまりあれか。今までのアンデッドは、最初から腐ってたり腐りかけてた死体にゴーストが憑いたもの。で、街の中に出るのは、まだ腐り始める前にゴーストが憑いたもの」

「その通りだ」

 今のところ、街の道路とか広場にはまだ何もいない。建物の中から時々何かが歩くような音がするだけだ。

「鮮度が高いと、強いの?」

「ああ。筋肉だ。筋肉がまだ機能しているから、すばやくて力も強い」

「えっ怖い」

 おれすばやい奴に対応できない。

「それに、建物を大きく破壊するわけにいかないから、火の壁も使えないぞ」

「ええ⁉ おれの唯一の武器が!」

「火の玉を飛ばすわけにもいかないだろうな」

「えええ、おれの第二の武器が!」

「唯一とは」

「もうっ、そういうのいいから! おれにもどうにか戦える方法考えてくれよ! おれが使える魔法って何か飛ばすか火の壁作るくらいなんだぞ!」

 他の属性も習ったけど、実戦で火の魔法ばっか使ってたから、すぐには出てこない。入門書かノート確認したい。したとしても、いざって時に出てくるか分からない。

 テーベがすっと何かを差し出した。これは……剣?

「こないだの特訓が役に立つな」

「まじか」

 剣はやめとけってテーベもナレディも言ってたのに、早くも……。

 おれはため息まじりに剣を受け取った。やるよ、もう。だって死にたくないからな。

「研究区内は魔力の供給源が過去の事件以来ほとんどないはずだから、おそらく共喰いで多少数が減っているはずだ。建物の角とかを使ってなるべく遭遇しないように済ませたいな」

「あんまり声とか出さない方がいいかな?」

「どうかな。どうせ存在にはもう気付かれてる。魔力を持った人間は、奴らにしてみればうまそうな餌だろうからな」

 怖いなぁ~。もうほんっと、怖い。

 今更なのは分かってるけど、なんで宿でおとなしく待つ方を選ばなかったのか。

「ナレディの家か工房辺りを探そう。陽のあるうちはアンデッドは外に出て来ないが、日が暮れたら外でもかまわず追ってくるはずだ」

「どうにか街まで瞬間移動できる方法を今すぐ知りたい」

「現実逃避しないで周囲を注意して見ててくれ」

「…………」

 まずは、ナレディの工房跡に向かった。通り過ぎた家の窓から、多分アンデッドだろうなっていう人影が見えた。ちょっと距離があったし、西日が反射してよくは見えなかったけど。

 研究区はそんなに大きな街じゃないようで、少し歩いたらすぐ着いた。

 工房は、どれも遠目から見るとドームのような形をしていてメルヘンかなと思った。……が。

「これは……だめだな」

 工房跡は、ほんと、「跡」だった。建物が半壊してて、ほぼがれきの山だった。一部は確かにドーム型のシルエットが残ってたけど、こっち側だけが残ってたり、下の方が全部焼け焦げてたり。

 で、ナレディの工房跡はというと、ドームすら残ってなかった。焦げたがれきが隙間なく重なり合っていた。

「ナレディ、ここから逃げ出したとあの時言っていたが……」

 えっ、このがれきの下から這い出して来たのか?

「とりあえず、最近来たっぽい感じないよな?」

「そうだな。……となると、家か」

 辺りが少し暗くなってきた。

「行くならさっさと行こう!」

「ああ。……いや、それが」

「え、なに? 行かねえの?」

「考えてみれば、俺はナレディの家がどこかよく知らない」

「えっ!」

 急速に絶望した。

「なんでそういうこと今考えるんだよぉぉぉ! もっと早くにさぁぁぁ!」

「す、すまん」

「謝って済むなら警察はいらねぇよぉぉぉ!」

「そ、そうだな、謝って済むならいらないな、王国軍」

 どうやら「警察」は「王国軍」に変換されるらしい。今そんな状況じゃないけど。

「……で、どうする?」

 文句言うだけ言って、判断全部テーベに丸投げのおれ。いるよな、こういう「全部任せるよ」とか言っておきながら、文句ばっか言ってる奴。おれってばまさにそれ。

 あれ、そういえば。

「魔王軍がどうのってさっき言ってなかった?」

 テーベはうなづいた。

「ああ、もしかしたらここにたまに偵察に来てるかもと思ってな」

「でも人がいそうな気配なんてないぞ?」

「魔王軍といっても、王国軍ではないからな。魔王側についた連中のことで、来るとしたら数人の護衛を雇ってくるか、二、三人くらいの少人数で来るんじゃないか」

「ふーん」

 よく分からないことだらけだ。魔王は国を支配してるんだと思ってたけど、王国軍を自由に動かせるわけではないのか。

「魔王側についた連中」ってことは、王国軍とかなんか国のえらい人たちには、魔王側についてる連中とついてない連中がいる、ってことか?

 そういえばそもそもなんで魔王を倒そうとしてるのか、まだちゃんと聞いてないんだった。無事宿に戻れたら聞こう。というか、できるなら今すぐ帰りたい。

「仕方ない、俺の家に行くか」

「えっテーベの⁉ なんで⁉」

「ここが襲撃された時、うちは被害が少なかった方で、建物自体はおそらく残っているはずだ。どこか拠点にできる場所を確保した方がよさそうだ」

「なるほど」

「それに、何か使えるものがあるかもしれない。俺としては、弓や短剣でも回収できたら助かるな」

「ふーん」

「使えそうなのがあったら、トモも好きに持っていったらいい」

「えっなんか気が引けるけど」

 第一すでに結構でかい杖を常時持たされてるからな。


 で、テーベの実家。

「うっわ……」

 門のところにアンデッドの残骸があった。

「共喰いだな」

「うぇぇ……」

「森のやつが研究区に近づきすぎて、研究区のやつに喰われたんだろう。見たところ、残骸の肉の鮮度は……」

「そ、そんなことよりずいぶんでかいお屋敷だね」

 話題を変えたかったおれ。

「研究区の住居エリアはどれも似た建物だろう? この辺り……研究区の西の方はあまり攻撃を受けずに済んだんだ」

「へぇ。テーベとか、守護兵団? だっけ? が住んでたから?」

 門から玄関までの道を、肉片を避けながら歩いた。

「いや、この辺は魔王にとってどうでもいい場所だったからだろう」

 ん? 裏を返せば、ナレディの工房とかは魔王にとってどうでもよくなかった、ってことか?

 テーベが玄関扉を引いた。

「ふつうに開いてるけど、大丈夫なのか?」

「多分、根城にされてるな」

「えっ」

 入るとすぐ大きな玄関ホール。あれっぽい。洋館にゾンビが出るあれ。

 ホールの奥に扉があって、開いたままになってる。その奥から生臭い匂いがしてきた。門のとこにあったアンデッドの残骸を喰った奴が、中にいるんだろう。

 というか、肉片落としながらかじりながら中に入った、ってことだよな。モザイクかけた方がいいんじゃないの?っていう物体が、点々と奥まで続いてる。

「ヴェラメン、テルム、クム、イーニス」

 テーベが剣を抜いて、火をまとわせた。

「トモもやれ」

「あ、あい」

 杖を脇に挟んで、鞘を押さえて借りてる小ぶりな剣を抜く。杖を左手で持ち直す。

 両手ふさがって嫌なんだけど。でも杖をその辺に置いていくわけにはいかないから仕方ない。

 ささやき声で剣に火を灯した。家の中で燃えさかる松明を作るわけにいかないからな。

 家は静かだった。なんとなくだけど、奥から者かの気配を感じる気がする。これがホラー映画だったら、「やめとけ! 絶対死ぬやつだぞ!」ってなるやつ。

「俺が戦う。トモは万が一の時の自衛に専念しろ」

「あい」

 大丈夫か? これテーベの死亡フラグじゃないの? おれの目の前でこいつの首が飛んだりしないか?

 おれは杖と剣を握りしめた。こんなに握ってたら、いざという時振れない気がする。でもしかたない。怖い。他にすがれるものがない。

 震える足でテーベの後ろについて歩く。生臭さが一層濃くなってくる気がする。

 と、玄関の方でバタン、と音がした。

 嫌な感覚が背筋を這った。おれたちは勘違いしてたのかもしれない。敵は屋敷の奥にいるんだと思っていた。だからこうして奥に注意して、玄関には完全に背中を向けている……。いつのまに背後を取られた?

 振り返るのが怖い。でも、振り返らなければ背中から攻撃を受けるだけだ。

「…………」

 振り返ったけど誰もいない。

「テーベ……」

「トモ、分担して戦おう」

 テーベは振り返らずに言った。

「うっ、やっぱり……」

「多分だが、奥にいる奴は手ごわい。知恵もありそうだ。俺がこっちをやろう」

「おれが……玄関のほう……」

「頼む」

「うぅ……すげぇいっぱいいたらどうするんだ……」

「音と気配からするとそれほどではないと思う。万が一数が多かったら、すべて燃やしてかまわない」

「家も燃えたらどうするんだよぉ……」

「なるべく気を付けて欲しいが、背に腹は代えられない。一気に燃やして、できる限り消火してくれ」

「…………」

「ここで話していても自体は好転しない。とにかく倒そう」

「……はい」

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