第13話 腕が飛ぼうが脚が燃え尽きようが

 夕食時。

「で? 倒せたのか?」

 ナレディがそっけない口調で聞いてきた。

「たっ、倒せたよ~~~」

「ほう。それなら剣士になるのか?」

「い、いや~~~、それはちょっと……」

 今おれは全身よろよろしてる。なんでって? スライムにやられたのかって? それともスライムの蒸気には人をよろつかせるような成分が含まれてるのかって?

 いや、ただの筋肉痛です……。

 あ、でもでも! その日のうちに筋肉痛になるって、若さの証拠じゃね? そうだ、今おれは若い!

 屍生者なのに筋肉痛になるのかって? それね、おれも思った……。

「そりゃ肉体を使ってるんだからなるだろう。痛覚は生きた人間よりも弱いはずだが」

 だそうだ。感覚の鈍ったデブとどっちが痛覚弱い?って聞いたら、

「はあ?」

 と言われた。

「トモ、あのな」

 テーベが口をはさんできた。

「こちらとしては頼み事をしている身分だから、希望はなるべく聞いてやりたい。聞いてやりたいが、魔王と戦うことを念頭に置くと、剣の腕は少なくとも俺と同等でないと困る」

 まじめに言われた。

「い、いや、おれもそう思ってたな~、なんて」

 あのほぼ動かないスライムでさえびびりながら斬りつけて、蒸気浴びてひぃひぃ言ってるんだからな。これ、もっとガチの敵なら返り血とか浴びてる感じだろ? ひぃ。

「にしても、テーベと同等とか。国一番の剣士だろ? ははっ、そんなレベルのヤツそうそういないだろうに」

 テーベが首をかしげた。

「俺は全然国一番じゃないぞ」

「えっまたまたぁ」

「いや、本当に違う。なんでそう思ったんだ?」

「え、言ってなかった?」

「言ってない」

 あれ、ほんとだ。確かに言われてない。なんでそう思ったんだ?

「あ、魔王倒すとか言うから……」

「ああ」

 テーベが納得した顔になった。

「確かに、国一番くらいじゃないと難しいのかもしれないな。残念ながら俺は、国一番どころか、王国軍ですらない」

 王国軍。ごめんけどすごさが分からない。いや、王国軍て国直轄のなんかすごい軍だろうからすごいんだろうけど、どんくらいすごいのかピンとはきてない。まず国の規模が分かってないし、分かったところでおれそういう知識も経験もないからな。

「テーベは屍術研究区の守護兵団の中隊長だぞ。兵団では一番の腕だ」

 ナレディが急に入ってきた。

「別に一番では……」

 謙遜するテーベの説明を遮ってさらに持ち上げるナレディ。

「いや、一番だ。王国軍と戦ってもいい線行くと思うぞ」

「言い過ぎだ。ナレディはあまり剣のことは知らないから。トモは話半分に聞いてくれ」

「はは、そうするよ」

 とかなんとか和やかな夕食。

「おい、モモ」

「えっ」

「結局お前、戦闘はどうするんだ? 剣士はやめるのか? 魔法を極めるのか?」

「…………極めないけど魔法でいくよ……」

「極めろ」

「…………」


 夕食を終えて部屋に上がる途中だった。

「トモ、そのすね、どうしたんだ?」

「え?」

 言われて初めて気づいた。

「うわああああへこんで……!」

「おい、騒ぐな!」

 すみやかにナレディの部屋に連れてかれた。

「あの、すごく、へこんでるんですけど……!」

「見たら分かる。岩か何かにぶつかったんだろう。……肉がえぐり取れたわけではないな」

「怖いこと言うなよぉぉぉ!」

 へこんだすね見たらすごく痛い気がしてきた……。生きてた頃にもあったな、似た出来事。こけて、そこまで痛くなかったな、と思ってそのまま家に帰って、見たら膝から血がだらだら出てて、それに気づいた途端めちゃくちゃ痛くなるやつ。それみたい。

「こ、こ、これ、治るの?」

 ナレディは落ち着きはらって言った。

「放っておけば数日で元に戻りそうではあるな。へこんでるだけだし」

 だけって‼

「しかし、すねがへこんだままうろついたら、周りに不信を抱かれかねん」

「治してぇ……」

「仕方ないな」

 ナレディはため息をつくと、ベッドサイドに置いてあった鞄を開いた。

「お前はその辺に座ってろ」

「…………」

 言われた通り、イスに座って待つ。

「何か飲み物でももらってくるか?」

 テーベが聞いてくれた。

「治療って痛い?」

 痛いなら、そしてさしつかえないなら、酒でも飲みたい。

「知らん。ナレディ、痛いのか?」

「知らんが、痛くないんじゃないか?」

 こいつらほんっとおれの気持ちに無頓着すぎ! 「すぐ終わりますからね~」とか「ちょーっとチクッとするだけですからね~」とか嘘でも言えんのか!

 ナレディが注射器を出してきた。

「ひぃ!」

 えええええこっちの世界って注射とかあんのぉぉぉぉ⁉ 怖いよちゃんと針刺せますか? 何度も刺し直しになったりしませんかぁぁぁぁ⁉

 と思いながらびくびくしてたら、ナレディが自分の腕に刺した。

「お前かよ‼」

 すごく顔をしかめられた。

「術を使うのは俺なんだから、当たり前だろう」

 何が当たり前なのかさっぱり分からないよ~~~~! もう怖い怖い!

 そしてそのまましばし待つ。

「そろそろいけるか」

 で、飲み物買いに行ったテーベが戻ってきた。

「シードルだ。これで気持ちを落ち着けるといい」 

「…………いただきます」

 ナレディがおれの前でしゃがんだ。

「シードル、頭にこぼしたりしてくれるなよ」

「痛みでびくぅってなってこぼれちゃったりとか、ある?」

「知らん」

 そう言ってナレディはテーベの方へ向き直った。

「テーベ」

 ナレディが言いながらあごで何かテーベに合図する。テーベがおれのジョッキを取った。あ~~~~まだ一口しか飲んでない。まだおれは正気を保ったままだよぉ~~~。

 ナレディがすごい長々と早口で呪文を唱える。おれには覚えられなかったし、なんなら大半が聞き取れなかった。

 指先からほっそい光の針みたいなのを出して、それをおれのすねに突き刺した。

「ひっ……」

 痛……くはない。少し熱を感じる。ナレディはおれのすねのへこみ全体に、針をぐるぐるかき混ぜるように動かした。針の熱が、へこんでる部分全体に広がる。それに合わせてへこみが徐々に治っていった。

「おお~」

「ま、こんなもんでいいだろう」

「ありがとう!」

「屍術師として当然のことをしただけだ」

 なんだそれ。照れ隠しかよ。いや、完全に「当然のことをしただけだ」としか思ってないな、こいつは。

 まあいいけど、すねのへこみが治ったから。

「こういう肉体の損傷をなるべく抑えるためにも、剣士のような前衛ではなく、後衛の魔法使いとして戦った方がいいと思うんだがな」

「…………」

 そういう理由があるなら先に言ってくれよ。少し泳がせてみたりせずによ。

「俺もちょっと事情があってな。魔力がほぼ無い。だからお前が怪我をしたとして、まず俺自身に魔力注入処置をしなくてはいけない。注入用の魔力は高い。いざという時になくなっていては困る。だからなるべく怪我をするな」

「……はい」

 いや、おれだってね、別に怪我したくてしたわけじゃないというか、ね。やんちゃなタイプでもないですし。

「ちなみに、今回程度の怪我なら、潰れた細胞を魔力でほぐして戻せば済むが、例えば腕がちぎれたりしてなくなった場合は、替えの新鮮な腕が必要だぞ」

 こっっっっっわ! なんでそんなこと言うのぉぉぉ‼

「逆に言えば、俺に注入用魔力の余剰があって、お前自身の魔力が残ってさえいれば、腕が飛ぼうが脚が燃え尽きようが、身体は元に戻る」

「…………」

 やべぇこえぇよ! そんくらいの勢いでおれを使い潰す気なのかっ⁉ 

「なるべくエレナの素体部分を残したい。怪我をするな」

「…………」

 あ、そうか。中身はともかく、この身体を粗末に扱うわけがないんだった。

「……はい」

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