第11話 冒険者パーティに一番必要な人材

「今日は全属性の基礎魔法を一通り復習するぞ。それから標的に当てる練習だ」

 翌朝。

「りょーかい!」

 今日もよく晴れてる。そして毎日早寝早起きだから爽快だ。死体とは思えぬ健康っぷり。

「あ、待て。基礎の基礎はいいから、前方に飛ばす魔法からやれ」

 木と干し草で作ったと思われる人形みたいなものが牧草地の向こうに見えた。

「お、おお」

 あれに当てろ、ということか?

「火、水、土、風、順番に続けてやってみろ」

「あい」

「あ、待て。火は最後にしろ。せっかく作った的を燃やされたくない」

「…………」

 昨日一応全部ノートにメモってきた。まずは水。

「ロス、ヴォラティリス、プロッド」

 水の粒が干し草人形にぶつかる。跳ね返って地面に落ちたのもあるけど、半分以上は人形にめり込んで湿らせた。

 続けて土。

「グレーバ、ヴォラティリス、プロッド」

 人形の手前の地面に落ちた。あー、届かないか。

 で、風。

「スピリトゥス、ヴォラティリス、プロッド」

 つむじ風が人形を揺らして通り過ぎた。

 最後は火。

「イーニス、ヴォラティリス、プロッド」

 さすがにもう見ないでも言えるようになったわ。反復練習だな。

 で、肝心の魔法ですが。

 火の玉がすごい勢いで人形をかすめてあっちの方に飛んでって消えた。かすめた部分から煙が出たかと思いきや、人形全体がぶわっと燃え上がった。

「せっかく作った的が……」

 ナレディがぼそっと言った。知らんがな。お前が当てろって言ったんだろがい。てか、いつの間に作ってたんだよ、こんなん。


 午後。

「あの森まで行くぞ」

 ナレディが牧草地の先にある森を指した。

「あ、あの森は……! 確か小物がいる森……!」

 ついにその日が来たのか……って、まだ魔法始めて二日目なんですけど!

「身につけるには実戦が一番だ」

 実戦で身につく前に死んだらどうする! いや、おれすでに死んでるんだけども。

「テーベも来るから、最悪それまで生き延びれば大丈夫だ」

「……じゃあテーベが合流するまで待とうよ」

「いや、大丈夫だ」

「…………」

 ようするにこいつせっかちなんだよ。


 森は別にぱっと見ふつうの森だった、と言いたいけど、おれはそもそも森に詳しくないからなんとも言えねえわ。かなり背の高いまっすぐな木がひたすら生えてる。下草はそんなにない。歩きやすい方じゃないかな。

「森の入り口辺りは、街はずれの住人がキノコやら木の実を採りに来るそうだ。魔物もほとんどいない。まれにスライムがうろついてたり、魔力を吸収して大型化した虫がいる程度だそうだ」

「へ、へぇ」

 うん、RPGの序盤っぽい。

「まれにしかいない魔物を探してウロウロするのも無駄だから、森の中にある洞窟にで実戦訓練を行う」

「どっ洞窟!」

 それはゲームで言うと急に強い敵が出てくるやつ!

「え~~~~それはちょっと急すぎると思うなぁ! まずは森の中の雑魚を倒そうよぉ!」

 雑魚とかいってるけど、その雑魚もこないだ倒しきれなくて逃げられたけどな。杖で刺して。

「おお、あれだな、『冒険者さんには大した事ないかもしれないが、魔物がいるから気を付けろよ』と宿の主人に言われた洞窟」

「…………」

「さ、行くぞ」

 

 洞窟の中は暗かった。そりゃそうだよな。日本の観光名所になってる洞窟とか鍾乳洞とはちげぇんだわ。ライトアップとかされてねぇの。

「暗いよ~。無理だよこんなとこ入るの~」

「おい、見ろ、あの隅にスライムがいるぞ」

「えっいるの? 分かんないよ暗いよ怖いよ~!」

「スライムは存在に気づいてしまいさえすれば怖い魔物ではない。攻撃してみろ」

「いやいや、ちょ、待って待って!」

「大丈夫だ、あまり魔力を込めすぎずにやってみろ」

「ちょ、込めすぎずにって……」

 牧草地でぶっ飛ばした火の魔法を思い出した。え、あれ当てんの? あんなの当てたらスライム、爆散するんじゃね……? そこまでするか? スライムに。

「あ、あのさ~、スライムかわいそうじゃね……?」

「は?」

 えっこわ! 何その冷たい返答。

「お前はスライムがどれだけ人間に害を与えているか知らんのか」

「知らんし、別に洞窟にいるだけだろ? それをさー、人間がずかずか踏み込んでって一方的に攻撃するとか、人道的にどうなの?」

 ナレディが深々とため息をついた。えっそんな呆れるようなこと、おれ言った?

「こういう事例がある」

「えっ」

 なんだ急に何が始まるんだ。

「ある羊飼いの男性が、仕事中に木陰で休んでいた。羊を眺めているうちに、その男性は眠りに落ちてしまった」

「羊が一匹、羊が二匹、のやつね」

「その男性が寝ている間に」

 おい、ガチスルーかよ。

「スライムがその男性の顔面に這い上がり」

「えっ」

「その男性の顔の表面を消化してしまった」

「えっ⁉」

「途中で痛みに気づいて跳ね起きたが、その時にはすでに両目は視力を失い、鼻も溶かされてふさがれ、鼻での呼吸ができない状態に」

「ひいいいいいい‼」

「分かったか? スライムの危険さが」

「こ、こえ~……」

「それだけでなく、奴ら、下水を詰まらせて病原菌の蔓延の原因になったり、とにかく人間社会に近いところにいてはいけないんだ。他の小型の魔物も似たり寄ったりだ。だからこのくらいの距離の場所に生息している魔物は、なるべくこまめに駆除していかなければいけないんだ」

「こ、こえ~」

「分かったら攻撃しろ」

「えっ」

「害生物の駆除とお前の訓練が一度にできるんだ。こんなもってこいのことはない。早く攻撃しろ」

「や、え、あの……」

「お、こっち来たぞ、スライム」

「えっ」

「ちょうどいい。攻撃しろ」

「えええええええ~~~~!」

 待って待って待って待って心の準備ちょっとまだできてない!

「どんどん近づいてくるぞ。早くしろ」

「えっえっ」

 うわああああああんほんとに来たこっち来たぁぁぁぁぁぁ‼

「どうした⁉ 攻撃しろ!」

 そんなこと言われてもぉぉぉぉぉ‼ なんだっけ呪文‼ ええええええええええん‼

 おれがオロオロしてる間にも、スライムがぐじゅぐじゅ音を立ててこっちに接近する。

 てか、え? なんかこないだのやつよりでかくね? 倍くらいある気がする! こないだのやつより黒っぽい。淀んでて中身の浮遊物がよく分からない。よく分からないだけに怖い。

「おい、何してる! 早く! 早く攻撃しろ!」

「え、あ、え、えぇ~~~~~」

 あ、だめだ、何も思い出せない……。おれは杖を振り上げた。

「うおおおおおおおおおおお‼」

 そしてその杖を振り下ろして先端をスライムに突き刺した。

 ぐじゅ!と音を立ててスライムが怯み、洞窟の奥へ逃げて行った。

「…………」

 あ、ナレディ氏の視線が痛い。

「お前はもう戦士にでもなれ」

「…………」


 少ししてテーベが合流した。というか、おれがスライム退治でパニック起してる間に合流してたらしい。おれたちがテーベに気づいた時、テーベは爆笑していた。

「…………」

 

「イーニス、ヴォラティリス、プロッド!」

 おれは洞窟の外から洞窟の入口に向かって火の魔法を飛ばした。

「おい、なんでそんな大声で唱えるんだ!」

 ナレディが叫ぶ。

「テーベを蒸し焼きにする気か!」

 そこそこ規模の大きい爆発が起こる。おれの魔法がスライムに当たるとこうなる。

「なんかもう加減が分かんなくなったんだよ!」

「加減分からなくなると大声になるのかお前は!」

「一応俺は無事だぞ、誰も聞いてくれないけど」

 テーベが洞窟の奥から出てきた。

「ひっ!」

 剣でスライムを持ち上げながら。

「なぜ持って来たんだ! 投げろ! モモに向かって投げろ!」

「やめろ!」

 おれたちが何をしてるかって? ナレディの考えたクソゲーだよ。

 テーベが洞窟の奥から剣でスライムをすくい上げて、おれのいる方へ投げる。で、おれがそれめがけて魔法を放つ、っていう。

 しかしおれの覚えた呪文は火を前に飛ばすだけだから、ぶっちゃけテーベが投げる位置をコントロールしないと当たらない。そして剣であのずるっずるなスライムをすくい上げるには相当繊細な技術がいる。

 つまり今のところレベルアップしたのは、おれの魔法じゃなくてテーベの剣さばきの繊細さ、とかいうオチ。

「おい、まだ五匹しか倒せていないぞ」

「もう十分だよ。五つも命を奪ったんだぞ……」

 こっちの世界でスライムはゴキブリ的ポジションにいるようだけど、それでも人間の勝手で命奪うってのはそこそこアレだからな、アレ。罪悪感。そう、それ。

「五匹のうち最初の二匹はテーベが切り刻んだようなものだ」

 ナレディのクレームに、テーベが反論する。

「仕方ないだろう。スライムはふつう剣で運んだりしないもんだ」

「てかさー、命中率が悪すぎるよ。なんかもっとちゃんと当たる魔法とかないの?」

「俺が知るか! 俺の専門は屍生術だ!」

 うわっ、こいつ、逆ギレしやがった。

「じゃあ本で勉強しとくからさぁ。今日はもう帰ろうよぉ」

 だってなんか無駄すぎるんだもん。

 テーベもうなずいた。

「そうだな。少し基礎属性魔法に詳しい奴にでも習った方がいいんじゃないか?」

「そーだそーだ! 知らんとか言うくらいなら教えるな! 教えるなら知らんとか言ってなげんな!」

 調子に乗って煽るおれ。

 あっ、舌打ちしやがった、ナレディのヤツ。

「……分かった、何か方法を考えよう」


 夜。宿にて。

「は~、今日はよく動いたからメシがうまいな」

「お前は本当によく食うな。スライム三匹しか倒してないくせに」

 くっそ、スライム一匹も倒してない人に言われたくないんですけど。

 あの後おれとナレディは、冒険者の集まる酒場とやらを宿で聞いて行ってみた。で、魔法の先生になってくれそうな人を探したけど、そもそも魔術師はいなかった。今日はいなかったのか、この街にはいないのか……。

「この辺は魔物なんて小物程度しか出ないからな。魔術師をパーティに入れるような本格的な連中は、北の原屍連山や東の亜溶岩遺跡にでも向かっちまうんだ」

 と、酒場の親父に言われたんだけど、え、よくあるゲーム展開だと、こういう固有名詞、序盤に名前だけ出てきて結局いくハメになるじゃん? え、行かなくていいよね? なんか禍々しい名前じゃありませんでした?

「魔術を教えられるような人はいないか?」

「いないね」

「この街の魔術師志望はどうしてるんだ?」

 食い下がるナレディ氏。

「知らんね。魔術学校とか行くんじゃないか? 隣の街の」

「魔術学校か。それは子供が行くやつじゃないか」

「知らんけど、普通は子供の頃からやるもんじゃないのかい? 魔術ってのは。失礼だが、あんたらが今から習うってのは……」

「…………」

 そして本屋に来た。

「仕方ない、独学だ」

「…………」

 ナレディの報告を、テーベは笑って聞いてた。

「いや、笑ってるけど、何も解決してないからな? エレナさんとかどうやって魔法覚えてたの?」

 テーベもナレディも首をかしげる。

「知り合った時には普通に魔術使ってたから分からん」

 くっそ使えねぇ。

 ナレディがテーベを指さした。

「お前も少し使えるじゃないか。あれはどうやって覚えたんだ?」

「えっテーベも使えるの?」

 テーベが首をひねった。

「いや、使えると言っても、剣に属性を付与するとかそんな程度だ。魔術の仕組みを学んだわけでもなく、特定の呪文だけ覚えてたまに使ってるだけだ」

 あれか、文法は分からないけど、ドイツ語で「こんにちは」は「グーテンターク」って覚えてる的な感じか。おれも今は入門書の呪文覚えたりカンペ見たりして使ってるだけだが。

「エレナの魔法も、俺に聞いても無駄だぞ。戦闘中は俺が前線に出て剣で戦ってる間に、離れたところでぼそぼそ何か言って敵に魔術を当ててたからな、エレナは。呪文を聞きかじることもできん」

「お、おお……」

「エレナに限らず、魔術師の戦い方は大体そんなもんだ」

「ふーん。……あ、じゃあナレディは? エレナさんの近くにいたんじゃないの? 戦闘中」

「俺はさらに離れたもっと安全なところにいたから知らん」

「……ずっと思ってたんだけど、パーティに必要ですか? この人……」

「何を言うか、お前は」

 さすがのナレディもむっとしたようだ。

「俺こそ不可欠だろう」

「えー? だって魔術師の先生にもなれてないし、戦闘に参加するわけでもないし。戦略を考えるわけでもないし。仲間が死んだら屍術かけるだけなんじゃねーの?」

「お前は何も分かっていないな。前に説明したはずなんだがな」

「何か言ってたっけ?」

「この冒険の資金を出しているのは俺だ」

「あっ……」

 まさかのスポンサーポジション。

「じゃあさ、もっと人雇おうよ、スポンサー」

「すぽ? いや、雇うのは無理だ」

「なんで」

「全然知らない人がパーティに数人入ってきたら、俺もテーベもしゃべれなくなるだろ」

「…………」

 コミュ障かよ‼

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