第3話 浮遊霊になるか魔王倒すかならそりゃ魔王倒す方選ぶだろ、倒せるかどうかは別として

「ほれ」

 剣のおっさん……ええと、なんだっけ名前? が、おれに杖みたいなのを手渡してきた。

 早朝。おれの部屋の前で。

 さっき扉を叩く音で叩き起こされたんだけども。で、何がなんだか分からないままこうなった。

「えっ」

 流れで杖を受け取ると、続けざまに別の荷物、なんか布で包まれたやつを渡してきた。分かんねぇけど目が覚めてない! いや、叩き起こされたんだけど、そうじゃなくて、おれの自分の本当の部屋で目覚めてない!

「これも」

「えっちょっ」

 え、なにこれ? 重ぉっ‼ くっっっそ重いんだけど‼

「着替えろ」

「えっ」

 着替えってなにこれこんな重いもんなの?

 おっさんさっさとそっちの部屋に戻ってっちゃうしさ~~~~。

 で、ベッドの上にずしゃあっと置いて包みを開いてみた。

 ……鎧だ、これ。

 ひとつひとつ手に取って見てみた。回転させたり、身体に当てたりしてみて。

 で、気づいたこと。

 …………付け方分かんねぇな。

「あのーーーー‼」

 隣の部屋の扉を叩いた。どうでもいいけど名前思い出したわ。

「テーベさん! 助けて!」

「なんだ⁉」

 すさまじい勢いで出てきた! これは多分おれが軽率に「助けて」とか言っちゃったせいだわ。この世界観で「助けて」って、ガチな感じになっちゃうんだな~、なるほど勉強になったわ。

 じゃなくて。

「あの……鎧が……着られません」

 おお、すごく顔をしかめられたぞ。

 無言でおれの部屋にザカザカ移動するテーベ氏。すでに鎧みたいなの着てるけど、これは起きてすでに着たのか、いっそ着たまま寝たのかどっちなんだろう。

「腕を上げろ」

 着せてくれるらしい。言われた通りにおれは腕を水平に上げる。これ、あれだよな。「明日からは自分でやれ」とか言われるのかな。そもそも明日もこんな感じなのかな。

「これは……だめだな」

 テーベが驚いたように言った。

「えっ」

「そうか、肉体が変化するんだもんな、そりゃそうか」

「えっあの、なに?」

 テーベは、ふう、と息を吐いて、鎧を包みの上に投げて戻した。カシャン、と他の部位に当たって音を立てる。

「これはな、エレナ……元の持ち主の身体に合わせて作った鎧なんだ。肉体が全然違う姿に変化したから、入らなくなったんだ。だいぶ大きくなったからな」

「お、おお、なるほど」

「仕方ない、このまま持ってって、次の街で仕立て直してもらおう」

「お、おお、了解」

 テーベは包みから肩当みたいなやつのついたマントを拾い、それをおれの肩に載せた。少し首に当たるけど、それほどきつくはない。その辺も確認しているようで、肩当を揺すったり首回りの隙間を確認したりしてから、おれの胸元で留め具を締めた。

「インナーのまま街道を行くってのも、変な目を引きそうだからな。これくらいは着てけ」

「あ、はい」

 テーベは他の部位をまた布で包むと、担ぎ上げた。

 てか、おれの着てるこれはインナーなのか。服じゃないのか。ましてやヨガウェアじゃないのか。そしてインナーだけだとアレだけど、インナーにマントはありなのか。

「他の準備はいいか?」

「えーと、多分」

 準備?

「じゃあ行くか」

 ベッド脇に立てかけていた重たい杖を再度おれに手渡してきた。

「い、行く、とは?」

「次の街だ」


 テーベが部屋の扉を一回叩く。

「行くか」

 ナレディが出てきた。やっぱりマントで、フードもすでに被っている。見た目完全不審者で怖い。マントは今おれも着てるんだった。

 ところでこのマント、着るとやっぱりテンション上がるな! 宿の階段降りただけなんだけど、ふわっとなびく感じが、「おおおお! 今おれかっこよくね?」ってなる。いいな、マント! してるのがおれだけじゃないからあんまり恥ずかしくないし、とにかくテンション上がる。

 で、早朝なんだけど、街には歩いてる人がちらほらいる。パン屋とかも開いてる。

 ナレディが通りかかったパン屋で色々買ってた。パンの焼ける香ばしい匂いで腹が減ってきた。あれを食うんだな、朝食は。

「まずはこの街を出るぞ。朝と夕方は人の出入りが多い。それにまぎれて門を抜ける」

 そういえばこの街に入る時見たっけ。壁で囲まれてたっけ。

「ここは国境近くの街だから、壁である程度出入りを制御されてる」

 すごくタイムリーな説明。観光案内みたいだな。

「こういう街では、いざという時に簡単に逃げ出せないから、ここは拠点にできない。というわけで、国境から離れた位置に移動する」

 なるほど。……いざという時?

 やっぱり魔王が覇権を握ってて、それを討伐とかしようとしてるから、お尋ね者的な感じ……なんだよな。問題は、どのレベル感で追われてるか、ってことになる。

 王都周辺に近づいたら、身バレしてるから警備に追い回されるぞ、って程度なのか、それとも国のどこにいても王国兵が張ってて、見つけ次第即捕縛!生死は問わん!のレベルなのか。

 とりあえずこの街はとても平和だ。おれたちも堂々と大通りをパンとか担いで歩いてる。

 ということは、やっぱ敵の本拠地的なところに近づきさえしなければ、それかたまたま敵兵とかがウロウロしてるところに遭遇でもしなければ、安全、ってことなのか?

 いや、油断するな、おれ! そういう油断がピンチを招くもんじゃないか! 少なくともおれが見てきたアニメとかは大体そんな感じだぞ。大丈夫~とかタカをくくってる奴から死ぬ! いや、実はおれすでに死んでるんだけど……。

 当の外壁を抜けるのは、あっさりしたもんだった。門番が壁の内側と外側に二人ずついるけど、おれたち三人とか、他の商人っぽい馬車の人とかは、単純に素通りするだけ。呼び止められることもなく、他の人が呼び止められることもなかった。

 外壁の上はどうやら通路みたくなってるみたいで、抜けてから振り返ったら、人が歩いているのが見えた。怪しい奴がいたら、上から事前に何か連絡があるのかもしれないな。

 とにかくあっさりだった。ETCよりもスムーズだった。

「ほれ」

 街を少し離れたら、ナレディがパンを寄こしてきた。

「おお」

 食いながら歩くっぽい。もうそんなに香ばしい匂いもしない。常温になっちゃってるし。

 でも小腹減ってたからありがたい~。

 ……パンかてぇ~~~~~! 味が! 味がしねぇ! うるおいが足りません! 唾液全部持ってかれる! ねぇ! 味を! 味をください! 惣菜パンとか菓子パンなんてのは期待しないから! ジャムを! せめてジャムを!

 実際しんどすぎて言った。

「ジャムとかないの?」

 当然のように不快そうな顔された。ナレディが吐き捨てるように返した。

「歩きながらジャムなど付けてられるか。べとべとになるぞ」

「でもこれ味がしないんですけど~~~」

 おれ半泣き。味がなくて硬くてぱさぱさしてるものをひたすら食うのって結構しんどいんですけど~~~。

「我慢して食え。次の街へ行くためのエネルギーに換えるためだけに食え」

 鬼畜。いや、分かってる。飲まず食わずで移動しなきゃならない奴とかもいるんだろう。そんなのよりよっぽど快適。親切。ただ日本人としては、パンといったらふわふわもちもち、ほんのり甘い味がしてるもんなの、具とかジャムとかなくても。

 いや、冷静に考えたらおれ、パンひとつでこんなに苦行を感じて不満垂らしまくってて、この先やっていけるのか? もうよくね? 苦しいと思いながらモソモソ食ったら。

「おい」

 テーベが何やら液体物の入った革の袋みたいなものをおれに差し出した。

「俺たちは飲み物を飲みながら食うんだ」

「おお、ありがてぇ~~~」

 受け取って飲んだわけですよ。

 次の瞬間吹き出した。

「ぶっふぉぉぉ!」

 これは‼ 多分ワインだ‼ すっぱ‼ 苦……いや、渋い? あああああ、口の中に残っていたパッサパサのパンに、この絶妙な渋すっぱい味が染み込んでしまったぁぁぁぁぁぁ‼ いや大半はさっき一緒に吹き出したけども。

「お前……」

 もちろんテーベとナレディにはすさまじく呆れ果てられた顔をされた。

 違うんだ、反射だ! おれが勝手にミルクティーを想像してただけなんだけど、思ってたのの百倍すっぱかったから反射的に口から出てしまったんだ!

 結局水で無理やり流し込みながら食った。

「で、だ」

 ナレディが急に改まって言い出した。

「昨日の話の続きだが、俺たちは目的があってお前の魂を使ってその肉体を蘇生させた」

「は、はい……」

「その目的ってのは、なかなか困難なもんだ。重々承知している」

 まぁさすがに軽々しい気持ちで魔王討伐とか言わないわな。

「急に召喚されてその目的を共に果たしてくれと言われても、困るだろう」

「困るね」

 おっと、食い気味に言ってしまった。

「だからこうしよう。お前に選択権を渡そう」

「お、おお……」

 良心的! なんだ、話せば分かる奴なんだな! ちゃんと一人部屋取ってくれたり、味はともかく食事も与えてくれたり、悪い奴ではないと思ってたけど、やっぱり悪い奴じゃなかった!

「俺たちと共に冒険者になって魔王討伐を目指すか、その身体を離れて自由な魂となるか、お前が選べ」

「…………ん?」

 え、なに、自由な魂って。あれじゃね? すっと頭に浮かんできたのは、完全に浮遊霊。地縛しようにも、縁もゆかりもないこんな異世界で放り出されたら、どこに地縛したらいいか分からないもんな。そりゃ浮遊するよな。

 って、そうじゃない‼

「えっ、あの……」

 一択じゃね?

「え~~~、もし、ね? もし、おれがこの身体を離れたとしたら、元の世界とかに帰って、ちゃんとした転生? っていうの? そういうやつは……」

「知らん」

 食い気味に返されたーーーーーーー‼

「え~~~、じゃあ、もし冒険者になるっつったら……」

「安心しろ、俺たちが」

 今度はテーベの方が言い出した。

 えっ、なに? 「守ってやる」? イケメンかよ‼ 惚れてまうやろーーーーー‼

「一人前の冒険者にしてやる」

「…………ん?」

 いやーーーーーーーそりゃそうだよな‼ だって相手、魔王だもんな‼ 一人でも多く戦力欲しいよな‼ そのために蘇らせたんだもんな、元の仲間の死体をさ‼ 守るとかそんな余裕があるわけないんだよな‼

「どうする?」

 しかも即答を求めてくる。まぁ一択なんだけどさ。

「…………お手柔らかに、冒険者にしてください」

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