NecroViver

るちあーの

第1話 一度死んで死体に生まれ変わりました

「……ん?」

 起きた時の違和感がすごかった。まだ半分寝てるのかと思うくらい身体が軽くて、パジャマ替わりのTシャツが寝汗で肌に張り付いてる、なんてことも全然なかった。

 つまり、なんだか体調がすこぶる良かった。

 ちょうどレム睡眠で目覚めたのか。そして睡眠時間も適正だったのか。そういうことか。

 昨日何時に寝たっけな? まぁいいか。とりあえず起きて、適当に朝メシ……。

「ん?」

 起き上がろうとして視界に入ったのは、自分の胸元……にはないはずの、大きな双丘。いや、元々皆無だったわけではない。あ、そうじゃない、ちっぱいだったわけではなく。おれは……。

 なんだこれ意味わからん。手でつかんでみた。

「いっ……!」

 痛てぇー! ばかなのおれ⁉ なんでこんな力込めたんだよ、ったくよー。

 いや待て。痛いのかよ。なんでないはずの物が痛むんだよ?

 今度はそっと触ってみた。片手では包みきれない大きさだ。やべーすっげぇ!とか、興奮しても良さそうなもんだろ? とんでもないわ。こっちはパニックだっつーの。

 触ってる感覚も触られてる感覚もある。ついでに視界に入ってきてる手は、指がすらっと細くて長くて、まぶしいくらい白い。いや、白いのは元々だ。会社と家の往復くらいしか家出ねーし。日光も朝の通勤で弱々しいのを浴びるくらいだし。週末は基本カーテン閉めっぱなしでゲームばっかしてるし。

 いや、肌が白いことの説明はいいんだよ。おれはこんな生活だから、ちっぱい以上のムダ肉が胸につくくらいには太ってたわけですよ。それがどうした、このすらっとした美しい指。そしてその奥にすらっと伸びる長い脚。

 どっかの女の身体に入ってしまった、もしくは、そういう夢を見ている。ということだ。

「目覚めて早々乳を揉むとは」

「あ⁉」

 誰かいる‼

 声の方へ視線を向けると、おっさんが二人。

「えっ⁉」

 長髪でマントを着てるおっさんと、短髪ででかい剣を持ったおっさん。

「え⁉」

「これが……?」

 剣のおっさんが渋い顔で俺を見て言った。というか、マントのおっさんに聞いた。

「ああ、そうだ」

 これ、って、おれのことだよな? え、これ呼ばわり?

「あのー?」

 苛立ちを込めた言い方をしてみた。今更だけど、女の声だ。この声なら、どんな言い方しても、おっさんたちは嬉しいに違いない。

 というのは、モテないおっさん(すなわちおれ)の幻想でしかなかった。おっさんたちは面倒くさそうな一瞥をくれたと思いきや、秒でお互いの顔に視線を移した。

「まじか」

 いや、それおれのセリフだけどね。まじかも何も、何一つ状況分かってないけどね。

「まぁ仕方ない。確率は半々だった。むしろ入ったんだから成功だ」

 え、なに? 入った? 何が何に? 成功? 性交じゃないよね?

 なんてって今のこの身体は女だからな。夢とはいえおっさん二人にやられるなんて耐え難い。

「それはそうだけどよ」

 剣のおっさんはむしろ残念なものを見るような目でおれを見下ろす。

 状況がつかめない不安、苛立ち。おっさんどもにぶつけてやりてぇ。なんなんだよ、つまりこれは。

「男か……!」

「……は?」

 おれを見て言った。それはもう残念そうに。

 は? いや、中身はそうだけど、今のおれは男じゃなくね? ほら、ぱいもあるし。触るのはやめといた。視線を落とすに留めておいた。ある。うん、やっぱある。

「……おい」

「仕方ないだろ、それは俺でも選べない」

「期待した俺がバカだった」

「そうだな。俺は忠告したからな」

「おい、って」

「しかもなんだか頭が悪そうだ」

「それも確率だから仕方ない」

「おいっ‼」

 キレた。

「説明しろよっ‼ おれのことだろっ⁉ 本人おいてけぼりにしてんじゃねーよっ‼」

 おっさんどもが驚いた顔でおれを見た。それはもう、「喋った⁉ この動物、喋れるのか⁉」みたいな顔で。

「大体男ってなんだよ‼ 勝手にがっかりしてんじゃねーよ‼ なんだか分かんないけども‼ 見ろよ、このナイスバディ‼ どこが男なんだよ‼」

 剣を担いだおっさんが呆然と俺を見る。な、なんだなんだ? え、おれ、本当は本当に動物なのか? 自分目線で美女(顔は見えないけど)に見えてるだけなのか?

 と思ったら。

「ふっ、はーっはははは‼」

「えっ」

 マントのおっさんが爆笑した。

「えっ……」

 やばい、もう、訳わかんねぇ〜。

「そうだな、説明しよう。すまなかった」

 あれっ、話通じてた。そして謝られた。

「街へ移動しよう」

「お、おぉ……」

 立ち上がろうとして、ふらついた。なんか足元が微妙におぼつかない。寝起き……だからか?

「おっと」

 剣のおっさんが俺の腕を掴んだ。

「すごいな。もう動けるのか」

 おい、動いただけで褒められたぞ。

「それはそうと」

 剣のおっさんがマントのおっさんに言う。

「先に行ってろ。魔物に気づかれた」

 マントのおっさんが頷く。

「ずいぶん大声出したからな」

 おーっと、おれのことだな。てか、魔物って。

「お前も大爆笑してただろ」

 マントのおっさんが肩をすくめる。

「お前、歩けるのか?」

 急におれ!

「お、おぉ、た、多分……?」

 今は剣のおっさんの手を離れて、自力で立ってる。歩けなそうな感覚もない。

「よし、行くぞ」

「あ、あい」

「大声出すなよ」

「……はい」


 おれとマントのおっさんの道中に、魔物の姿は見なかった。気配もなかった。それに関してはおれが鈍かっただけかもしれない。

「街だ」

「うおお……」

 城壁だった。い、異世界〜!

 いや待て。異世界なんてあると思えん。最近そういうコンテンツ、流行ってはいるけども。異世界転生とかそういうの、基本信じないタイプなんで。万が一あったとしても、別に自分ではしたくないなーって。アニメマンガゲームでは好きなんだけど、それとこれとは別。あれは客観的に見てるから楽しいんじゃないか。

 つまり夢だ。これは夢。

「おい、早く来い」

 うおおお、こっち見すらしねぇぞ、あのおっさん。くそ感じ悪いぃぃぃ!

 城壁の下を通る通路のようなごく短いトンネルのようなものを抜けて、街の中へ。マントのおっさんは街に入る直前にフードをかぶった。おい、怪しい。怪しすぎる。

 トンネルを通った時の湿った土の匂い。響く足音。……夢って、自分の記憶とかを元にしてるわけだよな? おれ、こういうの体験したことあったっけ? バリバリのインドアだぞ? トンネルの壁を触ってみた。冷たい湿った石の感触。土の匂いも強くなる。

「…………」

 みぞおちの辺りがもやもやして、動悸が速まった感じがした。もちろん、この感覚は気持ちの問題だったと後で知ることになる。なんせ、俺には動悸なんてものはすでになくなっていたのだから。

「街中では奇声を上げたり変にキョロキョロしたり俺から離れたりするなよ」

 マントの男にすごまれた。な、なんなんだよ。もしかしてこれって誘拐? 拉致?

「おい、分かったか?」

「あ、あい」

 男は首をかしげた。

「……いまいち意思疎通がちゃんとできてるのかはっきりしないな」

 は?

「できてるし! 完全にできてるし! 状況が分からな過ぎて困ってるだけだし! ひとを言葉通じないみたいに言うなよな!」

「分かった、分かったから大声を出すな」

「なんで大声出しちゃだめなんだ!? 誰かに見っ……うぉ」

 口をふさがれた! いや、がっつりふさがれたというよりは、瞬間的に押さえられただけなんだけど。やっぱり誘拐……?

「その辺の説明もこれからするからとりあえず黙れ。ここで怪しまれて一番困るのはお前だぞ」

「はぁ?」

「生きたまま焼かれるぞ」

「えっ」

 えっ何それ火あぶり? こわっ。え、いや、あれだよね? そういう設定?

「これから色々と説明する。さっきも言ったがな。そのためには落ち着ける場所が必要だ。誰にも話を聞かれない場所だ。近くに取ってる宿屋がある。そこまで行くぞ。騒ぐな。目立つな。余計な注意を引くな。以上」

「…………はい」

 結局俺は言いなりになるしかなかった。


「……で、いつ説明してくれるって?」

 宿屋という古めかしい木造建築の一室に入ってしばらく。時計的なものはないからどれくらい経ったか分からない。

 しかも中身はおっさんとはいえ、今はセクシー美女の姿をしたおれは、この怪しいマント(しかもフード付き)のおっさんと密室に二人きりだ。なんかやだ。なんか落ち着かない。

「連れがそのうち戻るだろう。それまで待て」

「連れって、さっきの剣持ったおっさん?」

「そうだ、剣持ったおっさんだ」

「…………」

 おっさんて言っちゃったよこいつ。言っとくけどお前のこともおれ、内心おっさんて呼んでるからな。いや、言わないけど。

「ちょっと待ってろ」

 で、マントのおっさんまでおれを部屋に置き去りにしてどっか行った。

 ええ~~~~、おれ心細いんですけど。やっぱ一人は心細い~~~~~~。

 窓の外を眺めてみたりしたけど、おれの脳の産物というには、規模を大きく超えてる気がする。風で窓ががたがた揺れる感じとか、少し離れたところの喧騒が聞こえてきたりとか、なんだろう、すごく現実感。

 この部屋のほこりくささとか、一階の……あ、一階は食堂になってるんだけど、そこから漂ってくる各種料理のまぜこぜになった匂いとか。今座ってるベッドの掛け布団の繊維の粗さとか。マットレスの頼りなさとか。

 ところでここ、ベッドひとつしかないけど、ここで全員寝るわけではないんだよね? ね?

「おい、開けろ」

 扉の外から声がした。マントのおっさんだな。

「はいはい」

 自分で開けろっつーの。鍵とかかけてねーぞ。

 と思ったら、開けたらおぼんに料理を載せたおっさんが立っていた。

「どけ。重い」

「あっ、はい」

 おれが脇に避けると、片隅にあったテーブルにおぼんを載せた。

「三人分?」

「食っていいが、一応俺たちの分も残せよ」

 えええええ、ごはんおごってくれるのおおおおおお! いい奴じゃん! いい奴だったわ、マントのおっさん!

「いただきます‼」

 料理といっても、まぁシンプル、かな。固いパンにスープ的なもの。焼いた肉。こまぎれだから多分端肉とかそういう感じ。味はあんまりない。あと茹でたっぽい豆とイモ。イモうまい。

 三分の一、三分の一、と。あと一個くらいならイモ食っちゃってもいいかな? パン多めに残しとくんで。

「結構食うな、お前。というか、食うのが早いな」

 ええ、まぁ。本当のおれはデブなんで。ゆっくり食べろって親にも言われてたんですけど。

「ま、早食いは冒険者にはいいことだ」

 身体には良くないけどね! って、冒険者? いよいよ異世界召喚じみてきた。

 おれが食い終わったら、マントのおっさんが食事に取り掛かった。なんでわざわざ順番に、って感じなんだけど、この部屋、多分シングルで、テーブルは小さいしイスもひとつしかないのだ。

 マントのおっさんは少食だった。パン一切れとスープくらいしか食わなかった。

 なんだ、じゃあおれもうちょっともらっても、とか言い出そうとした時だった。

「おい」

 ドアを叩くと同時に声がした。

「入れ」

 案の定というか、やっぱり剣のおっさんだった。

「お、飯か」

 結局なんやかんやで剣のおっさんが残り全部食った。


「で、状況の説明だな」

「そう」

 ずっと待ってたんだからな、おれ。

 マントのおっさんは壁に寄りかかって、ベッドに座るおれに向かって言った。

「俺はナレディ。こっちはテーベ」

「はあ。よろしくお願いします」

 おれも自己紹介した方がいいよな。さっき言ってた名前って、ファーストネーム? ファミリーネーム? ファーストネームっぽいけど、おれもファーストネームで名乗るべきかな? なんか変な感じなんだけど。

「……トモカズ、です」

 ちなみにこの後、「名前なんだっけ?」と何度か聞かれることになる。この時は、マントのおっさん改めナレディ氏は、分かったようにうなずいていたわけだけど。

「多分戸惑っていると思うが、ここはお前のいた世界ではない」

 戸惑ってる。うん。でも、やっぱりねって思った。

「俺がお前を呼んだ」

 こいつが召喚者なのか。

「いや、正確には」

 ん?

「俺がお前をその素体……肉体に入れた」

 んん? あ、でもまぁそうなのか。誰か知らない女の子の肉体だよな、これ。でも、ソタイって?

「……これそのまま伝えて大丈夫だと思うか?」

 ナレディが剣のおっさん改めテーベに向き直って聞く。テーベは肩をおおげさなくらいにすくめて答えた。

「知らん。俺はこういう手合いとは初めてだからな」

 こういう手合い……やっぱり異世界からの転生者?召喚者?被召喚者?ってのは、そんなにいないもんなのか。

 ナレディは苦々しい表情でおれに向き直った。

「お前は向こうの世界で死んだ。その魂をつなぎとめて、こちらで死んだばかりの女性の肉体に入れた」

「……………え?」

 死んだ? おれ? え? 死んだ? え?

 おれの記憶によると、いつものように土曜の夜、コンビニの弁当食べてゲームしてお菓子食ってシャワー浴びて寝ただけなんだけども。え?

「あの…………死因は?」

 ナレディが眉間にしわを寄せた。

「やっぱり気になるか?」

 そして懐から手帳のようなものを取り出した。え? そんなところに書いてあるの? もしかしてこいつ、死神?

「ス、スイミンジム……ん? スイミンジムコキューショコーグン、だ」

 カタコト! すっっっごいカタコト! 睡眠時無呼吸症候群ね! なるほど! ちょっと考えちゃったわ! 

 って、えええええええええ! 寝てただけだった! 寝てる時に死んでた! まじかよ! えええええ? いや、確かに太ってたけども! そんなに日中眠くな……くはなかったけども! 前日ゲームのしすぎかなって思ってたから……。え~……。まじか……。

「知らんが、向こうでかなり危険な魔術を喰らったようだな」

「…………」

 ショックだわ……。

「あの、おれの本当の身体は……」

「死んだ」

「…………」

 オブラートって言葉は知らないようである。

「おれの魂、おれの本当の身体に戻るってことは……」

「それはない」

「…………」

 きっぱり言いすぎだろ。

「お前は向こうで死に、こちらで死んだ女の肉体に入った。術をかけようとした時に、死んだお前の魂を俺が見つけた。簡単に説明するとそういうことだ」

「…………」

 おれが選ばれたのはタイミングの問題か……。

「その肉体の素体となった死体は、元々テーベの……俺たちの仲間だった」

 おれは一応、テーベの方を見る。特に表情を変えてないように見える。ぶっちゃけこっちの世界の人の顔、濃すぎて表情がいまいち読めません。そんなことより自分の死がショックすぎるし。

「俺が使う屍術は特殊でな。こちらの死体を素体とするわけだが、向こうの世界の魂を入れた時、見た目が大きく変わる。魂の元の器とも素体とも全く異なる見た目になる」

 なんか、おれのショックを全く気にせず話進めちゃってるよね。まぁそりゃそうだろうけど。

「てことはこれ、この身体の本当の持ち主がこんな姿かたちだったってわけじゃないの?」

「全然違うな」

 テーベが食い気味に答えた。返しめっちゃ速っ。

「冒険者になった時に、俺とエレナ……その身体の持ち主で、約束をした。どちらかが死んだら、こいつに頼んで蘇らせてもらおうと。中身が別の人間になっても、必ず一緒に目的を達しようと」

 なんか……すごく……熱い感じで……。なんか……おれってすごく巻き込まれただけ感。

「ちなみに目的ってのは、冒険者にありがちなやつだ」

 ナレディが言った。

 あ、ありがち……。金か? スリルか? 金であってくれ頼むから。そしたらおれ、現代の知識や技術を用いてチート勝ち組するから。いや、ぶっちゃけこの世界に転用できるような知識も技術もおれにはなさそうなんだけど。

「ありがちか? 俺たちくらいだろう、こんなこと狙ってるのは」

「ひぃ、ひっぱらなくていいから教えてくれ、その目的ってなんなんだ?」

「魔王討伐」

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