けもみみメイドさんが、めっ!

いすみ 静江

第1話 めっするでちよ

「けも――」


 甘い声が響く。

 深い草いきれに朝露が俺の背を濡らす。


「ドリちゃま、ドリちゃま、しっかりするでち。けもみみメイドのメメでちよ。ミーは起きるのを待っていまちた」


 俺は双眸をそっと起こした。

 見知らぬ少女が覗き込んでいる。

 ちびっこちゃんだ。

 ふむ。

 バストは脱ぐとあるんですよ系だな。

 茶色のふさふさの尻尾に、ピンと立った猫耳がある。

 それで、メイド服を着たりして、何なの?

 ここは異世界アキバハラか。


せつは、けもみみメイドのイシスですことよ。覚えておいででないかのう。ドリーさん」


 すらっと足長さんだな。

 いかん、まな板は調理器具だ。

 灰色のぽんぽん尻尾に、垂れた長いうさ耳がある。

 コックさん帽、白衣、手首のバンドに花を咲かせている。

 白衣の裾からギリギリ見えるホットパンツを穿いて、冥土喫茶でバイトか?

 お姉さんのクリスマスケーキなら、俺、買っちゃうよ。


「……っつ。俺は、どうしたんだろうか」


「ドリちゃま、目覚めたでちね」


「ドリーさん、お目覚め、願っておりました」


 俺は起き上がれたが、頭が重い。

 被り物をしているようだと触ってみた。

 大きなくるっと丸い角に小さな耳がある。

 ふさふさの前髪のせいで、前が見えない。

 薄っすらとだが、俺はもう俺ではないことに気が付いた。

 どちらが夢か分からないが、はっきりと覚えている。

 ……少し前の自分を。


 ◇◇◇


「けも――」


 甘い声が響く。

 どこのゾーンからだろうか?

 ふれあい動物広場の奥に部屋がある。

 俺は、そこで掃除をしていた。

 手を休め、額の汗を拭う。

 東京のオアシス、いすみん動物園が俺の情熱的な仕事場だ。

 ここは小さいながらも遊園地が併設されている。

 子ども達にとっては夢のような所だろう。


「うっさぎっさん、うっさぎっさんっと」


 デッキブラシで隅々まで、さっさとうさぎさんの毛を集める。


「さてと、ウサギ舎はよし」


 きゃっきゃうふふと悲鳴を楽しむカップルめ、出たな!

 昼間から仕事も学業もしないでいちゃついている者どもめ。

 覚悟しろ。


「えーと、どう覚悟すればいいやら」


 ティーカップでイチャイチャするカップルを横目にネコ舎へ移動していた。


「猫ちゃん、猫ちゃん、どっこらせっと」


 色々な抜け毛がさるのが面白い所だ。

 さて、ここもお終い。

 メーメー賑わうヒツジ舎の前を通ったときだった。


「ん?」


 振り向くと、先程のカップルは、ロングセーラー服になっていた。


「スケバン三人か!」


 笑い声がケラケラと天に響く。

 何なんだ。

 今は長いスカート丈なんてお嬢様でも身に纏わない。

 昭和臭ぷんぷんじゃないか。

 ぐるーん、ぐるーんとティーカップが回る。

 セーラー服の白いタイが縞になって見えた。

 そんなに高速回転する訳ないのに。

 ぐるーん、ぐるーん、ぐるーん。


 ◇◇◇


「確か、俺はティーカップに目が回って転生したのか? 馬鹿な」


 俺は、メメの頭に掴まって立ち上がる。


「メメはがんばるでち」


 申し訳なかったと思い、頭をもさっと撫でると、オナモミみたいに引っ付いて来た。


「ドリちゃまでち! もふもふって、前みたいにするでちよ」


 無視しよう。


「いや、そのスケバンのスカートが遊具に引っ掛かってしまったのを助けに入ったな。そう、それだよ。俺は救急車内で事切れてしまったのだった」


 段々とこれが夢でないことが分かり、異星人みたいな顔色になって来た。


「何て悲運なのだろうか。もう、動物達を愛でることができない」


 バーン!

 俺の宝くじ運だけはよかったのに、その運さえも、何処へ行ったのか。

 その前に銀行がないか。


「ドリちゃま、様子が可笑しいですね」


「そうさのう。拙もそう思うところよ」


 こ、こいつらめ。


「けも――。なんて遠吠えをするなよ。俺の前でしたらダメだぞ」

 

「ドリちゃま、レディが俺だなんて、めっ! 分かるでちか」


 メメが人差し指をお口の前でバッテンにして叱る。

 俺は、いすみん動物園でネコ、ウサギ、ヒツジ舎でお掃除をしていただけなのに。

 何に呪われているのだろうか。


「俺は、ドリちゃまでもドリーさんでもないんだ。名は……」


「どうされたであろうか。ドリーさん」


 うさ耳のイシスさんに体温を測られそうになる。

 やんわりと断った。


「――名前を思い出せない!」


<つづく>

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