第11章

「ねえ宮川君、向こうの学食内で話すのはどうかな?」



どうしよう。梨花さんと会うまでにはまだそれなりに時間がある。


宮本君についていく分には構わないが、梨花さんのことを知っていると言っていいものか。


彼がどんな男なのか知っているからこそ、僕の口から梨花さんの名を口にするのはおそらく危険だろう。


どういう経緯か分からないが、彼は恐らく僕と梨花さんが関わっているのを知っている。


先程の質問は事実確認に過ぎないのだろう。


どうする。どうする…。



「どうしたの?宮川君?」


「…佐々木…梨花?」


「うん。僕の知り合いなんだ。知らないかな?」



考えた。どう答えるのが最善か。


少し間を置いた末、僕が出した答えはこうだった。



「…知ってるよ」


「…本当?」


「うん、たしか宮本君と同い年だろ?佐々木梨花さん。知ってるよ」


「やっぱり知り合いだったんだね。少し聞きたいことがあるから食堂に行こうよ」



僕は黙って頷いて、彼について行った。


食堂に着くと、彼は席に座るなり尋ねてきた。



「宮川君さ、佐々木さんとはどんな関係なの?」


「ちょっと待って、たしかに僕は梨花さんと知り合いだけど、なんでそんなこと聞くんだ?」


「まあまあそんな事いいじゃないか。それで、どんな関係なんだい?」



やはりこの男はまだ梨花さんを狙っている。


しかし何故突然梨花さんのことを僕に聞いてきたんだ?


まさか、一緒にいるところを見られた?



「…幼馴染だよ。昔住んでいる家が近かったんだ。小学校とかは一緒だったよ」


「なるほど…実は僕、佐々木さんとは高校時代の同級生だったんだ。この間僕の地元と君の地元が近いって話しただろ?それでもしかしたら知ってるかなって思って」


「ああ、先週言ってたね。で、それがどうかしたの?」



宮本君はいつになくニコニコしていた。


それは僕にとっては初めて見る顔で、なんだか不気味だった。


すると、突然彼が尋ねてきた。



「…宮川君、この間佐々木さんと一緒にいたよね?もう一人知らない人もいたけど。僕ね、君たちがいたあの店でバイトしてるんだ。で、その休憩中に偶然君たちを見たってわけさ。その時はちょうど、佐々木さんがいろいろと話していたな」



やはりそうだ。


あの日の食事会を見られていたんだ。


話していた内容がどこまで聞かれていたかは定かではないが、少なくとも彼にとって僕が厄介な存在なことに間違いはないだろう。


彼はほぼ間違いなく梨花さんに近づこうと狙っている。


その狙いの対象に先に近づいた男が現れたのだ。


しかもそれが同学部の友人。


彼は僕を梨花さんから遠ざけたいに違いない。


これは、どう対応すれば…。



「ねえ宮川君。あの日の佐々木さんの話、信じてるの?」


「…え?」



突拍子もない質問に思わず声が漏れた。


宮本君の耳にあの日の会話の内容が入ってしまっていたのも問題ではあるが、それ以上にが問われるとは予想していなかった。



「信じてるって、その…どういうこと?」


「単純な話さ。彼女の話を信じているかどうか、君の意見が知りたいんだ」



信じているかどうかだって?


あの梨花さんが嘘をついているとでも言うのか?


そんなはずはない。


そもそも梨花さんが僕たちに嘘をつくメリットがないじゃないか。


僕と美由紀さんは良心の下で梨花さんに協力しているんだ。


騙されるな…。これはきっと罠だ。



「信じてるよ。わざわざあんな嘘話しないだろ」


「ふーん、そっか」



宮本君はふぅと息を吐いた。


束の間の沈黙の後、彼は再び口を開いた。



「今からを3つ言う。これを信じるかどうかは君次第だけど、僕は決して嘘はつかないよ」


「3つの…真実?」



喉からごくりと音がした。


宮本君は非常に落ち着いた口調で僕に向かってこう告げた。



「1つめ、佐々木梨花は嘘をついている。2つめ、僕は彼女に危害を加えるつもりはない。3つめ、彼女は君を狙っている」


「…なんだって?」



1つめと2つめもそうだが、3つめの意味がよく分からなかった。


梨花さんが僕を狙っている?


狙っているってどういう意味だ?



「もう少し言うと、1つめの真実については全てが嘘というわけではない。彼女は嘘の中に少しだけ真実を混ぜて、信憑性をもたせている。そして3つめの真実については、具体的にどう狙っているかは僕にも分からない。ただ、彼女は随分前から君のことを意識している。これは確かな事実だよ」



僕が唖然として彼の言葉を聞くことしかできなかった。


彼は構わず続けた。



「それと君はさっき梨花さんのことを幼馴染だって言ったよね?あれさ、嘘でしょ?僕のバイト先でこう話してたもんね。『梨花さんや宮本君とは面識がないのに夢で2人のことを見てる』って」



まずい…。


そこまで知られているとなると、あの日の梨花さんたちとの会話はほぼ全て聞かれているのだろう。


僕は、どうすれば…。



「安心して、君が嘘をついたことは全然気にしてないよ。僕だって馬鹿じゃない、僕が梨花さんに避けられていることぐらい気づいているし、梨花さんはなんとかして僕から離れようとしているのも察している。これは僕の推測だが、君は彼女に協力しているんだろ?彼女を僕から守るために」



僕は黙ることしかできなかった。



「君がこれからどうするかは君に任せるけど、さっき僕が言った3つのことは本当だよ。で、もし君が僕のほうを信じてくれるのであれば、1つ提案があるんだ」


「提案…?」


「うん。単刀直入に言うと、僕に協力してほしいんだ」


「き、協力?」


「君がもし僕に協力してくれるのであれば詳細を伝えるよ。じゃあ、僕は帰ってやることがあるから、またね」



そういうと、宮本君は席を立ち、そそくさと帰っていった。


僕は彼の背中を眺めながら、自身の中にある葛藤と戦っていた。


佐々木梨花。


宮本真浩。


僕はどちらを信用するべきなんだろう。


宮本君を信用するなんて考えてもみなかったが、彼の言葉には何故だか説得力があった。


そして、この間会話した梨花さんは、今思えばどことなくフワフワしていた。


僕はふいに時計を見た。


そろそろ行かなければ。今日は元々梨花さんと会う約束をしていたのだ。


この2択に結論を出すのは梨花さんと会ってからにしよう。


梨花さんが嘘をついていないという保証はないが、宮本君が嘘を言っていないという保証もまたない。


僕は席を立ち、駅のほうへと歩いた。




集合場所のなんば駅に到着した。


まだ梨花さんは来ていないようだ。


僕は駅前を闊歩する人の群れを眺めながら彼女を待った。


最近悩んでばかりだ。


よく分からないことが多すぎるのだ。


夢のこと、梨花さんを見た時の既視感のこと、宮本君から言われた真実のこと、宮本君に協力を依頼されたこと。


日に日にわからないことが増えていく。


今日梨花さんと会うことで、それが1つでも解決するといいのだが。


しばらくすると梨花さんは小走りでやってきた。


前に3人で集まった時に美由紀さんが言っていたことも考えると、梨花さんは時間通りに集合するのがあまり得意ではないようだ。



「ごめん!待ったよね?」


「いえいえ、僕もさっき着いたばかりなので」


「そっか、じゃあ行こう。店はもう予約してあるからね」



僕は梨花さんの後を着いて行った。


彼女の顔を改めて見ると、とても嘘をつくような人とは思えない。


やはり宮本君は嘘をついていたんだろうか。


そうだ、そうに違いない。


梨花さんが予約したという焼肉屋には数分で到着した。


店内に入ると間もなく、僕たちは速やかに個室に通された。



「ねえ武政君、食べ放題のコースでいいよね?どのコースにする?」



梨花さんは優しい笑顔を浮かべて問いかけてきた。


その顔からはやはり、僕のような協力者に対して嘘をつくような人間性は見受けられず、むしろ会うたびに彼女の魅力に包まれていくような気がした。


僕は掘りごたつに足を入れると、梨花さんが差し出したメニュー表に目を向けた。

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