第1章

自分一人の部屋の中で、今日の出来事を何度も頭の中で反芻した。



僕はいつものようにあの夢を見て、同じ場面で目が覚めた。


そして初めて大学に行き、入学式に出席した。


そしてその先で、彼と出会ったのだ。


僕がここに引っ越してきてから毎晩のように夢に出てくるあの少年。



「君の心臓が見てみたいんだ。だから、君の身体を僕にくれよ」



宮本真浩まひろ。彼は紛れもなくあの少年だった。



「宮本君、今日は部活はお休み?」



夢の中に出てきた少女はたしかに彼のことを“宮本君”と呼んでいた。


たまたま顔が似ているだけなのか?とも思ったが、宮本君の声色は確かに夢の中の少年だった。


僕は受験勉強に取り組んでいた時ぶりに頭を回転させ、思考を巡らせた。


しかし、いくら考えたところで何か分かるわけでもなかった。


僕が毎日のように夢に見る少年が、現実で大学の同級生として現れた。


よくよく考えれば、だから何だというのだ?


確かに奇妙なことではあるが、だからといって僕に特別害があるわけでもない。


そう考えると途端にどうでもよくなってきた。


彼がいつも夢の最後に放っている言葉はあまり意味が分からなかったが、まあ夢なんてそんなものだろうと勝手に納得してしまった。


そうだ、気にしないでおこう。


彼は何となくいい人そうだったし、学部も同じだから授業で見かけたら声をかけてみようかな。


僕はお腹がすいてきたので、昨晩作り置きしておいた野菜炒めを電子レンジに入れた。




・・・・・・・・・・




翌朝、僕は1限目の英語の授業に出席するために早めに目覚めた。


いつも通り身支度を済ませ、薄手のカーディガンを羽織って部屋を出た。


すると、僕とちょうど同じタイミングで隣人も外に出てきた。


僕が小さくお辞儀をすると、隣人はニコッと微笑み僕に話しかけてきた。



「はじめまして!あなた最近引っ越してきたでしょ?もしかして昨日入学した1年生?」


「はい、経営学部の宮川武政です。はじめまして」


「やっぱりそうだ!私は文学部3年生の石川美由紀みゆき。呼び方は美由紀さんとかでいいわよ。1年生ってなんとなくわかるのよ。なんというか、まだ高校生の雰囲気が若干残ってるのよね」


「童顔だとはよく言われますね」


「お隣だし仲良くしてね!」


「はい、大学のこといろいろ教えてください」



僕たちはせっかくなので大学まで一緒に向かうことにした。


彼女は僕の顔をまじまじと見つめた後、しみじみとした表情で上を向いた。



「そっかあ、あの部屋にももう新しい住人が入っちゃったかあ」


「何か思い入れがあるんですか?」


「うん、実は先月まで友達が住んでたのよ。同じ学部の同級生の子でね。もう実家に戻っちゃったけど」


「在学中に実家に戻っちゃったんですか?珍しい方ですね」


「まあ、いろいろあってね。仕方なくここを離れたのよ」


「いろいろ?」


「ちょっと厄介ごとに巻き込まれてね。まああの子可愛いからなあ」


「どんなことがあったんですか?」



僕が詳細を訪ねようと思った時には既に大学に着いていた。


彼女が通う文学部の棟は正門から一番近いところにあった。



「向こうで友達待ってるしもう行くね!お話の続きはまた今度にしましょ」


「ここまで聞いちゃうと気になりますね」


「気になっちゃった?なら、今晩うちに夜ご飯食べに来ない?ちょうど最近ビーフシチューを作る練習してて、誰かに振舞いたかったのよ」


「いいんですか?先輩にご馳走していただくなんてなんだか悪いですね」


「いいのよ、せっかく隣に住んでるんだし、たまにはフレッシュな子といろいろお話してみたいしね。1年生なんて先輩の世話になってなんぼよ」


「じゃあ遠慮なくお邪魔させていただきますね」


「オッケー!じゃあ19時ぐらいに私の部屋に来てね!じゃ、授業頑張って」



そういうと彼女は僕に手を振り足早にかけていった。


僕は手を振りながら彼女の背中を見送った。


彼女がかけていった先には1人の女性が立っていた。


おそらく美由紀さんの友人だろう。


僕もそろそろ授業に向かわなければならなかったので、速足で教室へと向かった。




・・・・・・・・・・




私は彼を知っている。


美由紀と一緒に歩いてきた彼。


大学では見たことがなかったので1年生だろうか。


私はかつて、毎晩のように彼の顔を見ていたのだ。


私は先月までに悩まされていた。


16歳のあの夕暮れ時、クラスメイトから告げられたあの一言。


忘れられないあの一言。



「君の心臓が見てみたいんだ。だから、君の身体を僕にくれよ。」



その一言に至るまでのワンシーンを、私はある日を境に毎晩夢に見続けていた。


しかしたった一箇所、その夢は現実とは違う要素を含んでいた。


それがあの男の子。


現実では絶対にいなかったはずの彼。


彼はクラスメイトの宮本君の少し後ろにいて、私たちの様子を見ていたのだ。

その彼が今、現実に現れた。


私があの家を出て、あの夢を見なくなったこのタイミングで。



梨花りか、どうしたの?」



美由紀が私の顔を覗き込んできて、ハッと我に返った。



「なんでもないよ!ちょっと眠たいだけ!実家から通うのまだ慣れてなくてさ」


「まあ先月戻ったばかりだし、家からここまで1時間かかるんでしょ?一人暮らしになれちゃってるから大変でしょ」


「うん。でも夢は実家に戻ってから徐々に見なくなっていったの」


「そう!それはよかった!私ほんとに心配だったんだから」


「ごめんね、お隣さんだったからってたくさん頼りにしちゃって」


「いいのいいの!さあ、再履修のフランス語行こ」


「そのっていうの言わなくていいって」



私は美由紀に続いて教室へと歩いた。


春は出会いの季節というけれど、まさかこんな出会いが待っているとは思ってもみなかった。


何もなければいいけど、と思いながら彼女は文学部棟の門をくぐった。




・・・・・・・・・・




壁掛け時計を見ると、いつの間にか19時になろうとしていた。


そろそろお邪魔してもいいころだろうと思い、僕は電気を消して部屋を出た。


隣の部屋の前に立ち、インターホンを押してみた。


ドアはすぐに開き、右手にお玉を持った美由紀さんが出てきた。



「やあ、来たね。もうすぐできるから入って待っといて!」


「いい匂いですね。お邪魔します。」


「さっき味見したんだけどほんとに美味しいから、期待しといて」



僕は彼女の言葉に甘えて部屋で待つことにした。


美由紀さんの部屋は邦ロックが好きなんだろうというのが一目でわかる部屋だった。


CDやDVDはもちろん、タオルやラバーバンドもたくさんあった。


それらをきょろきょろと見渡しながら待っていると、ほくほくと湯気を立てたビーフシチューが運ばれてきた。



「お待たせしました。どう?それっぽくできてるでしょ?」


「それっぽいどころか、めちゃくちゃ本格的だと思いますよ」


「褒めるの上手ねえ。さ、食べましょ」



僕たちは向かい合わせに座って、暖かいビーフシチューを囲んだ。


ビーフシチューは彼女の宣言通り美味しく、あっという間に平らげてしまった。



「ご馳走様でした。ほんとに美味しかったです。ありがとうございました。」


「こちらこそ食べに来てくれてありがとね。いやあ、人に振舞うと自信がつくわ」


「ところで朝に話してたことなんですけど、続きを聞かせていただいてもいいですか?」


「そうそう、それの話をしに来たんだったね」



彼女は烏龍茶を一口飲んでから話し始めた。



「実は今のあなたの部屋に住んでた私の友達、ストーカーされてたのよ」


「え?ストーカー?」


「ほんとにそんなのいるんだって思ったでしょ?私も思ったわよ。しかもその子の高校時代のクラスメイトらしくて。怖い人って結構身近にいるものなのね」


「具体的にどんな被害を受けたんですか?」


「初めて声をかけてきたときは、なんかとにかく不気味なことを言われたらしいのよ。心臓が見たいだのどうのって」


「心臓が見たい?」



僕は戦慄した。


さては、その美由紀さんの友達というのは、僕が最近夢に見ているあの場面に出てくる女の子なのではないのか?


ということは僕が昨日会ったあの男が、


宮本真浩がストーカーをしたのか?

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