3章 海浜の姫【語り:ティカ】

第30話 姫、不在の騒乱

 ああ、人がゴミのようだ……。


 窓から見える景色には、見上げる人間達が見えていた。

 押し合い、貶し合い、我先と前へ進む身勝手な人間。


 苛つけば暴力を振るう。

 誰が傷つこうが、知ったことではないと言わんばかりの剣幕で。


 これを見てると、助ける意味があるのかな……、と思ってしまう。

 見捨てたくなる。ゴミはゴミ箱に。


「……まあ、なにもしなくとも、このままじゃみんな死ぬのか」


 第二波ラグナロクによって。


 ……二波って事は、一波があったって事だよね? 

 さて、そこのところも教えてくれると、スッキリするんだけど。


 ウスタさんにでも、聞いてみる事にしよう。


 ニャオは……、さあ? 知らない。

 部屋に引きこもって、出てこなくなってる。


 理由なんて知らないけど、

 まあ、国民の心無い言葉にでも傷ついたんじゃないの? 

 ニャオは、姫としては弱いし。


 なによりも、打たれ弱いから。

 非難されるメンタルを鍛えていないんだから、まったく。


 そんな国民を見ていると、

 避難したいのか、非難したいのかどっちかにしろよとは思うが……。


 なにかをしていたいのだろう、

 黙ってじっとしているのが耐えられなくて、だから必要のない体力を使う。

 温存って意味を知らないかのように、

 後先を考えない、頭脳の足らない人間がまったく多くて。


 どうせ、ここで助かったって、後々あっさりと死ぬだろうな。

 そんな人間ばっかり。


 だからやっぱり、無理して助ける必要はないかもね。


 ――私にとっては。


「カランだけがいれば、それでいいわけだから」


 なのに。

 ずっと、そう思っていたんだけど、さ……、


 自分で自分が分からない。

 あれだけ、毛嫌いしていたはずだったのにね。


「どうして私は、包帯を巻いているのかな……」


 自分でこんなにしておいて。

 ……魔法使いは目を閉じ、時折、苦痛に顔を歪めている。


 その度にタオルを水で濡らして、おでこに当ててあげたり、首元を拭いたり、やだ私ってば、すっごい介抱してる、と自分でも驚きだった。


 カランよりも世話を焼いている気がする。


「う、ん……でっかい、プリンが食べたい……っ」


「お前、起きてるだろ」


 本当に寝言だったので、

 じゃあ今度にでも作ってやろうかと、なんとなく決めた私だった。



 ウスタさんの部屋を訪ね、第一波ラグナロク発生当時の事を聞く。


 疲れ切ったウスタさんの表情など気にせず。


 私は遠慮なく切り込んだ。


「当時の事、ですか……」


「思い出したくないですか?」


 いえ、整理はついています、と。

 なるほど、なら遠慮はいらないか。


 最初から遠慮など、私はしていなかったけども。


「しかし実際、今回のように前回のラグナロクも唐突でしたからね……、

 彼女は『癇癪かんしゃくを起こした』と言っていましたが……。

 ニャオーラ様とは違い、母親の方は不思議ちゃんでしたから、

 原因や事情などが、あまり分かっていないんです」


 不思議ちゃん、ね。

 それを語る時のウスタさんは、表情が柔らかくなる。


 ……ふぅん。

 好意的な感情を向けていたってのは、なんとなく分かる。

 そして、ニャオの父親に負けたってのも、流れで。


 ニャオに母親を重ねているのかな……。

 しかし、ニャオとは違う不思議ちゃんだと言うし、

 性格的な事では似ていないのかもしれない。


 ニャオの場合は、不可思議ちゃんだけども。


 ……似たり寄ったりだろうなあ。


「解決策は、まあなんとなく予想はついていますけど」


「国民は英雄扱いしているが、ただの自己犠牲だ」


 自己満足でしかない、とも。


 この国だけではないが、

 国というのは神獣に守られている。


 町に魔獣が入ってこないように加護が効いているのも、神獣のおかげ。


 で、それを無償でやってくれるはずもなく、

 一年に一度(この辺の都合はその国のよって変わってくる)、物を献上する。


 たとえば食べ物だったり、

 たとえば宝石だったり、

 たとえば……人間だったり。


 神獣の望むものを捧げる事で、国は国として機能できているのだ。


「姫様の母親が、自らを捧げる事で神獣の怒りを収めてくださったのです」


「……ってことは、ラグナロクが神獣によるものだと分かっていたって……?」


「いえ、当時は大災害を回避できるのは神獣くらいしかいないと、それこそ本当に神頼みのつもりだったんです。

 ……まあ、こっちがパニックになっている隙に、任せてと言った彼女に頼り切りでしたけど」


 姫頼みでした。

 ……人任せにし過ぎだとも思うけど、しかし、国の頂点に立つ者なら、当たり前でもある。

 まとめるのも、なんとかするのも、実際に動くのも、王族の役目であり、責任。


 現状、唯一の王族は部屋に引きこもってなす術もなく。

 王の代理であるウスタさんが頑張ってくれているけど、やっぱり、国民は納得しないか……。


 ウスタさんが疲弊しているのは、つまりはクレームだ。

 なんとかしろ、どうするんだ、逃げるための足を用意しろよ――なんて、


 本気で逃げたいなら逃げればいいのに。


 無駄に居残って、文句を言う辺りがクズだなあ。

 目に見える脅威がないから、ちょっとは余裕があるらしいけど、

 じゃあその心の余裕を冷静さに変えて、見つめ直せばいいのに。


 状況と。

 まあ、鏡でも。

 心がクズだと見た目も応じてブスだからなあ……。


 私が言うのもなんだが。


 美人ほど、クズクズしい性格をしているが。

 それは故郷の親友で痛いほどに分かってる。


 彼女のせいで、私もここまで性格が悪くなったんじゃないかなって思うよ……。


 ほらね、こんな風に責任転嫁が超クズい。


「どうするつもりなんですか?」


「……ニャオーラ様には、荷が重い。

 そして、母親のようにはなって欲しくない」


 国として? 個人として? 

 まあ、聞く意味のない質問だったので口を閉ざす。


 どうせどっちもだろう。

 ニャオが好きだというのは、伝わってくるし。


 それが異常だってのも、同じく伝わってくる。


「私では、とてもじゃないですが、この件を解決することはできません。

 今でさえ、国民を持て余していますし。

 メイド達も、身の危険を感じて避難させてくれと訴えてきている……、限界でしょう」


 恐らく、常に頭の中にあった、『打つ手』だったのだろう。

 しかし、今まで手を出さなかったのは、デメリットがあるからだ。


 しかも、結構、確実に牙を剥くもの。

 分かっているから手を出さなかったものに、手を出そうとしているという事は、

 だから相当、追い詰められている。

 ウスタさんの言う通り――限界。


「他国に、協力要請を出します」


「やめた方がいいですよ」

 きっぱりと言う。

 他に手がなくとも、一応、言っておくべき礼儀だ。


「一度、そういう貸しを作ってしまうと、永遠に絞り尽されます。

 この国が七大国の間の、どのランキングにいるのかは知りませんけど、

 上位だろうと下位だろうとも、

 助けを乞えば、どちらからもチャンスと受け取られますよ」


 ウスタさんの考えも分かります、けど、やっぱり、

「私達でなんとかするべきです」


「……分かっていますよ」

 でも、どうしようもないんですよ、と声を少々強めて。


「人が死に、国がなくなるくらいなら――、

 傘下に下るのもまたよし、と思いますがね」


「まあ、私は構いませんけど。この国の人ではありませんし。

 数日の滞在場所というだけですから。決定事項に口を挟む事はしませんよ。

 ただ……あなたが決めていいことじゃない」


 違います? と首を傾げると、

 ウスタさんは小さく、「……ええ」


「で、なにが分かったんです?」

 私はいつも通りに喋ってるつもりだけど、無意識に、冷たくなっていたらしい。

 ウスタさんの汗が凄い。……そんなに滴るかね。


「あなたは王族ではないじゃないですか」


「ええ、そうですね……、

 なら、ニャオーラ様を。ですけど、今、あの方は心に傷を負って――」


「だから?」

 ほんとに、だからなんなのだ? 

 傷心中だから? ――知らないよ。


 姫様だからって、甘やかされ過ぎ。

 ……ま、ここらで傷穴を広げておくのも、後々のためになるかもしれないね。


「だから、どうしました?」

「……いえ。分かりました。ニャオーラ様を呼んできます」


 立ち上がりかけたウスタさんを、私は手で制止し、

「私がいってきます。女の子同士の方が喋りやすいですし」


 それに、ウスタさんにはやるべき事があるはずですよね?


「……申し訳ありません」

「こっちこそ、先に謝っておきますね――ごめんなさい」


 ニャオが泣いても、許してね。

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