第21話 執事か黒幕か

 ニャオとウスタの事を聞き込みながら、出店地帯を離れて王城に戻ってくる。


 メイドの姿をしたカランとティカは書類整理をしたり、部屋の掃除をしたり……、

 大きいくせに住んでいる人が少ないこの城の部屋は、もぬけの殻が多い。

 使っていなくとも、清潔感を維持するため、毎日毎日、掃除をしている。


 メイドさんの仕事は基本的にそれだった。


「さて、今日はウスタの本音を暴きましょうかね」


 魔法で自白させる……、こともできるけど。

 あれを使うと相手側が精神崩壊を起こすから、あんまり使いたくないんだよねえ。

 悪党ならいいんだけど、もしもウスタが本当にただの執事だった場合……、

 さすがに、精神崩壊はまずい。


 大悪党でもそれは躊躇うけどさ……、

 末路を見ると、後味が悪過ぎる。


 王城の中へ、窓から入る。

 浮遊魔法を解いて地に足をつけ、昨日の……あれは、もう今日か。

 真夜中に歩いたのと同じ廊下を進む。

 いまは月ではなく、太陽が顔を出していた。


 ウスタの部屋の前。

 扉は閉まっている。


 こそこそ隠れる必要もなかったので、遠慮なく開けた。

 しかし、中にウスタの姿はなく、夜中よりも散らかっているくらいの変化しかない。


「…………」

 引き出しを開け、大きなビンに詰められている白骨死体をもう一度。



「これは、母親なのよね……」

 綺麗な頭蓋。

 外傷はまったくない。


 骨以外を綺麗に吸い取ったみたいな、アート作品にも見える完成品。


「綺麗で名誉な死に方……」

 美しいけど、許しはしない。


 自己犠牲によって守ったもの以外にも、

 傷つけたものだってあるって事に、気づけこのバカ。


 舌打ちし、ビンを引き出しの中へ戻して閉める。

 この場所に相応しいとは思わない。

 だけど、私が持ち出すのは、絶対に違う。


「はあ。ウスタ、いないなあ」


 元騎士であるあの執事は、どこにいったのか。



 母親と比べて、父親の死体は、見るも無残だったらしい。

 皮も肉もついており、なくなっていたのは魂だけだった。

 血に塗れ、血の海に浸かり、仰向けで倒れていた。


 頭蓋に槍が突き刺さったまま。

 ――それを一番最初に発見したのは、娘であるニャオだった。


 犯人は海賊団だと分かっている。

 船の甲板の上で倒れる父親……、


 つまり、先代(今の王様がいるわけじゃないから、先代と言うのか……?)の王様だ。

 海賊が近海で暴れ、被害が出ていることを知っていた王は、

 国の王として海賊と交渉しに向かった……相手の陣地にわざわざ。


 求めるものを与えれば、分かってくれると信じて。


 戦わなかったのは、元々、温厚な性格だったから。

 海浜の国は歴代を見ても争いを好まぬ者が多く、

 他国とも、いざこざを起こした事は少ない。


 それは美徳と言えるけど、

 しかし国ではなく、ただの海賊の前では、取った対策は悪手だった。


 王がしたかったのは、和解の握手だっただろうに。


「たまたまニャオが海で遊んでて、

 見つけた、人の気配のない船に乗り込んだら――父親が死んでた、か」


 最悪ね……。

 それがつい最近、二か月前の出来事だと言うのが、信じられない。


 それを経験しておきながら、ニャオのあの態度……。

 見た目、どうってことなさそうでも、心の中はどれだけぐちゃぐちゃなのか。

 想像を絶する。

 こんなの、リタの付け入る隙ばっかじゃん。


 隙間というか、大穴だ。


「母親の頭蓋だと分かったのは、

 父親の頭蓋は、槍によって穴が空いてるから――なのねえ」


 嫌な判断材料だ。

 思い出しちゃうじゃない。


 死因を、光景を、記憶を。


 トラウマを。


「で、王を殺した……間接的に、海賊を利用して殺させたのが、ウスタだとしたら――」


 確実犯。

 王座を狙っている、圧倒的な証拠。


 ま、それを見つけられればいいんだけど……、


「ノートに近海の地図や、航路のパターンが書いてあったけど、

 さすがに海賊のものまではなかったし……、というか、もし書いてあっても分かんないし」


 つまりは手詰まりってわけで、記録に残るものでの推測は限界に近い。


 だったら、ウスタに直接、接触するしかない。


「あ、いた」


 廊下を歩きながら中庭を見ていたら、洗濯物を運んでいるウスタがいた。

 これから洗うのだろう。

 いや、そういうのこそ、メイドがやるものなんじゃ……。


 まあともかく、探し人が見つかったので、窓枠に足をかけ、飛び降りる。

 浮遊魔法を使いながらウスタに近づくと、


「ニャオーラ様……」


 ウスタは呟き、洗濯カゴの中から取り出した衣類の匂いを嗅いだ。

 しわができるまで、鼻に押し付け、最後はくしゃくしゃにして、ポケットに忍ばせる。


「やばい変態を見ちゃった!」


 咄嗟に、浮遊魔法の解除から、落下の勢いを利用した飛び蹴りをした――、

 けど、さすが、先代の王の側近をやっており、しかも戦闘バカと言われていたウスタだ……私の蹴りなんて見なくとも受け止め、すぐに掴み、回転して私を投げ飛ばす。


 庭の芝生を転がってから立ち上がると、ウスタが距離を詰めていた。


「あ、ちょ――っっ!」


 庭の壁に背中を押し付けられ、

 ウスタの腕が私の首を壁と挟み、足が宙に浮く。


 あっという間に拘束された。


 ……強いっ!


 魔法を使う余裕も策を練る暇もなかった。

 手数の多い私の魔法は、発動さえもさせてくれない。


 世界は、広い……けど。


 隙を突く要素は、まだある。


「なんだ、敵かと思ったら姫様のお友達じゃないですか。

 戻ってきたのなら、言ってくれれば済みますのに」


「ふ、ふふっ……」

 私は秘密兵器をポケットから。


 まさか、使うとは思わなかったけども、嬉しい想定外。


「じゃあ、これ。

 ニャオの、ブラジャーはどうかしら」


「ニャオーラ様はブラなんかしませんよ、ノーブラです。

 だからいいのではないですか」


「ちなみにこれは元々はティカのだけど、昨日の夜、試しにニャオがつけたものよ。

 つまり、あんたがいま嗅いだパンツとは、また違ったニャオが見れるんじゃないの?」


 はっとするウスタ。

 まあ、見れるんじゃなくて、嗅げるんだけど、大した違いはないか。


 ウスタにとっては、どっちも手放せないくらいの宝物だろう。


「いただいても?」

「どーしよーかなー」


 別に、ブラを譲るくらいはどうって事ないけど。


 そして、時間稼ぎはできた。

 私は魔法を発動する。


 ブラを受け取り、油断をしているウスタの足元の草が、過剰な成長をし、絡みつく。

 たとえ細く薄くとも、それが何百と重なれば、厳重な縛りに変わる。

 塵も積もれば、私だって山となでしこだ!


 そして、草はウスタの首元まで絡みつき、見た目、鎧みたいになってるけど、

 結局は内側から攻撃されているようなものだ。


 鎧にしても薄いし。


 そうなっても、変わらず匂いを嗅いでいるウスタは執着心が凄い。

 自分の世界に入ってる……、私なんか視界に入っていないみたいに。

 私なんて、あんたを目の敵にしてるって言うのに。


「……ん、いつの間に」

 いま気づいたらしいウスタは、

「なるほど。中々なものです。しかし――」


 たった片腕を上げただけで、

 その絡みついた草がぶちぶちと千切れた。


 ……草が弱いのか、ウスタの力が強いのか。

 そして伸びてくるウスタの手、力の入った指。


 その手の平が、全てを飲み込む暗黒に見えた。


 ――握り潰されるッ!? ……そんな錯覚。


「うっ」

 雰囲気に飲まれてなにもできず、

 私は久しぶりに戦いの最中に目を瞑り、無意識に降参してしまう。

 

 ……しかし、待っても待っても、

 ウスタの手の平は私を潰す事はなくて……、目をゆっくりと開けた後、


「……?」


 ぽんぽんっ、と頭を撫でられた。


「どうしました? アルアミカ」


 本当に私を心配してくれている、ウスタの穏やかな瞳があった。

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