第15話 鉄拳制裁

 目が覚めたのはいつものベッドの上だった。


 どこからどこまでが夢なんだろう……、

 寝ぼけながらベッドから降りようとしたら、鋭い痛み。


 辿ってみると、足首にはガッチガチに包帯が巻かれていた。

 右足……、巻かれてないけど、左足もついでに痛い。


 言ってしまえば全身が痛くて、起き上がるのも億劫だった。


「ん、なんか、寒い……」


 怪我だけじゃなくてまさか風邪まで引いてたりして……、

 しかし単純に服を着ておらず、裸だったから寒いだけだった。


 ……なんで裸なのか気になる。

 褐色の肌、しなやかな肢体。


 たくさん食べて、たくさん動くため、引き締まったボディ――、

 と自画自賛してみる。


 焼けてない真っ白な肌はノースリーブ型だ。

 太ももの付け根のところは白く、はっきりしてる。


 男の子から見て、このスタイルはどうなんだろう……?


「なにしてるんですか、姫様」


「にゃっ!?」

 思わず出た悲鳴は小さかった。

 足音で気づいていたので、まあ、聞いて知らぬ振りをした。


 どうせ足音でウスタだとは分かっていたので、知ったことじゃないし。


「服を着てください」

「ないんだもん、服」


 用意は……、そうですね、ないですね、と自分の非を認めたウスタ。


 ふふん、今日はわたしが正しい日なのだ。


 いつもの服はびちょびちょに濡れていて、まだ乾いていないらしく、

 滅多に自分では開けないクローゼットを、ウスタが開ける。


 はえー、中はそうなってるんだね……。


 というか、そこにあるならそう言ってくれればいいのに。

 服がない時、メイドさんに助けて貰ってたよ。


 具体的にはメイドさんの小さい頃の服とかを貰っていた。

 わたし、こだわりないし、なんでも良かったから。


 汚して返しちゃったのは、うん、反省してる……。


 気にしないでくださいと言っていたけど、思えば顔が引きつってたな……。


 ともかく、ウスタから渡された服を着る。

 いつも通りのラフな格好。


 動きやすさと暑さに構えたファッション。

 くるっと一回転し、着心地を調整して、廊下に出た。


「わっ!?」


 広い廊下の端っこに、壁を背にして正座をしている三人の少女がいた。


 魔法少女と錬金術師と、商人。

 一人だけ巻き込まれ損な子がいるけど……、一番反省している顔なのは、真面目だからなのか、実は本当に悪い事をしたのか……、まあ、前者だよねー。


 被り物のおかげかもしれないけど、仲の悪い二人の頭には、ぷくーっと膨らむたんこぶがあるのに比べて、綺麗な頭だった。

 怒られただけで、鉄拳制裁はされていないらしい。


「な、なにしてるの……?」


「姫様を怪我させたのですから、相応の罰を受けるべきなのですけどね……、

 三人とも、姫様のお友達なのでしょう?」


 わたしを追って部屋から出たウスタが、わたしの肩に手を置いて。


「この二人が姫様を連れてここまできてくれた事で、

 とりあえずは、鉄拳制裁で手を打ちました。

 商人をしているという子には、一緒にいたので間違えて説教をしてしまったのですが……、

 申し訳ない事をしましたね」


「いや、全然いいんです! 

 ティカを野放しにした責任は私にあります! 

 ――私は、ティカの保護者ですから!」


「ちょっ、保護者とか――」


 黙ってて! とカランに怒られ、

 ティカが、しゅん、とうなだれる。


 ……こういう時の力関係は、カランの方が上なんだなー。


 ふうん、あまり見ない一面だ。


「私は悪くないし」

 と、良い流れだったのを遠慮なくぶった切ったのは、アルアミカだった。


 ほんとに予想通り、アルアミカだった。

 ……余計な事を言わなきゃいいのに。

 どうしたって、こじれるだけなのになー。


「ニャオが言う事を聞かないからでしょ。

 せっかく、こっちは忠告してあげてるのに、話も聞かずに一方的にまくしたててさ。

 私はこれでも手加減したんだから。ニャオが怪我したのはほとんど自己責任よ」


 話も聞かずにって……、

 詳しい事を話したがらなかったのはそっちでしょ。


 しかし、ここで再び言い合いをしてもさっきの二の舞になるだけなので、

 売り言葉に買い言葉は返さない。


 ふふん、わたしの方が大人なのだ。


「……姫様にも非はあった、それは認めます……しかし」


 非は、ないと思うけど、ともかく。


 ウスタが鋭い視線を二人に向ける。

 ティカが反応して、身を縮ませた。

 ってことは、ちょっとは罪悪感があるってこと?


「島を破壊したのは、さすがにやり過ぎですよ」


「私は手加減したわよ。遠慮なく破壊したのは、錬金術師の方。

 そもそも、破壊するような攻撃をしたのはそっちの方だし」


「ちょっと! 責任を一人になすりつけるのはなしよ!」


 正座のまま、手押し相撲を始める二人。

 手を繋いでいるのは、無意識なのかな?


 ……本当は、二人、犬猿の仲とか言っておきながら、仲良しなんじゃ……。


 どうでもいいけど、アルアミカのその豪胆な性格は素直に凄いなと思う。

 確かに有名じゃないけど、ウスタは王城の中でもわたしの次に偉い立場だ。

 そんな人に、タメ口が利けるなんて……。


 わたしも敬語なんて使えないけどさ。


「そういうのも追々勉強していくものです、姫様」


 お姫様なんだから、いいと思うけどね。

 ノリが軽い方が親しみやすさがあるわけだし。


「代わりに威厳はまったくなくなるけど……」


 とカランの指摘。

 ……元々ないよ。


 わたしに威厳なんて、不釣り合いだって。


「そうそう。

 私もニャオと同じくらい偉いんだから、タメ口でいいでしょ!」


「魔法使いが偉いわけないでしょ」


 バカなの? とティカの口がよく回ってきた。

 本調子が出てきたのかもしれない。


「ニャオにタメ口を利いてる時点で重罪よ」


「じゃああんたもそうじゃない!」

 もっともな意見に、私はいいの、とティカ。


「魔法使いだけがダメなの」


「理不尽が過ぎる!」

 

 どんだけ嫌いなんだろう、アルアミカの事。

 いや、魔法使いの事――。


 アルアミカの方も、錬金術師と聞いたら顔色を変えるし。

 そこのところが疑問だったので、ウスタに目配せする。


「不勉強ですね」

 と言われ、なんとなく、教えてくれなさそうな気がした。


 調べろって事なのだろう。

 じゃあ、今度、調べてみよう。


 カランに手伝ってもらおう――、

 というか、カランなら知ってそうだけども。


 どんっ、とアルアミカが肩でティカの肩へアタック。

 イラっとしたティカが、やり返す。


 そして、さらにアルアミカがやり返して――、

 小さい子の喧嘩のように場を考えず、小っちゃな戦いを繰り返す二人。


 仲裁するのが馬鹿らしくなってきた。

 もう、放っておいていいんじゃない……?


 カランと目が合うと、苦笑された。

 わたしも返す……あーあ、って感じで。


「いい加減にしなさい」

 ようやく、ウスタが二人を仲裁する。


 喧嘩両成敗――たんこぶの上にまた拳骨を落とした。

 二人は痛みに頭を押さえ、頭を垂れる……、

 その格好は土下座みたいだった。


「いた~~~~っ!」


 アルアミカのリアクションは大きくうるさく、

 逆にティカは唇を引き結んで、面を上げなかった。

 静かに耐えてる。


 正反対なのに、そっくりなんだよなあ、この二人。


「とりあえず、あなた方には王城の仕事の手伝いをしてもらいます。

 それでチャラ、とはなりませんが……、

 いくらかは交渉次第でどうにかしてあげますよ」


 人が足りないのですよ、と、結構、重大な内情をぽろっとこぼす。


 ウスタがいいなら、いいけど。

 まあ、神経質になり過ぎてもあれだしね。


 この三人に言っても大した事はないだろう。


「だ、誰がそんな面倒なことを……!」


「ニャオーラ姫が近くにいますが?」

「…………」

 考えた末に、アルアミカが頷いた。


 決め手はわたしなんだ……。


 ティカは罪悪感があったので、素直に従う。

 一度ごねたアルアミカは、破壊した島の修復作業の方へ駆り出された。


 えー、とか、うー、とか。

 一度ごねなくちゃ進めないのか……。


 仕方ないなあ、と、こっちがわがままを言ったような感じで、作業に向かうアルアミカ。

 うるさいのがいなくなった、と誰もがほっとした様子が、綺麗にフレーム内に収まる。


 ティカは真面目に、仕事に取り組む。

 カランも手伝っているので、効率が良い……誰かさんと違って。


 アルアミカみたいに分かりやすく性格に難があるわけじゃないから、

 ウスタも使いやすかったのかな。


 なんだか、最終的にはメイド服を着せて、カランがティカの姿に興奮していたけど、

 まあ、それはティカが嫌がるのであまり掘り下げないようにしよう。


 それにしても、

 どこからどこまでが夢だったのだろうかと思ったけど、全部が現実だったのか。


 リタ……、


 今頃、どこでなにしてるんだろう?

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