第12話 遅れてきた魔法使い

 結局、ウスタ付きっきりの勉強会は朝まで続いた。

 明るくなった空を見つめて、朝方だけど、黄昏れる。

 ……どっと疲れた。


 休みたいけど、午前中も勉強漬けの予定。

 ウスタは仕事のため近くにはいないけど、ページ数から勉強をしていたかどうかが分かってしまうため、しないわけにもいかなかった。


 それにしても、ウスタは寝ていないんじゃないかな……。

 多忙な毎日を送っている事を知っているので、ちょっと心配。


 知識でパンクしそうな頭に痛みを覚えながらも、なんとか目を開いて課題を進める。

 しかし、数分、机に向かってやっぱり、


「無理――――!」


 と投げ出した。


 背中を伸ばした勢いで椅子が後ろに傾き、そのまま倒れた。

 大の字で寝転がったまま、立ち上がる事もせず、このまま寝ちゃおっかな……、


 でも、いま寝ちゃうと午後まで起きれないから、

 リタとの待ち合わせに間に合わないなー、と考えていたら、


「うわっ」


 ふと、前髪を撫でる突風があった。


 しーん、と止まっていた部屋の世界が吹き込んだ風と共に動き出す。

 外に開くはずの扉をなぜか内側に蹴り、しかしガラスを割る乱暴さはなくて(鎖はちょっと動かせば解けるのに、完全に破壊されていた)、音は最小限。

 これならウスタに気づかれる事はなさそうだ。


 そこはほっとした。

 けど、つまり、知らない侵入者だったら助けは期待できないわけで。


 ぞっとしながらも、わたしは構えて待つ。


 すると、


「――ごめんごめん、遅くなっちゃった」


「ほんとに遅いよ!」


 マントのような丈の長い服装をし、とんがり帽子を被らず、紐で首に引っ掛けている。

 被らないなら置いておけばいいのに、と言っても、それはこだわりらしい……。


 かぼちゃ色の髪を二つ結びにした、

 わたしよりも背の小さな、ロリな魔女っ娘が机の上で仁王立ち。


「誰がロリっ子よ。同い年なのに!」


「同い年だけど……」

 机から降りたアルアミカと背比べすると、やっぱり小っちゃい。

 目線が違うんだもの。


 やっぱりー! と頭を撫で回すと、

 遠慮なくボディを殴ってくる……、えぇ、魔法使いなのに……?


「魔法使いが魔法ばっかり使うと思ったら大間違いよ。

 ちょっとくらいなら肉弾戦だってできるんだから」


「でも、どうせ使わないでしょ? 

 使わないから、どんどん鈍っていくじゃん」


「その通りだ!」


 偉そうなアルアミカ。

 いや、実際、偉いんだとわたしが教えちゃったから、

 その通りに振る舞っているだけなのか……、ちょっと後悔。


 殴られたけど、痛いのは一瞬で、後遺症はなにもなかった。

 痛みもすぐに引いて、難なく立ち上がれた。


 勢いで誤魔化してるけど、わたし、怒ってるんだからね?


「なにがよ」


「だって、助けにきてくれなかった! 

 あれから四日も経ってるのに、一向にこないんだもの!」


 どこで油を売っていたのか、

 最初から最後まで聞かせてもらおうかしら!


「それなら、こっちだって言いたい事があるわよ」


 アルアミカが、ずいっと、わたしを見上げてくる。

 腰に手を当て、くいっと顎を上げた。


「あの男は誰なのかしら」


 ウスタとは一度会ってるし、じゃあ――、


「……リタだよ。アルアミカよりも先にわたしを助けにきてくれたの。

 まさに当日、困っているわたしを見つけてすぐにね!」


 手紙が届いたのがリタの方が先だった、

 という可能性が高いけど、そこは黙っておく。


 根本的なところで言えば、

 アルアミカにわたしを助ける義務なんてないわけで、責められる立場ではない。


 だけど責めているのは、

 個人的に、アルアミカにはすぐにきて欲しかったと思っているから。


 わたしのわがままを通しているだけなのだ。


 まあ、音沙汰が四日もなければ、助けなくとも探すくらいはして欲しいものだけど。


 アルアミカの事だ、初日からずっと探して、四日後の今日、やっとわたしを見つけたわけじゃないだろうし……。


 長過ぎる待ち時間に、

 遂に待ち切れずに部屋に飛び込んできた、との方がありそうだ。


「……色々してたの」


 アルアミカは内容を明かさないけど、

 とにかく忙しかった、というニュアンスの事を言う。


 ふーん、ほお……、


 わたしにはアルアミカの行動を制限する権利なんてないけど、

 そんな風にぐちぐちと接してしまう。


 ほんとはありがとうとか、助けにきてくれてうれしいとか、

 言いたい事を伝えたい気持ちがいっぱいあるのに、全部が上手く伝えられない。


 口から出るのは拗ねた末に出る、気持ち良くない言葉ばっかり。


 頭と口って、繋がってるはずだよね? 

 同じ体の一部のはずなのに……どうにもこうにも。


 制御がまったく利かなかった。


「私の事はいいってば!」

 そんな事より! とアルアミカの言葉の熱が高まる。


 声がでかい! 

 ウスタに気づかれたらどうするの!?


 口には出さないけど、これは本音だ。


「あの男――」

 アルアミカは腕を組んで、見た目に合わないポーズだ。


 なんだか、リタの事が気に入らない様子。

 というか、なんで知って……。


 町で見かけたなら、話しかけてくれればいいのに。

 だって待たせておきながら、わたしはちゃっかり遊んじゃってるんだから、

 そこは責められるべきなんだけど……。


 なんで遠巻きから見ているだけなんだろう。

 そこは、アルアミカらしくない。


「リタがどうかしたの?」

「あれはダメ」


 とにかくダメ、と、一点張りだった。


 ……なにが?


「ニャオは、あの男の事が好きなんでしょ?」

「――がはごほっ!?」


 呼吸が詰まって、思わず咳き込んでしまった。


 ……違うよ? という一言が言えなくて。

 足元がぐらつく。


 リタを思い浮かべたら、一気に顔がぽっぽとなる。

 ふわふわしている感覚……、

 風邪を引く寸前みたいな、浮いてる感じ。


「うー、もうっ、きゃーっ!」


「……予想以上に浮かれているわね」


 呆れた様子のアルアミカ。

 分かんないけど、浮いてるって、自覚はある。

 地に足を着きながらも、重力が六分の一になったような……。


「もういいわ、充分、分かったわよ」


 なにが分かったのか、しかし言ってくれなかった。

 アルアミカは説明もしないでわたしの手を掴んだ。


 それが結構強くて、痛みが走る。

 引っ張られて、自然と机に足をかけた。


「ちょっ、どこいくの!? 

 遊びにいくのはいいんだけど……」


 リタとの約束もあるし。

 それに、ウスタのためを思ったら、やっぱり逃げ出すわけにはいかない。


 辛い事は楽しい事と併用して、なんとか頑張れたりするのだ。


 もうちょっとだけ、勉強しようかな、と思っていると、

 こういうやる気になった時に限って邪魔ばかり入る。


 勉強させたいのかさせたくないのか分からない。

 どっちなんだ! と文句ばっかり生まれるよ。


「掴んでて」


 言ったそばから、アルアミカはわたしを連れて窓の外へ、ダイブ! 

 六分の一どころではなく、ほぼ無重力のように、わたしの体がアルアミカと一緒に浮いた。


 勘違いじゃない。

 間違ってない、物理的に、浮いてる。

 アルアミカの肩に手を置いただけで、わたしまで適用されるなんて……。


 これが魔法。

 アルアミカの服装に描かれた、

 読めない文字の大群が不規則に蠢いたからこそ、分かった。


 文字を組み換え、文章を作る――それが魔法の仕組み。


 手ぶらでわたし達は浮き、そのまま浜辺へ辿り着いた。

 始めてのフライトでもわたしがパニックにならなかったのは、アルアミカがいたから。

 一緒なら、なにも怖くない。


「まあ、落ちる事なんてないわよ。私が落とすわけないし」


 エリートだからね、という声が聞こえたような気がした。

 表情がそう語っている。


 怖くはないけど緊張はしたので、着地して、わたしはすぐに尻もちをついた。

 体の感覚が変な感じ。

 すごく軽くなったような気がする。


「あー、今頃になって、震えてきた」


 それは興奮も混ざっている。

 でもやっぱり、浮いたって事は、体にストレスだったんだ。


 慣れたらどうって事ないだろけど(だってアルアミカは平然としている)、

 慣れるまでは大変だ。


 膝どころか顔以外が笑って、しばらくは動けそうになかった。


 背中を向けるアルアミカは海を眺めている。

 そして、背の低いアルアミカがわたしを見下ろす。


 チビのくせに。

 まあそれは、わたしが座り込んでいるからで、アルアミカに変化はない。



 ――振り向きざまに、決意の目を見た。



 日の光に照らされて、アルアミカが輝いて見える。

 思わず見惚れてしまった。


 黄金の魂……なんて、格好良い事を想い浮かべながら。

 そこから導き出された答えが、必ずしも正義とは限らないし、

 正義なんだと思わなければいけないわけじゃない。


 間違ってるなら、間違っていると、正すべき。


 状況に飲まれて自分を見失っちゃダメなんだと思う。


 わがままはつまり我が強いってわけで。


 ――貫ける人は、ごく少数。


 アルアミカもわたしも、だから似た者同士なんだと思う。




「あの男についていっちゃダメ。


 ニャオは、騙されてるんだよ」

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