第9話「え、超美女やんけ?」


 不思議だ。


 俺の未だ短い16年の人生では初めてだった。


 いやはや、人間と言うのは小一時間をあそこまで長く感じる生き物だっただろうか? ……否、そんなわけはない。


 ————と思いたかったのだが今俺の隣にいる元凶(田中陽介)のせいでそれは実現している。


 クラスの連中はまだ仲良くなってないせいか、はたまた俺のことが眼中にないのかはまあ定かではないが、とにかく穏便に済ませてくれたのにこいつだけは違った。実に4年間クラスが一緒と言う腐れ縁、まさしくも腐っている縁だ。燃えちまえ、まったく。


「……んで、本当に、そこまでしても見たいのかよ?」


「ああ、もっちろんだね!」


「別に……、お前が望んでいるような面白いことなんてないぞ?」


「いいんだよ、お前みたいなクソオタクに先輩女子が絡んでくれているってっだけで相当レアだしっ」


 それには賛同するが、しかしこちらとしてはかなりイラつく言い様だ。

 

「……まじで、本当に来るのか?」


「ああ、見させろっ」


「嫌だと言ったら?」


「ストーカーになる——って、さっきから言ってるだろそれ? 別にいいじゃんそのくらい」


「言ってはいるが少々嫌でな。それに、先輩なんだから失礼してくれるなよ、こっちにとっては一大事なんだからな?」


「わーってるよ……てか、なんで一大事なんだよ?」


 おっと、やばい。口が滑った。

 これは禁足事項ですっ……なんてどこかの小説の朝比奈みくるんちゃんのようになっているが本当にそれであるのは間違いない。


 いや、もしかしたら……と言わずとも知られているかもしれないが、今のところ陽介の奴は知らないらしいし、売れてもいない小説の名前なんか知られようものなら馬鹿にされるだろうし——って、これ頭の中で何回もやってるぞ。いい加減疲れる。


「……なんでもないよ」


「本当かぁ?」


「ああ、紛れもなくな」


「はぁ……まあでも、俺とて強制にとは言っていないし、言わないのもありだっ」


 お前が言うな。

 明らかにこれは強制的だろう?


「それで、もうすぐなんだな来るって言うのは?」


「ん? あぁ……まあ少し遅れるかもしれんが一応、『校門の右側で』って約束はしている」


「右側に理由はあるのか?」


「なんだよ、あるわけないだろう?」


「そうか……まあ、どっちでもいいか。それに楽しみだし!」


 じゃあ訊くなよ。


 校門前の花屋さんのマリーゴールドが凛と輝いているように、横目で捉えている陽介もニヤニヤと笑みを輝かせている。こっちはそこらに生えている踏まれた雑草みたいに沈んでいるがな。


「お、あれか?」


 すると、陽介が身を乗り出して玄関の方に視線を向ける。それに応じて俺も田中の上から身を乗り出した。


「ん?」


 すると見えたのは紛れもない先輩、高倉椎奈の姿だった。


 遠めから見ても分かる凛々しい姿に、主張の激しくない淡い藍色の長髪、そしてぼやけた紅色の瞳。手には新作の小説を携え、一歩一歩と歩を進めるごとに豊満な胸は揺れ、西から吹き荒れた風によってその髪は一気にはだける。


「……」


 その姿を見て、いくら田中陽介と言えど絶句だった。

 その表情、俺としては誇らしい。まあ、彼女ではないが……でも俺の小説のファンだからいいっしょ? こりゃあ、先輩をイメージした作品でも書いちゃおうかな~~。


 なんて馬鹿みたいに夢に浸っているとちょうど真下からアッパーを食らった。


「っいて!」


「おいおい、お前マジかよ?」


「っぃてなぁ……なに、なんだよ?」


「正気なのか? あの先輩がお前に?」


「そうだが? あ、お前……勘違いしているようだが、別に付き合ってはないからな?」


「あ、まあ知っているがにしても……まじか、こんなんだったか、先輩って言うのは?」


 こいつ……、失礼極まりないぞ。


「おい、それ以上言うな——ってお前どこ行く!?」


 すると次の瞬間、陽介は玄関に向けた走り出した。


「先輩っ、先輩っ——」


「おま、まてって……くそっ」


 しかし、その後を追い駆けた俺の疲労は全くの無意味の様で……次に瞼を開けたころには奴は先輩の手を握っていたのだった。

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