『人魚のおもてなし』―リップル、かく語れり



 その晩、入江の洞窟にある集会場にて長老様とアキンドさんの話し合いが行われました。


 大人は交渉こうしょう術に長けているものなのですねぇ。格好良い。

 人魚の取り巻きに睨まれてもアキンドさんは物怖じしません。長老様もその豪胆さに少し感心したようです。


「ああ、アンタの事情はわかるよ。身につけていれば結界を無事に越えられる護符と、陸に辿り着けるだけの船を貸してやろう。とっとと出て行っておくれ」

「ありがとうございます! この御恩は貢ぎ物として、三倍でお返ししますから」

「どうせ、戻ってくるなと言っても来るんだろう? そこのリップルみたいに、最近は外への憧れを抱く若者が多い。いっそガス抜きをもうけてやるべきかもしれん。お前は外部との橋渡し役を任せられる男かえ?」

「信頼に応えましょう」

「そうかい。ただし、人魚は海神の末裔。我々を敵に回したらタダじゃすまないよ。ゆめゆめ忘れぬことだね」

「へへ、触らぬ神にたたりなしってね。怖い神との付き合い方はよく心得ていますよ」


 あっ、アキンドさん、海神を侮辱はマズイですよ。

 案の定、長老様の護衛である半魚人が怒って三又の矛を突き付けてきます。


「貴様ァ!」

「おっと、ガマクジラ、頼むわ」

「了解ッス」


 肩に乗ったガマクジラが口を開けると、中から長いベロが出てきて矛を絡めとってしまいます。どう考えても財布に収まるサイズではなかったのに、スルッとそのまま飲み込んでしまったではありませんか。ガマクジラはしばし お口をモゴモゴさせていたかと思えば、金貨三枚をアキンドさんの手に吐き出したのです。


「毎度どうもッス」」

「ふーん、良い槍つかってんねぇ。ガマクジラの口は、ゼニゲバン直営の『四次元質屋しちや』と繋がっているんでね。なんだったら武器は買い戻してやるが、もう口を挟まないでくれよ、護衛さん」


 あらら、長老様が溜息をつくと首を振ってしまいました。


「おやめ、少なくとも今は客人だ。リップル、アンタが責任をとって出発まで面倒を見るんだよ。せいぜい仲良くしてみるんだね」


 はーい! 願ったり叶ったり。

 こうして私達は短い間ですが一緒に暮らす事が出来たのです。






 いこいの我が家に王子様をお迎えできるなんて、なんて幸せなのでしょう。

 人間は生でお魚を食べないそうなので、食事は焼き魚がいいですね。


 今晩はトビウオ(焼き魚)

 明日はクロダイ(焼き魚)

 明後日はシマアジ(焼き魚)

 うん、バラエティに富んでいますね。


「ちょ、リップルちゃん? タダ飯に贅沢ぜいたくは言わないが、野菜とか獣肉は?」

「パンやご飯が恋しいッス」

「えー、人魚はこれが普通です。むしろ普段は生でバリバリかじりますよ」

「なんたるカルチャーショックよ。せめて海草サラダや貝を頼む」

「うーん、人魚姫の結末が妥当なものに思えてきたッス」

「あれ? あの絵本をご存じなんですか?」


 我が家にも『人魚姫』の絵本があること、結末が破れて読めないことを話したら二人とも黙ってしまうんですよ。変な王子様!


 食事はあまり気に入ってもらえなかったようですが、自慢の歌声は楽しんで頂けたようです。カモメのミミちゃんも、財布さんも、王子様と一緒に聞きれています。珊瑚さんご竪琴たてごとを鳴らし、歌う恋のうた。俗世を忘れてたまには私を見て下さい。

 演奏後、アキンドさんからお褒めの言葉を頂いちゃいました。


「ふーん、悪くない。都会でも金がとれるレベルだぜ」

「嬉しいですぅ。いつかは人の街に行ってみたいですね」

「止めとけよ。人魚の肉は不老長寿の薬になると妄信している輩がいるからな。危ないぞ」

「平気ですよ。人間に化ける術がありますから。あと要るのはエスコートしてくれる王子様だけなんです」

「冒険っていうのは、案内人ガイドなしでやるもんだがね」

「もう!」


 楽しい時は瞬く間に過ぎ行くもの。

 四日後、帰りの船がアキンドさんを乗せ出発してしまいました。

 白鯨さんが陸地近くまで引っ張っていく手はずです。

 別れ際、王子様ったら掌にキスしていきましたよ。うふふ、意味深。

 お土産、期待してまーす。



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