異世界豪商伝説アキンド! ~ 虹色諸島人魚編

一矢射的

『マーメイド・リーフ』―リップル、かく語れり



 虹色諸島のマーメイド・リーフ。

 そこは名前の通り、私たち人魚の楽園なのです。

 そう、上半身が美女、下半身が魚類のアレが棲んでいる所!


 人が足を踏み入れぬこの海では、争い事もほとんどなく毎日が静穏そのもの。正直に申しますと少し退屈なくらいです。


 何故って此処ここにはイケメンがいませんからね。


 私、浜辺で漂着物を集めるのが趣味なんですけど、そのコレクションには人間の書いた絵本なんかもあるんです。そこに描かれていたのは人魚のお姫様が人間の王子様を助けて恋に落ちる物語でした。

 残念ながら最後の方はページが破れてオチは判らないんですけど、きっとハッピーエンドですよね? こんなに素敵な恋物語なんですもの、そうに決まっています。


 ええ、ハッキリ申しますと、私、この話に憧れちゃってるんです!


 だってだって、マーメイド・リーフにはオコゼ顔の半魚人しかオスが居ないんですもの。外の世界にはこんなにも華やかで格好良いお話がゴロゴロ転がっているみたいなんです。だったらですよ、どうせならイケメンと豊かな生活を過ごしたいじゃないですか。


 友達には「何を夢みたいな事を」って笑われちゃうの。


 ただ一匹の例外を除けば、誰も賛同してくれやしない。

 ウチの近所って、見た目は若いのに実年齢が何百歳も年上の人魚ばかりだから。

 お婆ちゃん方と違って若者はみんな広い世界に興味津々なんです!


 でも、長老様はどうせ旅行の許可をくれないし、もう諦めかけていたある日のことでした。思いがけぬ吉報きっぽうが我が家に飛び込んできたのです。


「リップル、大変! 最果て島の沖合で人間の船が沈んだそうよ。カモメのミミが見たって言うから事実なのよぉ」


 あっ、申し遅れました。リップル・サマーコーラルとは私のこと。

 我が家とは、五十歩たらずで横断できてしまう小さな島に建つ「お家」のことです。ジャイアント巻き貝製のみすぼらしい家ですが、どうぞよろしくね。


 蟹走りで家に飛び込んできたのは友達のマサミちゃん。私は朝食をとり終えて鏡台でオメカシしている所です。


 マサミちゃんは横幅二メートルもある大蟹で、人語を解し水玉のリボンをつけた良い子なんですよ。この子こそが先ほど触れた「ただ一匹の例外」わたしの恋愛観に共鳴してくれる唯一の仲間なのです。どうも「あわよくば自分も」って考えが透けて見えるんだけど……。

 でも、こうやって抜け駆けせずに教えてくれる所なんて友達ですよね。私達は朗報に瞳を輝かせながら両手とハサミを繋いでキャッキャウフフしたわけです。


「船が沈んだということは!」

「遭難者がいるかもしれないということ!」

「それはつまり!」

『イケメンの王子様!』


 最後はハモってこの僥倖ぎょうこうを喜び合う、やっぱり私たちはベストフレンド。

 運命のゴングが鳴ったと判ればノンビリしていられません。出発です。


 人魚といえば、何処どこへ行くのにも泳いでいくもの。そんなイメージが一般的かもしれませんが、私たちは違います。人が馬へ乗るように、人魚たちは飛行貝に乗ってお出かけするのです。シャコ貝にも似たこの貝は、地上五メートルぐらいの高さまで自由に浮き上がることが出来る魔法生物なのです。

 乗り方はふたを開いたままにして中へ入ります。貝の身をクッションにして、貝柱にかけた手綱たづなを操るんですね。慣れたら片手で操作できます。

 私の貝は母から受け継いだもの。マサミちゃんも一緒に乗れるくらい大きいんです。まぁ二匹乗りはちょっと狭いですけどね。


 その飛行貝で向かうは最果て島。

 人間たちの縄張りと私たちの虹色諸島を隔てた境界線、岩場と砂浜しかない殺風景さっぷうけいな島なのです。そこから先は海神さまが張った結界があり、みだりに人の船が入りこむと嵐を起こして沈めてしまうんだとか。


 それで道中は妄想恋バナで楽しくやっていたのですが。

 貝が島に着くなり、マサミちゃんが態度を豹変ひょうへんさせまして。


「ふふん、アンタはもう用済みよ。王子様~どこにいらっしゃるの~」


 あら、飛び降りると行ってしまいました。仕方ありません。

 友といえども恋愛においては競争相手。ぶっちゃけいつもの事です。

 私は私で探さないと。でも人魚は地上だと動きが鈍くって。護身用に持った三又の槍さえ、陸上だと杖がわりです。皆さんだって足首を縛られたままだとヨチヨチ歩きになるでしょう? とりあえず、恋敵マサミちゃんとは逆方向を探しましょう。


 飛行貝を降りて砂浜を探索していると、逆さになった小舟が漂着しています。そして、その下からスラリと長い脚がはみ出しているではありませんか。


 居たぁ! マジで居ました!

 高鳴る胸を落ち着かせ、コンパクトミラーで髪を整え直してから、いよいよご対面です。


 下から出てきて~私の王子様。早く~お顔を見せて~ズリズリっとな。

 はう! 想像よりもずっとカッコいいんですけど!


 この服装は船長さんでしょうか? 青いコートを肌の上から直接はおっていますね。なかなかワイルドな御方みたい。

 縮れた赤毛に海藻かいそうが絡まって嵐の凄まじさを物がっていますね。七三の前髪が片目にかかるくらい。額の三日月傷と、ちょっと口が大きくて垂れ目気味なのが気になります。でも十分合格点でしょう。絵本の挿絵さしえと比べたらいけませんよね。


 さぁ、何度も予行練習を重ねた場面が遂に現実となる時です。


「もしもし、王子様。しっかりして下さい」


 声をかけてもゆすっても目覚めなかったら、口づけして人工呼吸もOKなんですよね? 人間の風習ではそうなんだとか。あぁ~胸の高鳴りが止まりません。

 ですが、少し頬をビンタしただけで王子様は目を覚ましたのです。

 なぁんだ、つまらない。


「ん? うぐ、喉が……」

「塩水をたらふく飲んだのですね。さぁ、水筒がありますよ」

「グビグビグビ……ぷはーっ! 助かった。すまねぇ、姉ちゃん……って、なんだ! アンタ人魚じゃないか。どうなってんだ?」

「あの、脚本では無言のまま見つめ合う事になっているんですけど」

「はぁ? 何の話だい」

「まぁ、いいか。ここは虹色諸島の最果て島。貴方は嵐に巻き込まれて漂着したのです」

「なん……だと? じゃあ、俺の船は」

「沈んじゃったのではないかと、あれかな?」


 王子様ったら私には目もくれず立ち上がり、沖合の海面から突き出ている船のマストを茫然ぼうぜんと見つめていたんですよ。失礼しちゃう。せっかく胸を強調した貝殻の水着をつけてきたのになぁ~こういうのが殿方は好きだっていうから。

 なのに、王子様は私そっちのけで青空をあおいで叫びだしました。


「俺の船がぁー!」


 あらら、泣いちゃってます。ちょっと気の毒になってきましたねぇ。


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