第2章 魔術大学付属校

第7話 キーン12歳、王都セントラムへ


 バーロムの商業ギルドのギルド長マーサ・ハネリーに、留守にする屋敷の確認を依頼し、王都にある魔術大学付属校への推薦状と商業ギルド本部への紹介状を書いてもらったアイヴィーとキーンは、彼女に礼を言って、その足で王都セントラムまでの長距離乗合馬車えきばしゃの出る駅舎に向かった。駅舎はバーロムの北門の先にある。


 駅馬車は八人乗りの二頭立てのほろ馬車で、一日に午前に2便と午後に2便、王都行きの便が出る。次の便は10時なのでじきに出発する。駅舎で王都までの2人分の料金を払い馬車に乗り込むと、中には4人ほどの乗客が、奥の方から詰めて向かい合って座っていた。アイヴィーとキーンはその手前に荷物を置いて腰をおろした。


 バーロムから王都まで道なりに130キロ弱、駅馬車で3日ほどの旅程である。


 駅馬車の駅舎は、街道沿いにだいたい20キロおきに作られており、そこで寝泊まりもできる。駅舎周辺はたいてい宿場町として栄えているため、乗客は街の宿屋に宿泊することもできる。また、街道沿いには10キロごとに馬車馬と乗客の休憩用に駐車場が設けられており、水場やトイレなども用意されている。



 発車時刻になったようで、馬車はすぐに出発した。途中30分ほどの休憩を2度ほどとって、馬車は約8時間かけて40キロほど先の駅舎に到着した。


 馬車旅の大変なところは、馬車に乗って座っていることくらいしかすることがないことで、景色も幌馬車の後方から見える範囲だけしか見晴らすことができない。しかも時速5、6キロで進む馬車では、景色がそうそう変わることもない。


 普通の人間ならば、すぐに馬車旅に飽きてくるのだが、キーンは体を動かすことができないのならばと、5年近くため込んだ頭の中の魔術の部品群を整理する作業を始めた。こういった頭の中の作業を始めてしまうと、時間の経過を忘れることができ、気が付けば馬車が休憩のための次の駐車場に到着しているということも何度かあった。


 そして4日目の昼遅く、馬車は王都の南を流れるエルバ河にかかる石橋を渡り、王都郊外にある駅舎に到着した。二人はそこで、一泊し翌日王都市内に向かうことになる。




 まずは、拠点という訳ではないが、背負ったリュックはいかにも邪魔なので、付属校への入学準備をするために、いちど付属校近くの宿屋に部屋をとろうということになった。



 翌日、駅舎の食堂で朝食をとった二人は、駅舎から出ている王都市内いきの乗合馬車ではなく、行き先を告げれば市内のどこへでも連れて行ってくれる箱馬車に乗り込んだ。


 箱馬車の御者に、アイヴィーが、


「魔術大学の付属校の近くに宿屋があればそこにお願いします」


「あいよ」



 箱馬車の窓から見る王都の大通りは、多くの馬車が行きかっており、人は通りの両脇に一段高く設けられた人専用の通路を歩いているため、安全が図られていた。とはいえいたるところで通りを横断する者もいるので、歩行者がそこまで安全という訳でもないし、急に馬車の陰から現れる横断歩行者にキーンたちの乗る箱馬車は何度も停止させられた。


 人専用の通路は歩道と呼ばれていることをアイヴィーはキーンに教えてやった。



 箱馬車で連れてこられたのは、付属校の正門の前に建つそれほど大きくはない宿屋だったが、中に入るとこざっぱりとした雰囲気のよい宿屋だった。受付で二人部屋を取り、案内された三階の部屋に荷物を置いて、さっそく二人は目の前の付属校を訪れた。


 門衛に来意を告げたところ、校舎の玄関先で窓口を兼ねた事務室の前まで案内された。



 窓口に向かって再度来意を伝え、バーロムの商業ギルド長マーサ・ハネリーに書いてもらった推薦状を渡したところ、今度は校長室に連れていかれた。



 窓口から案内してくれた女性が校長室の前で、


「失礼します。バーロムの商業ギルドのギルド長の推薦状を持った方がいらっしゃいましたのでお連れしました」


「どうぞお入りください」


「失礼します」


 校長室に入ると、机の後ろに、ドジョウひげを生やした五十がらみの男が座っていた。


「校長のエッケルです」


「キーン・アービス、です」「アービス名誉伯爵の侍女でしたアイヴィーと申します」


 窓口の女性はマーサの推薦状を校長に渡し退室してしまった。渡された推薦状を一読した校長が、


「亡くなられたアービス名誉理事長のご養子ですか。それに、バーロムの商業ギルドのギルド長が後見人とは。なるほど。それで当校に入学なされたいということですな。私の一存では入学を許可できませんが、幸い再来週には当校の入学試験がありますので受験されてはどうでしょう。アービス氏のご子弟なら簡単に合格できると思いますよ」


「分かりました。それでは受験の申し込みはどうすればよろしいでしょうか?」


「私は実務には詳しくありませんのでご面倒ですが、受付で受験の申し込み方法を確認してください」


 結局振出しに戻った形で二人は窓口に戻って受験要綱ようこうをもらい、受験申込書に必要事項を書いて差し出して、入試の手続きを終え学校を後にした。



 宿に戻った二人が受験要綱を確認したところ、


 試験は午前中の実技試験、午後から学科試験の計二種が行われる。


 魔術の技能を競う実技試験の満点が200点、魔術理論などを問う学科試験の満点が100点、合計300点満点で合否が判断される。


 実技で120点に満たない者は足切りされそのまま退場することになり、午後からの学科試験を受けることはできない。



 逆に実技試験で満点を出した場合、午後からの学科試験を受ける必要がなく合格と判定される。とは書いてあったものの、これまで実技試験で満点を取った者は学校の長い歴史の中で一名だけで、それもキーンの養父テンダロス・アービスただ一人だったりする。


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