第5話 キーン、魔術の才能を大開花させる


 テンダロスとアイヴィーが街に出かけたあと、一人でお留守番をしていたキーンだったが、大剣遊びも少々飽きてきたので、屋敷に戻って居間の長椅子に寝転がり天井を見ながら今度は魔術について考え始めた。強化は解除しているため、体の表面に波打つ6色の光は消えている。



 この時のキーンの頭の中での思考を分かりやすい言葉で表すと、


 魔術『つよくなれ』には大元おおもととなる動作きょうか部分、それに、「どのように」という修飾部分、そして、「なにが」にあたる対象部分。自分自身が対象の場合は暗黙のうちに自分が対象になっている。


『動作部分+修飾部分+対象部分』で魔術ができ上っていると考えていいようだ。ということは、各部分の中身を何種類も部品として持っておけば順次切り替えていいくことで、いろいろな魔術が使えるはずだし扱いも格段に容易になるだろう。ただ、キーンの場合、魔術を目の届く場所なら任意に発現できるため、発現場所の指定もしているが、これは対象部分に大まかに含めてもいいだろう。


 さらに、氷の針を打ち出す『こおりのはり』などは一本一本発動していては非常に面倒だ。『こおりのはり』の動作部分だけ100回繰り返せば後の修飾部分と対象部分は1回あれば十分なので、単純に100回『こおりのはり』を最初から発動させるより、かなり高速に魔術が発動するはずだ。


「よし、ものはためしだ!」


 キーンは屋敷の裏にまわり、そこに広がるアイヴィーがこまめに手入れしているかなり広い庭園兼菜園を抜け、土手を下った先の湖のほとりにやってきた。


「まずは、『こおりのはり』を10回」


「『こおりのはり』1、『こおりのはり』2、……、『こおりのはり』9、『こおりのはり』10」


 針と本人は呼んでいるがどう見ても極太のつららだ。言ってみれば氷柱が高速で湖の真ん中に向かって飛んでき水面にあたって大きな水しぶきを上げる。


 並みの魔術師では到底不可能な速さで撃ち出された強力アイスニードルなのだが、


「やっぱり、おそいなー。

 それじゃあ、こんどは、『こおりのはり』と『ここからみずうみの真ん中へ』は1回でいい。そして、『こおりを作る』を10回だ」


 キーンは頭の中に魔術の構造を思い描き魔力を流し込む。


『こおりのはり10、いっけー!』


 キーンの右手から、氷柱が一列に連なって湖の真ん中に飛んでいった。その氷柱は、


 ドドドドドドドドドドーンと、大きな音を響かせて水面をたたき、水しぶきが大きく立ち上がった。


「ほー、なかなかいいぞ」


 実験に満足したキーンは、屋敷に戻り、また居間の長椅子に寝転がって、


「なるべくたくさん、いろいろなしゅるいのまじゅつのぶひんを作っておぼえておこう」


 キーンは、アイヴィーが昼食にと置いていったミートパイのことも忘れ、一心に頭の中に自分の扱える魔術を部品化したものをきれいに整理していくのだった。



 夕方近くまでそうやって頭の中で魔術の整理をつづけていたら、テンダロスとアイヴィーが街から戻ってきた。


 この日テンダロスは、朝からバーロムにアイヴィーを伴って出かけて、キーンを正式にテンダロスの養子であることの届け出を市庁舎で済ませている。


 その後、かねてよりの友人であるバーロムの商業ギルドのギルド長、マーサ・ハネリーを訪れ、高齢の自分にもしものことがあった時、キーンの後見人になってもらうよう頼んでいる。


 マーサ・ハネリーはテンダロスの頼みを快く承諾したのは言うまでもない。そのあとテンダロスは魔術大学にキーンを付属校に頼むと手紙を出そうと思っていたが、まだ6年も先の話なので、それは取りやめた。



「ただいまじゃ、キーン」「キーン、ただいま」


「じいちゃん、おかえんなさーい」「アイヴィー、おかえんなさーい」


「キーン、お昼はちゃんと食べた?」


「あっ! 食べるのわすれてた」


「ちゃんと食べないと大きくなれませんよ。今から夕食を作りますからそれまで我慢ですよ」


「はーい」


「昼を食べてないのなら、何か豪勢なものがええじゃろうな。アイヴィー、頼んだぞ」


「はい」


「キーンはまた何か考え事でもして食べるのを忘れたんじゃろ? まあ、一食くらいは大丈夫じゃ。夕食まではまだ間があるじゃろうから、今日は何をしてたのかわしに話してくれんかの」


「えーとねー、……」


「ほー、キーンは魔術の天才じゃのー」


「えへへ、じいちゃん、てんさいって何なの?」


「それはじゃのー、わしみたいに凄いということじゃ。フォッフォッフォッフォ、コホン、コホン。笑いすぎでせきがでてしもうた」


「そうなんだー。えへへ」


「キーン、さっきのは聞いただけではよう分からんかったから、ちょっと儂に見せてくれんかの?」


「いいよー。うらのみずうみにいって見せてあげるよ」




 テンダロスとキーンが庭園を通り湖のほとりまで歩いてきた。


「じいちゃん、よく見ててよ。どうせだから100回でやっちゃうか。それと、ここからじゃなくて、ま上からいってやろ。

『こおりのはり100』いっけー!」


 湖の真ん中の真上10メートルくらいに氷柱が見えたと思ったら、氷柱が次から次へと湖にすごい勢いで落下する。あまりの速さで二人ともその数を勘定できない。


 ズボズボズボズボの後はザーーという感じの音がしばらく続いてそしてんだ。


「どう? じいちゃん、すごかったでしょ?」




 キーンの『すごい』を見せられたテンダロスは、あまりのことに口を半開きにして固まってしまった。


『冗談でキーンに魔術の天才などと言ったが、キーンは本物の天才じゃった! 天の与えた一物いちぶつは巨大だった! しかもキーンの魔力は無尽蔵にも見える』


 なんだか、『一物は巨大』などと意味深な言葉になってしまったが、それくらいテンダロスはおのれの養子の才能に驚いた。テンダロス自身、はるか昔には才能に満ち溢れ、天才と呼ばれた青年だった。そのころ、もしもキーンに出会っていたら、その才能に嫉妬したに違いないが、今はうれしさがこみ上げそして喜んだ。


「キーン、わしはおまえがうちにいてくれて本当にうれしいぞ。そろそろ夕食の支度したくもできていそうじゃから屋敷に戻るか」


「うん」


 その日の夕食も、テンダロスの注文通り、豪勢なものだった。


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