ロドネア戦記、キーン・アービス -帝国の藩屏(はんぺい)-
山口遊子
第1章 テンダロス・アービス
第1話 大賢者、赤子を助け養子としキーンと名付ける
[まえがき]
作者の山口遊子(ヤマグチユウシ)です。
私の他のファンタジー作品と同じく、簡単のため単位は、キログラム、メートル、トンなどを使用しています。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
老人の名はテンダロス・アービス。
大賢者としてこれまでサルダナ
テンダロスの後に付き従うのはかつてテンダロスが東方の古代遺跡から発見したアーティファクト、マキナドール(注2)と呼ばれる人型戦闘機械のアイヴィー。
敵国からは悪魔、悪鬼と恐れられていたアイヴィーだが、テンダロスが王国魔術師団団長を高齢を理由に辞した後は、戦闘などは行っておらず、テンダロスの身の回りの世話だけをしている。
二人の住む屋敷は、サルダナ王国第二の都市バーロムの近郊にある。今二人はバーロムでの所用を済ませ、街道を屋敷に向かって歩いている途中である。テンダロスはこの歳になっても足腰はしっかりしており、徒歩での移動に差し支えはない。
テンダロスは一代限りではあるが、王国名誉伯爵を受爵しており、それにともない年金として王国金貨千枚を与えられている。当然馬車を自由に使うこともできる身分ではあるし、大金持ちと言っていい程の資産を持っているが、
一人っ子でもあり親戚もいなかったテンダロスは、両親を無くして以来家族はおらず、魔術以外に何も興味がなかったため、ひとり身を通している。
引退に伴い王都にあった屋敷を売り払ってここバーロム近郊に移り住んで以来、家事などは全てアイヴィーに任せており、屋敷にはアイヴィー以外の
テンダロスたちが青々と葉の繁った日よけのブナ並木の街道を屋敷に向かって歩いていると、前方から7月の陽気の中、黒ずくめの人物が小走りに近づいてきた。
テンダロスたちは何事かと身構えたが、男はそのままバーロム方向に走り去っていった。
男がやってきた方向、今テンダロスが歩いている街道をそのまま進めば、避暑地として有名なローム湖の
黒ずくめの人物とすれ違い、そのまま歩いていくと街道の曲がりを抜けたところで見通しがよくなった。このまま少し進んで街道から右に入った
街道から小路に折れてしばらくしてテンダロスは後ろを歩くアイヴィーに、
「そこの木の先に女が血を流して倒れておる。おそらく先ほどの黒ずくめの人物の
「今から私が追えば、先ほどの男を捕らえることができますがよろしいですか?」
「いや、女にまだ息があるかもしれぬゆえ、男は放って女の方を見てみよう」
「はい」
テンダロスはその木まで進んで、木の根元にもたれかかるようにして倒れている女の首筋に手を当てた。
「すでにこと切れておったか」
女は背中からおびただしい血を流しており、後ろからの
「女の着ている衣服はかなり高級なものじゃ。妊婦のようじゃが、どれ?」
女の腹に手を置いたテンダロスが驚いて、
「腹の中の子はまだ生きておる! すぐに腹を裂いて中の子を取り出さねばじきに死んでしまう」
テンダロスは帯に差した鞘から大ぶりのナイフを抜き放ち、死んだ妊婦の着ていた衣服を切り裂いて下腹部をはだけ、妊婦の下腹部を慎重に裂いていった。
腹から取り上げられた小さな
「アイヴィー、スタミナポーションを出してくれるか?」
「はい、マスター」
アイヴィーは肩から下げたカバンの中からポーションを
テンダロスは渡されたポーション瓶の
「フギャー」
弱々しいが
テンダロスはへその緒をナイフで切り取り、アイヴィーから渡されたタオルでまず自分の手を
「街に引き返して官憲に告げても、犯人が見つかるわけでもない。母親とてどこかの共同墓地にほかの死体と一緒に埋められるだけじゃろう。この子のこともあるから急いで屋敷に戻らねばならぬが、このまま死体を放ってはおけまい。アイヴィー、
『ディッグアース!』
地面に手を近づけ、一言テンダロスがつぶやくと、土が
「アイヴィー。母親を入れてやってくれ」
「こんな感じでよろしいですか? 手に何か握っているようです」
アイヴィーが死んだ妊婦の左手の握られた指をほどいて、彼女が握っていた物をテンダロスに手渡した。
「これは鎖は無くなっておるがペンダントじゃな。母親が死ぬまで放さなかった物じゃ、大事な物だろうから預かっておくか。この子にとって死んだ母親の
アイヴィーから渡されたペンダントを
『レストアアース!』
と、つぶやくと、脇に除けられていた土が移動して女を底に入れた墓穴を
屋敷に帰り着き、すぐにアイヴィーは湯を沸かし、
「マスター、赤子の左手の甲に
「何かしら
「魔術的とは?」
「よくわからんが、魔術的につけられた何かの
そんな話をしながら、嬰児を洗っていたのだが、洗い終わってタオルにくるんだ嬰児が弱々しく泣き始めた。
テンダロスもアイヴィーも、もちろん子育てなどしたことはない。
「これはおそらく腹が減っておるのじゃ。アイヴィー、何か食べるものを作ってやってくれ」
「
「うーん。普通は母乳じゃが、
「分かりました、すぐに麦がゆを用意します」
アイヴィーが麦がゆの用意に
嬰児はその間も泣いている。しかも、泣き声はだんだんと弱くなってきた。
「これはまずいかもしれん。そうじゃ!」
テンダロスは部屋の中のポーション棚から、スタミナポーションを取り出して、嬰児の口に持っていき、数滴たらしてやったところ、また泣き声が大きくなってきた。
「これじゃ! これを麦がゆに混ぜて食べさせればええんじゃ!」
それから二十分ほどでアイヴィーによって用意された麦がゆに、テンダロスがスタミナポーションを混ぜてやった。アイヴィーが嬰児の口の前に麦がゆの
「どーんなもんじゃい!」
「すごいです。やはりマスターは
「フォッフォッフォ」
テンダロスは、ご
上澄みが無くなって来たので、アイヴィーは嬰児にスプーンで潰した麦がゆを与え始めた。さすがに嬰児では、固形物は無理だったようでいったん口の中に入った麦粥を吐き出した。
「アイヴィー、溶けるまで煮込まんとダメそうじゃな。今のところ落ち着いておるから今のうちに用意しておいてくれ」
「はいマスター」
アイヴィーが麦がゆの入った器とスプーンを持って部屋を出ていった。
「ところでこの子の名前はどうしようかの?
そうじゃ。赤子のくせに頭が尖っておるから、キーンとでも名付けるか。キーン・アービス。儂の最初の子じゃ!」
こうして嬰児はキーンと名付けられ、テンダロス・アービスの養子となった。
数週間後、ローム
注1:サルダナ王国
サルダナ王国は北をセロト王国、北西をローエン王国、西と南をダレン王国、東をギレア王国と接する中小国の1つ。ギレアを除く3国はいわゆる大国である。ダレン王国との関係は険悪とも言っていい状態が30年ほど続いている。
注2:マキナドール
太古の時代製作されたと考えられているアーティファクトの一つ。超高性能な近接戦闘用機械人形。その戦闘力は圧倒的。アイヴィーの姉妹機が存在する可能性があるが、発見されてはいない。
[あとがき]
引き続きよろしくお願いします。
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