第31話 幼馴染みがほろ酔いになっている件

「美月、手ぇ動かさないといつまで経っても終わらないぞ。台本とファッション雑誌くらいは整理しようぜ」


「……和くん。わたし、もうつかれた」


「必要な書類はこっち、いらないモノは断捨離する、段ボールは一旦全部空にする。一人暮らしの基本だぞ」


「うぅぅ……はぁい……」


「終わったらご褒美に美味しいご飯食べような。そこまではひと頑張りしような」


「ごはん! おいしいごはん! 和くんと食べる! わたしがんばる!!」


 完全に脱力しきっていた美月の目に再び火が灯った。

 ゴミの仕分けスピードに拍車がかかる。


「何か食べたいもんあるか?」


「ハンバーガー! ポテトもセットで!」


「お前昔からそれしか言ってないな……!」


「事務所の宿舎じゃ一回も食べさせてもらってなかったんだぁ。今は和くんにも迷惑かかっちゃうから外では食べられない分、おうちでお腹いっぱいになろうねぇ」


 そういえば、高校の頃は学校帰りに美月とよくジャンクフードのお店に行ってたりしてたっけ。

 さすがにトップアイドルともなると制約もかなり多くなってしまうのだろう。

 二人で店に入るなど、それこそ出来ようはずもない。


「がんばるよ! わたしはがんばるんだよ! がんばれわたし! がんばれわたし!!」


 とはいえ、この気合いの入れようもどうかとは思うが。

 掃除苦手な美月が頑張ってくれている分、俺も頑張ろう。


 そうしてゴミ屋敷と化していたトップアイドルの部屋を綺麗に綺麗に掃除していると、気付けばとっくに日が落ちていたのだった。


○○○


「それでは! おうちがとっても綺麗になったことを祝して~……かんぱ~い!」


「……かんぱーい」


 カシュッと音を立てて美月はほろ酔いぶどう缶を、俺は角ハイボール缶を開けていく。

 美月と飲むのはこれが初めてだ。

 こく、こく、こくと小さく音を立てながら両手で缶を煽る美月。

 ついで出前で頼んだハンバーガーにかぷりとかぶり付く姿は、さながら小動物のようだ。


 ハンバーガーにポテトにナゲット。飲み物にほろ酔いやハイボール。

 今日の晩ご飯はとてもジャンキーだ。


「ハンバーガーが、とってもおいしい!」


「そりゃ良かった。でもこれからは自分でもこまめに掃除をしましょう」


「ふぁ~い!」


 分かっているのか分かっていないのかは定かではないが、まぁ……本当に幸せそうに食べていて可愛いから今日くらいは良しとしよう。

 ほわほわという擬音さえ聞こえていそうなほどだ。


 おおよそ5時間ほどの格闘の末、ゴミ屋敷と化していた美月の部屋は何とか物置レベルまでには改善されていた。

 欲を言えば未開封の台本やファッション雑誌なども処理していきたかったが、こればかりは美月の仕事に関わる部分が大きすぎるので諦めた。

 

 ある程度まで片付いたところで美月を確認するとショート寸前だったからだ。


 何でもかんでも完璧にこなす冷静で完璧なトップアイドルだと思っていたら、歌と踊りと自分の好きなこと以外はびっくりするくらいに無頓着という残念系幼馴染みだったらしい。

 その方が俺の知っている昔ながらの美月らしいから、少しだけ安心したのは内緒だ。


「このポテト、ソース付けたらこれすっごい和くん好みの味なんだよ。食べて食べて! はい、あ~ん」


 風呂上がり、ピンク色のモコモコとした寝間着を羽織って体育座りをしている美月は、俺の目線に気付いたのか新しいポテトを持って俺に近付けてきた。


 長い黒髪を下ろした美月を見るのは久しぶりだ。

 少しだけ上気して紅くなった頬がいつも以上に艶めかしい。

 思わずこちらの鼓動が高鳴るほどだ。


 そんなことは露ほども知らない美月は、「どーしたの?」と小鳥のように首を傾げる。

 無意識の所業こそ怖い物はない。


 ……断れるわけもないよな。


「……んっ」


 白くて細い指の先につままれたポテトをくわえると、さぞ嬉しそうににっこりと笑う。


「ね、和くんの好きなぁ、バーベキューソース味とね、ぴったりでしょう?」


「美味しい、です」


 そろそろ俺の理性が崩れ去るのも時間の問題かもしれない。


 風呂上がりのモコモコ寝間着姿での体育座り、上気した顔で、両手で掴むほろ酔い缶。

 この三点セットがあまりにも破壊力が強すぎる。

 この世の全ての可愛さを凝縮したかのような存在に、思わず目が合わせられないまである。


 勢いに任せて角ハイボールを煽る。

 ハイボールの炭酸とポテトの油の親和性が非常に高い。

 俺の持っていた缶は、理性崩壊を食い止めるための抑制剤として一瞬で空になってしまった。

 というか。


「……えへへ、えへへ……」


 美月、酔い早くない?

 まだほろよい一缶しか開けていないはずだよな?


 缶を持ってゆったりとした笑顔で右に、左に揺れている。

 演技であろうはずもない。完全に酔っている。


「……頑張ったし仕方無いか。その缶飲み終わったらお開きだな」


「おひらき? なんで??」


 ふと、美月の瞳のハイライトが消える。


「今日はね、和くんがたくさんたくさん頑張ってくれたから、たくさんたくさんよしよししてあげるって決めてるの。だから――」


 そう言って、美月は自身の膝をぽんぽんと叩いて促した。


「和くん、おいで~」


 ほんわかとした笑顔で膝枕の準備をしていく美月。


 ……こいつ、俺の理性の理性崩壊のこと何も考えちゃくれていないな?


 美月曰く、まだまだ夜は長いらしい。

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