第31話 カズ、愛の告白?!

 アイアンサイト――銃に付いている、狙いを定めるための凸凹――の中央に敵拠点の貨物駅を捕らえる。周囲を警戒しつつコンテナ群の陰に隠れると、アリサが隣にきて身を低くした。


 敵が近くにいる可能性を考慮し、マイクが音を拾えるギリギリまで声を落とす。


「潜んでいる敵はリスポン考慮して、多くて8。最小で4。けど姿が見えない」


「突撃して蹴散らそうよ。待っていると不利になるよ」


 中央の橋が手薄だから一瞬で負ける可能性もあるため、アリサの言葉には一理ある。


 相手はプロチームなので自力では遥かに僕達を上回っている。時間が経てば経つほど僕たちは不利になる。


「突撃は我慢して。もう少し様子を見よう。待ち伏せしているところに突っこむのは不利だよ。なんとかして敵を拠点から引きずり出さないと」


「むーっ。アリサだったら8人くらい蹴散らせるもん」


 1分で再出撃可能なルールだから、8人倒しただけでは終わらない。


 勝つためには拠点の何処かにある旗を見つけて確保する必要がある。旗を探している間にも、敵は次々と復活してくる。

 その間、僕達は一度も死ねない……!


 それに、いくらアリサでもプロプレイヤーを8人も連続キルなんて出来るわけがない。

 僕が2、3人は倒さないといけない……。


 いくらなんでも僕がプロを連続3キル出来るとは思えない。


「敵拠点には、アリサと同じくらい強い突砂のリーがいるかもしれないんだよ。いなかったとしても、死んでここで復活してくるから厄介だよ」


「アリサの方が強い!」


 不満一杯の声が、最後の最後で、不安材料に気付かせてくれた。

 アリサの突撃癖だ。


 アリサのプレイスタイルはとにかく、冷静さとは無縁な突撃だ。

 戦況が硬直しだすと敵陣のど真ん中に飛びこみ、自分の身体を囮にして敵をおびき出して返り討ちにする。

 けっこう上手く行くんだけど、失敗も多い。


 死んだら本拠地で復活するルールだから、出来れば死にたくない。

 僕達が死ねば敵は自拠点が安全だと知り、総攻撃をかけるだろう。


(Sinさんが『冷静に行動するぞ』と言っておきながら特攻してた理由が、本当、昨日と今日でよく理解できたよ。頭脳担当のジェシカさんは冷静でも、プレイ担当のアリサが暴走するんだ……!)


 戦況は芳しくない。

 僕たちの潜んでいる鉄板の近くで手榴弾が炸裂した。

 続けて、無数の弾丸が飛来し、鋭角に跳ねる。

 頭を低くし位置を変えるが、何処に潜んでも銃火の雨はやまない。

 敵は、手当たり次第に周辺の隠れられそうな場所を壊すつもりだろう。


「カズ、完全にバレてる。突撃しよう! 突撃!」


 アリサが大きめの声を出した。

 幸い、周囲は発砲音でうるさいから、会話しても問題ない。


「いや、敵は攻めているのが僕たちふたりだってことを知っているから、手当たり次第に撃って、あぶり出そうとしているだけ。居所はバレていない。動けばバレる。ここは、状況の変化を待つべき」


「うーっ。死んじゃうよ! 突撃、と、つ、げ、き」


 やばい。

 アリサの言葉がリズムよく弾んでいる。

 楽しんでいる証拠なんだろうけど、もし突撃したら試合には負けてしまう。


「もうちょっと。もうちょっとだけ待って。来る! 気付かれた!」


「ほら、言ったじゃん! 突撃だよ、と、つ、げ、き!」


「逃げるよ! 右3分の1、ブロック!」


 僕たちはコンテナを飛び出し、コンクリートブロック群に飛びこむ。

 ライフル弾だけでなく、対戦車ロケットも付近に飛んでくるようになった。

 コンクリートブロックがあっという間に穴あきチーズのようになっていく。


「被弾した。このままじゃ不味い」


「ザーコ。カズのへったくそ~。アリサはノーダメージだよ。ねえ、突撃? 突撃?」


「最終的には突撃だけど、返り討ちに遭うって」


「準備は万端、いつでもオッケー」


 橋を渡ってから途中で拾ったらしく、アリサはアサルトライフルAK47を装備していた。


 AK47は世界で最も普及した自動小銃だ。


「あれ? アリサってM16信者じゃないの?」


 アリサは、状況に応じて武器を変えることは少なく、近距離でも遠距離でもM16A4というアサルトライフルばかり使っている。

 弾が少なくなったら、倒した敵の武器を奪えばいいのに、アリサは最初から最後までM16で戦うことが多い。


「いっつもジェシーが落ちている武器は拾うなってうるさいの。でも今はジェシーが見てないから拾った武器も使えるよ」


「なんで? 弾切れするくらいなら、拾おうよ」


「照準が狂っているかもしれないし動作不良を起こすかもしれないし、トラップかもしれないから、落ちている物を拾っちゃ駄目なんだって」


「BoDにそんなシステムないじゃん。そこまでリアルに作りこんであったら、ゲームじゃなくなるって」


 僕が呆れていると、およそ信じられないキルログが次々と出現した。


 GameEventJapan11 M16 [KR]MoooDRKUxxx

 GameEventJapan11 M16 [KR]MugnfaFunfa

 GameEventJapan11 M16 [KR]Yosio1028

 GameEventJapan11 M16 [KR]Ree001


「は? ジェシカさん、4連続キルってマジで? 相手、プロゲーマーだよね? あいつら待ち構えていたんでしょ。一瞬で4キル? マグチェンジ無しでやったの? 全員、ヘッドショット? クソ突砂のリーまで倒してるじゃん」


 僕は思わずゲーム画面から視線を外し、ジェシカさんの姿を確認した。

 ジェシカさんは銃をゆっくりかと思えば素早く動かしてからぴたりと停止し、実に様になった動きをしている。


 昨日観戦した米軍プレイヤーと比べても何ら遜色のない姿だ。


 ジェシカさんは顔を画面に向けたまま、左手でサムズアップしてきた。

 僕の方を全く見ていないのに、視線に気づいたらしい。


 半端ねえ……。

 指先で「オレの方じゃなくて、画面を見ろ」と合図してきた。


「カズ! 今のキルログ、ジェシーが通信施設を制圧したってことだよね。突撃? アリサ突撃? 怯えながら死を待つなんてまっぴらだ! 震えて銃が錆び付くのを待つくらいならオレは突撃するぞ! Fuckingウジムシどもは何処だ! 全員、ぶっ殺してやる!」


 まずい。

 アリサのテンションがクライマックスだ。

 ストーリーモードで牢獄から一緒に脱出した直後に、ヘリの機銃掃射で撃ち殺されるNPCっぽいこと言いだした。

 このままだとアリサが本当に突撃しかねない。

 FPSのストーリー的に、アリサが明らかに死ぬキャラになっている!


 限界だ。

 アリサがひとりで返り討ちに遭うくらいなら、僕も一緒に突撃した方が、まだ生存の可能性がある。


「分かった。突撃しよう。でも、聞いてくれ」


 兵士の顔なのに、両手を身体の前で小さく握り拳にしている仕草が子供っぽくて、不気味だ。

 アリサはきっと目をキラキラさせている。


 アルファチームが橋を、ブラボーチームが地下道を護りきり、ジェシカさんとチャーリーチームが通信施設を占拠した。


 状況は整った。

 僕の隣には最高の相棒がいる。


「この戦争が終わったら伝えたいことがあるんだという、有名な死亡フラグがあるよね。きっと、肉体だけでなく精神も屈強な兵士達は、戦争が終わるまで大事なことを伝えるのを我慢できるんだろう。けど、僕は我慢できない。だから、今、口にする」


 死亡フラグなんて糞喰らえだ。


「アリサ、僕と付き合ってほしい。ずっと、ずっと僕の側にいてほしい。今日が終わっても、これからもずっと」


「う、うあう。な、ななな、いきなり、何を、言って」


 イベントが終わったら、簡単には会えなくなる。

 アリサがボイスチャットをしてくれるのかすら、分からない。


 けど、お別れなんか嫌だ。

 アリサとは最高のゲーム仲間として、ずっと一緒に戦っていきたい。


 BoDの新シリーズが出たとしても、別のFPSで遊ぶとしても、ずっと付き合ってほしい。


「僕はひとりじゃ何もできないし上手く喋れないけど、アリサが側にいてくれると強くなれる。だから、ずっと一緒にいてほしい。アリサといると凄く楽しいから。これからもずっと、隣に居てほしい」


「うあうあうあう……うあぁ」


 何故か、兵士が尻餅を付いて、ぐるんとひっくり返ってお尻を突き出したような姿勢で、頭を抱えている。

 モーションセンサーだからこそ可能な不自然な動作だ。


「い、いきなり……だよ。あうあう……」


「アリサ?」


 気になったので兵士ではなく、隣のアリサを見る。

 すると、やはりゲーム画面の兵士と同じように、お尻を尻き出したような姿勢でアリサが頭を抱えていた。


「……う、うん。ずっと一緒。アリサ、カズとお付き合い……する……」


 凄く小さい、震えるような声だった。


 さっきまで突撃連呼していたとは思えないほど大人しくなってしまったのが不思議だ。


 しかも、時折、「えへへ」だか「うふふ」だか分からないけど、微かに笑い声が聞こえる。

 というか、兵士がクネクネと腰を振っているのが気持ち悪い。


 アリサの妙なテンションが作戦遂行の妨げにならないか不安になったが、突撃癖が治まったようなので結果オーライだ。


 大会が終わってからもゲームに付き合ってくれると約束してくれたから、もうなんの不安もない。


 そして、作戦開始の時は来た。


 昨晩のミーティングで、プロゲーマーチームがチートをしたときの対処として、ジェシカさんが「こっちも正々堂々とインチキしようか」と提案し、「卑怯じゃないかな」という意見もあったけど、最終的に「プレイヤーの技能だからありだよね」ということでみんなが認めた作戦だ。


 その場に居合わせた、声優さんのマネージャーらしき人と、動画配信の関係者らしき人は、是非やってくれと興奮気味だった。


 ザザザッというノイズの後に、敵拠点にあるスピーカーが音声を発し始める。


『上空に敵の戦略爆撃機が接近。友軍は待避せよ。繰り返す。上空に敵の戦略爆撃機が接近。友軍は待避せよ』


 戦略爆撃機が飛来したということは、戦場の誰かが死なずに連続10キルを達成して、ボーナスの支援攻撃を要請したということだ。


 とはいえ、連続キルボーナス無しのルールで対戦しているので、通常は有り得ないことだ。


「来た!」


 僕とアリサへの攻撃が止み、敵拠点から敵兵が何人も飛び出してくる。

 爆撃による全滅を避けるため、敵は自らの拠点から飛び出すしかないのだ。


「ばーか、女性声のアナウンスが流れるのは発電所とダムだけ。市街地マップの爆撃機は男の声だよ」


 ジェシカさんの制圧した放送施設で、ガチさんが喋っただけ。

 放送施設はマップ全体に音声を放送できる。


 さすが、プロの声優。

 製品に収録してある音声だと勘違いしてしまうほどの綺麗な声でした。


 まじで、ざまあ!

 敵プレイヤーはまんまとひっかかった。


 アメリカンキッズがファック連呼するから不評な通信施設の機能がこんなところで役に立つなんて!


 連続キルボーナスがないルールで対戦しているんだから、普通だったら、プレイヤーが喋っているだけだって気付くはずだ。


 でも、プロチームは気付かなかった。


「自分たちがチートしてるからって、僕たちもチートしたと思ったのが、お前達の敗因だ。正面、5。アリサ、どっちがたくさん倒すか勝負」


「OK! アリサ、カズのために頑張る! いいお嫁さんになる!」


 世間では野球のバッテリーを女房に例えるのだから、戦場の相棒を嫁と表現するのもありか。


 なるほど、悪くない。


 アリサは僕のちっちゃなお嫁さんだ。

 ウェディングドレスを翻せば、スカートの中にはアサルトライフルだけどね。


 アリサが敵兵をふたり、僕がひとりを仕留めた。

 連続して弾丸を浴びせ、敵に体勢を整える暇を与えない。


 プロチームは爆撃に怯えて焦っているのか、それとも未だに僕達を素人だと思って油断しているのか、動きは鈍い。


「2キル。残りふたりも貰っちゃうよ。カズ、右!」


「了解! 残り1! アリサ、右3分の1、100、岩陰!」


「OK. 仕留めた! All Clear」


「先ずは一段落。アリサ、5m下がって。段差が死角になってる」


 冷静な観察眼さえ備えていれば、たとえ窮地であっても、活路を見いだせる。


 アスファルトが大きく捲れあがって露出した地面が畝になっているから、隠れるにはもってこいだ。


 旗は見えなかった。

 拠点の裏側?

 何処だって構わない。必ず見つけて、勝ってみせる!

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