第17話 うんこ投げて!

「Fucking vehicle!」


 アリサの警告だけでは意味が分からなかったが、窓から外を見たら、コテージの手前に兵員輸送車両が突っ込んでくるのが見えた。

 輸送車から降りた兵士は即座に、窓の僕に気付き、手榴弾を構えた。


「あー。無理無理。その位置から届かないし、こんな狭い窓を――うわっ!」


 ヒュンッ!


 僕の操作する兵士の顔面横をもの凄いスピードで何かが飛んでいった。

 ドンッと、背後から壁に激突する音。


 モーションセンサーコントローラーは、AIが投擲フォームから飛距離や方向を算出するから、プレイヤーの身体能力が反映されやすい。

 そのため、多くのプレイヤーが苦手としているが、今の敵プレイヤーはプロスポーツ選手。


「嘘……だろ」


 振り返って見下ろせば、間違いなく室内に手榴弾が転がっている。


「アリサ、グレネード!」


 アリサに警告し、僕は隣の部屋に移動する。

 爆発音はしたがキルログは出てこないので、アリサも無事だろう。


 というか、やべえ、移動した先の部屋、銃がいっぱい落ちている……。

 死体は消えるけど、銃は暫く残るから、これ、全部アリサが倒した敵の装備品だ……。


「アリサひとりで持ちこたえたのか……。相変わらず半端ないな……」


「ふふん。凄いでしょ。カズがすぐ死んじゃったから、代わりに頑張ってあげたの。感謝してもいいよ」


 隣にやってきたアリサは相変わらず生意気な声だが、息が荒い。

 コントローラーと違ってモーションセンサーのプレイヤーはリアルに体力を消耗するようだ。


「はいはい。感謝、感謝」


「むー。ぜんぜん、感謝してない! カズのくせに!」


 あ……。制圧ゲージが溜まってる。

 いや、マジで、アリサたったひとりで敵を全部倒してたのか……

 すげえ。

 このまま、ふたりのどちらかが生き残れば拠点Aは僕達のものだ。


「うんこ投げて! 外の右!」


「はい? うんこ?」


 うんこって何?

 外の右って何処?


「うんこはうんこでしょ! ポンポンで狙ってる!」


「え、いや、何のこと?」


 さっきの敵が屋内に潜入してきたってことだよ、な?

 部屋の外にある廊下を確認しようとした瞬間、反対側の壁が爆発。

 爆風に巻き込まれて僕のライフが50ポイント近く削られた。

 グレネードランチャーの至近弾だ。


「あ、ポンポンってグレネードランチャーのことか!」


 外は部屋の外ではなく、コテージの外か!


「たまたま!」


「うん!」


 たまたまは分かる。弾丸だ。

 復活直後の僕と違って、生存し続けているアリサは弾を使い果たしているのだ。


 元からアリサに補給するために僕は衛生兵でリスポーンしている。

 補給箱をアリサの足音に投げる。


 アリサの状況を考えて、ようやく先ほどの言葉の意味を理解した。


「うんこって、手榴弾のことか!」


 FPSに限らず様々なゲームに、独自の俗語や造語が存在しているる。

 対戦車地雷一つにしても円盤状をしているから、ピザ、たらい、マンホール等と様々な呼び方がある。


「ジェシカさんみたいに、グレとかグレランって言ってよ! アリサ、グレ投げるから、入り口固めて!」


 敵が突入してきているはずだ。僕が室内から階段に向かって手榴弾を投げてから、アリサが室外へ行く手筈だ。


「3、2、1」


 僕が手榴弾のトリガーボタンを押して、三秒待ち、爆発の寸前に放そうとした瞬間、部屋の入り口にアリサが――。


「ゼ、ロォ?!」


 トリガーボタンから指を放してしまい、手榴弾はアリサの背中に当たり、跳ね返って室内に戻ってくる。


「アリサ、早いよ!」


「カズが遅い!」


 手榴弾は爆発し、僕は死亡した。


 完全に連携ミスだ。

 うんことポンポンの意味が分からなかったり、突入のタイミングを間違えたり……。

 今さらこんなミスをするとは思いもしなかった。


 ああ、そっか。

 いつもはSinさん……じゃなくてジェシカさんが通訳したり、タイミングを計ったりしてくれていたのか。


 30秒が経過し、僕は再び、アリサの背後に再出撃した。

 ほんと、凄い……。

 また死なずに生き延びていた。


 再出撃と同時に、バチュンッバチュンッと発砲音が至るところから聞こえてくる。

 アリサは一階を走り周りながら敵と戦っているようだ。


「カズ、敵!」


「あ、うんっ」


 返事はしたけど、敵が何処にいるのか分からない。

 Sinさんだったら僕の視線を基準にして、方向と距離と目標の特徴を伝えてくれる。


 けど、アリサは――


「右、右ッ!」


「いないよ! 何処!」


「だから右でしょ! Fuck!」


 右と言われたから左を見たのに、敵がいない。

 背後から弾が飛んできたということは、今度はアリサが気を利かせて僕基準で方角を指示していたらしい。


「隣の部屋!」


「どっち?!」


 部屋は四つあるし、それに、隣の部屋に移動するのか、隣に敵がいるのか、なんなのか分からない。


 制圧ゲージが減り始めた。

 コテージには敵の方が多い!


 僕とアリサはお互いにフォローできる位置で協力しているんだけど、アリサの指示が曖昧で、どの目標を攻撃すればいいのか、いまいちハッキリしない。


 巧さやプレイスタイルはいつものOgataSinだけど、喋っている人が違うせいで、僕たちの連携が綻んでいる。


 ふたりとも辛うじて生き延びているが、制圧ゲージはどんどん減っていく。


「カズ、ここ、もう駄目。あっちに移動するよ!」


「うん」


 あっちが、何を指すのか分からなかったので、僕はアリサの後ろを追いかけることにした。


 すると、先を走るアリサがコテージを出た瞬間、撃たれた。


「Fucking Shit! カズが私を囮にしたーッ!」


 叫びを残しつつ、アリサの操作していた兵士が倒れた。

 僕が操作する衛生兵はダウン状態の兵士を復活させることができるけど、アリサのことはいったん、放置。

 蘇生中の隙を狙われたら僕まで死にかねない。


 僕は壁に向かって手榴弾を投げ、玄関内に跳ね返って落ちるようにし、コテージの外へ離脱。

 直後爆発し、僕を追撃しようとしていた敵二名を倒した。


 玄関周辺に敵は居ないと判断し、除細動器でアリサを復活させる。

 ちなみにこの除細動器は倒れた兵士の銃傷を治すだけでなく、敵に喰らわせればライフを50削ることができるぞ!


「あっ!」


 アリサが立ち上がると同時に、奥の部屋から出てきた敵がショットガンを発砲。


「Nooooo! Fucking Shit!」


 運悪く、復活した直後のアリサに命中。

 セミオートのショットガンを背後から二連射され、アリサは再びダウン。


 僕はハンドガンを連射し、アリサの仇を討つ。

 安全を確認してからもう一度除細動器でアリサを生き返らせる。


 すると、ホント、運が悪いことに……。

 いや、マジで僕は敵が居ないことを確認したよ?

 多分、コテージ内でリスポンしたであろう敵がいきなりやってきてアリサを背後からナイフで切った。

 アリサはダウン。

 僕はハンドガンで敵の頭部を三連射して仕留めた。


 それから再び除細動器でアリサを蘇生する。

 するとアリサはナイフを構えて僕に斬りかかってきた。


 味方なのでダメージは喰らわないが、ズシュッという鈍い音。

 ストレス発散だろう。


「すまぬ……」


「あとで、アリサの言うこと聞いてくれたら許す……!」


「あー。宅配ピザ(地雷の敷設)でも弁当配り(医療キットの配布)でもするよ」


 こうして僕達は何度も連携に失敗したが、コテージを制圧。

 その後、二人で死守し続けた。


 拠点Bを味方10名が護ってくれたので、100対71で勝利した。

 拠点を二つ制圧していた割には点差が小さいから、味方の死亡が多かったのだろう。


「よしっ」


 現実世界で小さくガッツポーズをしたら、リアルな痛みがふくらはぎに走った。


「痛ッ!」


 反射的に見たら、ローキックを食らっていた。


 アリサが顔を真っ赤にして何かを言ってる。


 ヘッドセットを外すと、案の定、怒声が聞こえてきた。


「カズ、何度も私を囮にした!」


「えっと……」


 ボイスチャットでなら「囮、ざまあ」とからかえるのに、正面に立たれると声が出ない。

 ゲームから現実世界に戻ってきた瞬間、急に僕の声帯は引きこもりになってしまった。


「カズのFucking 馬鹿! うんこ食って吹っ飛んじゃえ!」


 アリサの息は弾み、肌がうっすらと朱に染まっている。

 やはり、モーションセンサーコントローラーはかなり体力を使うようだ。


「無視しないでよ!」


 アリサが僕の胸元を掴んで必死に揺さぶろうとしているが体格差があるので、何ともない。


 どうすればいいのか分からずに後ずさっていたら、ジェシカさんが間に入ってくれた。


「はいはい。アリサ、落ち着けー」


 ジェシカさんも身体を動かし続けていたはずなのに、アリサと違って息切れした様子はない。


「ジェシー! カズが酷いんだよ。何度も私を囮にして、自分だけ生き残った!」


「そいつは許せないな。よし、罰だ。後で昼飯を奢らせようぜ」


 抱きついたアリサの頭を撫でるジェシカさんは、まるで飼い犬を可愛がるトップブリーダーだ。

 あっという間にアリサは上機嫌そうに笑いだす。


「カズが私をエスコートしたいの? もう、しょうがないなー」


「カズ、外に屋台あるじゃん。アリサは日本の屋台初体験だから、楽しませてあげてよ。お姫様のご機嫌取り頼んだぜ」


「う、うん」


 ジェシカさんが急に顔を近づけてきたのだからドギマギしてしまい、僕はバネ仕掛けの人形みたいに何度も頷いた。


「むーっ、カズがまたジェシーを見てエロい顔してる! カズのエロ、馬鹿!」


 エロい顔してないよ!

 しょうがないじゃん、年上の美人に近距離で微笑まれたら、誰だってキョドるよ!



◆ あとがき

 本作は2020年12月時点でカクヨムコンに応募中だから、読者選考通過のために、☆でポイントをつけてくれると嬉しいです。

 ☆が100個溜まると読者選考を通過して、編集部による審査をうけられるかもしれないそうです。

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