3話 クライマックス



「おおーいっ、エミリー、待たせたな!」


 スイーツコンテスト前日。


 曙光都市エルジオンに戻ってきたアルドは、エミリーとの待ち合わせ場所であるエルジオンの一角にやってきていた。


 先に来ていたらしいエミリーは、アルドの姿を見つけるなり、ぱっと手を上げる。


「アルドさん! お忙しいところありがとうございます! それで、さっそくなのですが、材料のほうは見つかりましたでしょうか……?」


 遠慮がちに聞くエミリーに、アルドは満面の笑顔でうなずいてから、戦利品である材料たちをエミリーに差し出した。


「ほら、ばっちり三つともそろえたら安心してくれ。まずはこれが『黄金のはちみつ』で、次にこれが『ショコラドロップ』な、『ドデカボチャ』は大きいから明日直接会場に持っていくよ」


 『黄金のはちみつ』と『ショコラドロップ』を受け取って、エミリーは感激で目を涙で潤ませる。


「力を尽くしてくださってありがとうございます、アルドさん……! こんなにも素晴らしい材料がそろったら、私、明日のコンテスト、全力で頑張れそうです! とくにこの『黄金のはちみつ』はとても新鮮そうで……、アルドさん、どうやって手に入れたんですか?」


「え、ええっ!? えっと……」


 時空を超えて古代の平原で手に入れたとは言えず、アルドは曖昧にほほ笑む。


「えっと、知り合いに蜂を育ててる人がいて、その人から少しだけ分けてもらったんだ。採れたてだから、きっとおいしいと思うぞ」


「そうだったんですか! 私のために、いろいろと助けていただいてありがとうございます。明日の大会、頑張りましょう!」


 ぐっと拳を握ってみせるエミリーに、アルドも同じように拳を握る。


「ああ! 全力を出しきって、優勝を目指そうな」


「はい……!」




 そうして次の日を迎え――アルドとエミリーは、無事にスイーツコンテスト本番を迎えることになった。


 コンテストは、エルジオンの街路の一部を貸し切る形で開催されて、何人ものパティシエやパティシエールたちが出場する大規模なものだった。


 アルドとエミリーには、大通りに沿って並べられている出場選手たちの長テーブルのひとつが割り当てられて、ふたりはお菓子作りの道具や材料を並べながらそこに待機していた。


 そうしていよいよスイーツコンテスト開催時刻になり、今回のコンテストの司会を担当する女性がマイクを振り上げた。


「――みなさん、本日はエルジオンスイーツコンテストにお越しくださり、ありがとうございます! このコンテストは、全国から腕に自信のあるパティシエやパティシエールの方を集めて、創意工夫されたケーキをリアルタイムで作って披露していただきます! そして、できあがったケーキをお集りいただいたみなさまにご試食いただき、一番おいしかったケーキの番号をみなさまにお渡しした端末にご入力していただきます! そして、投票の一番多かった番号のパティシエとパティシエールが、本コンテストの優勝となります!」


 司会者が、会場に集まっているエルジオンの市民のみんなに渡したものと同じ、小さな端末を掲げて説明している。


(なるほど、優勝はここにいるお客さんの投票で決まるわけだな)


 そうだとすると、呼び込みも大切な仕事になるかもしれない。


 自分はエミリーと違ってケーキ作りはできないから、お客さんの呼び込みを頑張ってみよう。ラクニバの村で野菜売りをした経験もあるし、お客さんへの声かけならできそうだ。


 ――よしっ!


 アルドは気合いを入れると、白いコック帽や同色のエプロンをつけて、長テーブルの前でお菓子作りの道具を広げているエミリーをちらりと見やる。


 彼女の手元には、自分がそろえてきたドデカボチャ、黄金のはちみつ、ショコラドロップといったケーキ作りの材料がきっちりと並べられている。


 エミリーの顔は真剣そのもので、アルドはエミリーの集中の邪魔にならないように、少し離れたところから彼女の横顔を見守っていた。


 出場者の準備が全員整ったところで、司会の女性が大きくマイクを振り上げた。


「――それでは、クッキング――……開始ッ!!」


 プワーッ、と開始の合図が会場内に響き渡ったかと思うと、出場者たちは、それぞれに一心不乱にケーキ作りを開始した。


 アルドが周囲を見渡せば、カカカカッと音を立てながら生クリームを泡立てている選手がいたり、フルーツを綺麗にカットしている選手がいたりと、素人の自分が見ていると感嘆するお手並みの選手ばかりだ。


(エミリーは、オレがお菓子作りができないせいで、ひとりでケーキを作らなきゃいけないんだもんな……)


 他の出場者はふたりのペアでお菓子作りを始めているのに、エミリーはひとりだ。それだけでもかなりのハンデのはずだから、せめて、自分にできることをやって彼女のことを応援したい。


(オレが用意したドデカボチャや黄金のはちみつは、その時代の新鮮なものを集めてきたんだ。それが、せめてエミリーに有利に働くといいんだけど……)


 必死にお菓子作りに励んでいるエミリーのことを心のなかで応援しているうちに、あっという間にクッキングタイムは終わっていき、終了の合図が鳴り響いた。


「――時間になりました、クッキング、そこまでッ! 選手のみなさんは手を止めてください!」


 司会の女性の声が響き渡ると、出場選手たちはいっせいに作業していた手を止めた。


 それぞれの出場選手のテーブルには、彼らの趣向を凝らした様々なホールケーキが並べられている。チョコレートで作られたケーキや、生クリームにいちごを挟んだスポンジケーキ、シロップ漬けのフルーツをふんだんに盛りつけたタルトなど、見ていてうきうきと心が躍ってしまうような可愛らしくておいしそうなケーキばかりだった。


 そうしてエミリーの前には――


 ドデカボチャを入れて焼いたかぼちゃの生地とバタークリームで作りあげたまろやかなケーキに、ショコラドロップのソースをケーキの周りにとろとろとかけて、その上からかぼちゃのモンブランと黄金のはちみつをたくさんかけて華やかに仕上げたドデカボチャのモンブランケーキができあがっていた。


 ケーキの上には、ドデカボチャの形をしたかぼちゃのクッキーが添えられている。


 見ているだけで笑顔になってしまうような、可愛らしいケーキだった。


「おお、可愛いケーキができたな! すごいよ、エミリー!」


 アルドが傍に寄って言うと、エミリーが嬉しそうに頬を紅潮させた。


「ありがとうございます……! アルドさんが、新鮮な材料を持ってきてくださったおかげです! あとは、みなさんに楽しんでいただけるといいのですが――……」


「そうだな。呼び込みはオレに任せてくれ。オレがエミリーのためにできることは、それくらいだからな。じゃあ、頑張ってくる!」


 アルドはエミリーに言って駆け出すと、どの出場者のケーキを試食しようか迷っているお客さんたちに、持ち前の明るさと人当たりの良さでどんどんと話しかけていく。


 この時代では希少なドデカボチャや黄金のはちみつをふんだんに贅沢に使ったケーキに、お客さんは物珍しそうに喜んでどんどんと立ち寄ってくれた。


 そうして――あっという間に試食の時間が終わり、結果発表のときがやってきた。


(誰が優勝するんだろう……。エミリーが優勝でありますように)


 アルドは、祈るようにごくりと唾を飲み込む。


 出場者やお客さんが見守るなか、みんなの前に立った司会者が、ぱっと手を上げてエミリーとアルドのほうを向いた。


「――曙光都市エルジオン、スイーツコンテスト、優勝はエミリー&アルドチームです!」


「えっ、うそっ……!?」


 びっくりして両手を口もとに当てて目を見開くエミリーに、アルドはとびきりの笑顔を向ける。


「やったな、エミリー! おめでとう! エミリー、すごく頑張ってたもんな、絶対優勝するって信じてたよ!」


「あ、あ、ありがとうございます、アルドさん! ま、まさか、本当に優勝できるなんて……! 本当に、アルドさんのおかげです! ありがとう、ありがとうっ……!」


 いよいよ嗚咽を漏らしながら泣きじゃくるエミリーに、アルドはそっとハンカチを差し出す。自分にできることはお客さんを呼び込むことくらいだったけれど、頑張ってよかったと思う。


 それに、エミリーが優勝できたのは自分の力だけじゃない、自分が育てたドデカボチャをくれたラクニバの八百屋の若者、黄金のはちみつを分けてくれたラトルの少年、それからショコラドロップを教えてくれたイスカの力あってこそだ。


 そして、ひとりでケーキを作るというハンデを見事に乗り越えたエミリーの力も。


(みんなで力を合わせたからこその優勝なんだよな)


 その力のひとつになれて、本当に良かったと思う。


 こうしてスイーツコンテストの優勝は見事エミリーに決まり――彼女は、エルジオンで一躍有名なパティシエールになった。

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