World World World

赤鐘 響

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「やぁやぁ、今日も来ているね。タバコは体に悪い、いい加減辞めたらどうかね?」

 大学構内の喫煙所で、煙を弄んでいた俺に声がかかる。

「……先輩だって来てるじゃないですか」

 声の主に答え、ゆっくりと煙を吸い込む。喫煙所の入り口には、黒いトレーナーと黒いスキニージンズを履いた長身の女性が立っていた。俺は5秒ほど肺に煙を貯めた後、大きなため息とともに吐き出した。

「おいおい、確かに私は喫煙所に来てはいるが、タバコを吸うとは限らないだろう?もしかしたら私は君に会うためにここに来たのかもしれないじゃないか」

 ポケットからタバコとライターを取り出しながら、先輩は言う。その手に持っているのはなんだと言いそうになったが、もう面倒くさいので言わないことにした。

「うん?君また銘柄変えたのかい?」

 スムーズな流れで自身のタバコに火をつけた先輩が、しゃがみこんでタバコを吸っていた俺の顔を覗き込む。そのまま俺の人差し指と中指で挟んでいたタバコを取り上げ、煙を吸い込んだ。

「ふぅん、中々美味しいじゃないか。なんて銘柄なんだい?」

 両指にタバコを挟んで、自身のタバコと見比べる先輩を横目に、俺は胸ポケットからタバコを取り出す。一本だけ取り出し、箱を先輩に向けて投げた。

「先輩に向かってモノを投げるな……へぇこんなもの売ってるんだね」

 器用に両手の掌でタバコを受け取って先輩は言う。

「コンビニとかでは売ってないんすよ、それ。たまたまネットで見つけたんで、思い切ってカートンで買ってみました」

「なるほどねぇ」

「あげますよ、それ。どうせもう10本も入ってませんし」

「いいのかい?1カートンしか買ってないんだろう?」

「構いませんよ」

「それじゃあ遠慮なく。ちなみにこれはなんて読むんだい?」

「……さぁ?あいにく俺は英語が得意じゃないので」

 パッケージをこちらに向け、にやけた顔で聞いてくる先輩に対し、俺は返す。

「ところで君、午後は暇かい?」

 灰皿にタバコを落とし、小さく背伸びをして先輩が口を開いた。

 俺は一言「暇ですよ」と返し、喫煙を続ける。今日の講義は午前中しかなかったので、午後は当然暇である。

「じゃあ食事でも行かないかい?どうせまだお昼は食べてないんだろう?私もまだなんだ」

「先輩から誘いが来るなんて珍しいですね。金欠ですか?」

 灰皿にタバコを落として、ゆっくり立ち上がる。

「おいおい、いくら私でも後輩にせびったりはしないさ」

「先週の飲み会の代金、払ったの誰でしたっけ?」

 俺がそういうと、先輩はバツが悪そうな顔で俺の腕を取った。

「まぁまぁ、それはそれ、これはこれという事で!今日私がお昼を持つからそれでチャラにしようよ」

 細かい事言う気はないが、飲み会の代金と昼食代では些か釣り合いが取れないのではないだろうか。

 俺の腕を引っ張りながら、先輩は喫煙所を出て、大学の出入り口へと歩き出す。すれ違う人々は、こちらに一瞬視線を向けて、すぐに手元のスマートフォンに目を戻した。大勢の人に見られているにも関わらず、俺の腕を持つ先輩の手を払おうとしないのは、つまりはそういう事だ。

「先輩、どこの店に行くんですか」

 俺が聞くと、先輩は今まさしく大学の敷地外へと足を踏み出そうとした足を止めた。俺の腕から手を放し、これでもかというくらいの笑顔で言った。

「ノープランさ」

 

 

 

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