第14話 少年

美生は長袖のTシャツにオーバーオール、麦わら帽子という出立ちで庭の草むしりをしていた。


昔からの農家である祖父母の家の庭は農作物を干したりするために広い。大きな母屋は明治時代に建てられたものだが、さすがに古くなり、10年程前に祖父母はすぐ隣に小さな一戸建てを建てて、今はそこに住んでいる。


美生が祖父母からもらった仕事のリストは、ほとんどがこの母屋や農機具を置いている倉庫の片付けや掃除で、祖父母としては急ぎでもないし年をとって面倒なので放っておいてたのをこの機会に美生にやってもらおうということなのだろう。


美生を可愛がってくれている祖母の香戸里亜カトリアのことだから「ミオは可愛いのが仕事よ♡」とか言ってくれるかと思ったが、そこまで甘くはなかった。


「美生ちゃん、こんにちは。」


垣根からひょこっと少年が顔を出した。美生と同じ年頃で大人しそうな顔つきをしている。


「あ、健一くん、久しぶり。」


美生は草をむしっている手を止めた。健一は近所に住んでいる祖父母の親しい友人の孫である。真面目で勉強のできる秀才だが、それを鼻にかけたりしない穏やかな少年だ。美生の同年代の男子というのは、美生のくせのある明るい茶髪をからかってくるような子ばかりで、そういう意味では健一は美生が心を許せる唯一の同年代の男子であった。小学生の頃は、よく一緒に遊んでいたものだが、中学生ともなるとお互い気恥ずかしいのか、美生が岐阜に来ている時に1、2度来て、ちょっとおしゃべりする位の関係となっている。


「昨日はお土産ありがとう。これ、うちのじいちゃんが持って行けって。」


健一は荒縄で縛ってある西瓜を出した。昨日、健一の家にお土産のお菓子を持って行ったので、その返礼だろう。その時、健一は留守だった。


「わ、ありがとう。」

「おばあちゃーん、健一くんが西瓜持って来てくれた。」


美生は西瓜を受け取って、祖母のカトリアに渡した。


「お手伝い? 珍しいね。」


痛いところを突かれた。こちらにいる時の美生は近所をふらふらと遊び回っているか、家でごろごろしているかで、ついぞ家の手伝いなどすることなどなかったからである。健一は良くも悪くも素直で率直なのであった。


「アルバイトなの。」


健一は、家の手伝いでお金を取るのか? という顔をしたが、さすがに口には出さなかった。


ちなみに二人が名字ではなく下の名前で呼び合っているのは、二人が格別親しいからではなく、二人とも同じ名字だからである。昔からこの辺りに住んでいる人は春田という名字が多いのだ。古くからの集落では良くあることである。


「手伝うよ。」


健一は美生と並んで草をむしり始めた。祖母のカトリアはそんな二人を微笑ましげに窓から見ている。


「昨日は塾の夏期講習だったの?」

「うん、岐阜か名古屋の国公立の大学に行きたいからね。今から勉強しないと。」


「バイクの免許取ったんだって? すごいね。でも危なくないの?」

「百聞は一見にしかず。東京からオートバイ持って来たから、ちょっと庭で乗ってみる?」

「やめとく。僕、運動はまるで駄目だから。」





「ケンイチ、お昼食べて行きなさいよ。」


カトリアが声をかけた。いつの間にやら、もう昼だ。


やった! 健一はほくそ笑んだ。カトリアの料理はそんじょそこらのイタリア料理店より美味しいのだ。小学校の頃は美生と遊ぶ度にご馳走になっていたのだが、最近はその機会もなかったのである。最もカトリアの料理は、本格的なイタリア料理の一皿に焼き魚や味噌汁が添えられているのがご愛嬌と言えばご愛嬌なのだが。



「二人ともシャワー浴びていらっしゃい。ケンイチ、悪いけどミオが先ね、レディーファーストよ。」


美生がシャワーを浴びている間、健一は麦茶を飲みながらテレビを見ていた。


「健一くん、お風呂空いたよ。」


美生の方を見て、健一はぎょっとした。タンクトップとホットパンツ姿の美生が髪を拭いている。そのすらっとした手足とすべすべの脇の下が妙に艶めかしい。


あらあら、ミオったらダイタンね♡ 純情なケンイチならイチコロよ。祖母のカトリアはニマニマしている。最も美生は何も意識せず、ふだん家でしている格好をしているだけだ。


健一は美生からあわてて目をそらすと、浴室に向かった。服を脱いで浴室に入る。


美生ちゃんが今さっきここでシャワー浴びていたんだよな、もちろん裸で。


そんなことを考えるとついドキドキしてしまう。そんなお年頃の健一少年なのでありました。

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