永遠の命が幸福か?

枝林 志忠(えだばやし しただ)

第1話 永遠への魅了

 アクトゥールは、水の都と呼ぶのにふさわしい所だ。

 宙に浮かぶ壺から絶え間なくきれいな水が流れ、街道の所々に水の掛け橋が出来ている。


「久々にアクトゥールに来たでござる。」


「そうだな。そういえば、サイラスの住んでた人喰い沼に近いんだったよな。」


 サイラスは、懐かしさを偲ぶようにアルドに話しかけた。

 甲冑を身に着け、腰に東方の刀を拵えているその姿は、侍そのものだ。

 少々短短気な性格ではあるが、剣の腕前は、アルドも認める程の腕前だ。

ただ一つ普通の人間と違うのは、蛙の姿をしているということだ。


「ロキドは、ここに来るのは、初めてだよな。」


「ああ。こういう都もあったんだな。」


 口数の少ないロキドは、そんな言葉をアルドに言った。

 蛙の姿をしたサイラスに対して、ロキドは、人間と魔獣との間に生まれた半獣だ。

 紫色の肌と白色のたてがみ、逞しい体に黄金の鎧を纏った姿。

 一見すると、短気な性格で、怒ると何をするか分からないと周りから思われそうな風貌である。

 しかし、本当は心優しい性格の持ち主であり、アルドたちと共に旅をする良き仲間だ。


「せっかく来たんだし、ここの酒場で何か食べていかないか?」


「うむ、そうでござるな。」


 アルドとサイラスが、酒場に向かおうとした時、ロキドは、躊躇ためらって二人に言った。


「俺は…、遠慮しておく…。」


 人間から魔獣として見られ、忌み嫌われることが少なくなかったロキドにとって、人の出入りが多い酒場に入ることは、乗り気にならない。

 ロキドの気持ちを察し、アルドとサイラスは言った。


「そんなに心配することはないと思うぞ。この時代なら、そこまで魔獣を悪く言う奴はいないと思うし、俺たちと一緒にれば全然何とも思われないはずだ。」


「そうでござるぞ。拙者もこんな姿ではござるが、酒場だけでなく武器屋や民家など無断で出入りしてるでござる。」


「いや、無断は駄目だろ…。」


「とにかく入るでござる。何かあったら拙者達がきちんと、ふ、ふぉろおするでござる。」


 フォローするという言葉が片言であった。

 ひとまず酒場に入り、空いてるテーブルにつくと、酒場のマスターがすぐ声を掛けてきた。


「兄ちゃんたち、何にするんだ?」


「そうだなあ。サイラスもロキドも同じのでいいよな。」


「あ、ああ。」


「構わんでござる。」


 アルド達が注文を終え、運ばれてきた料理を食べていると、店の奥の方に位置するテーブル卓から、少し訳ありな会話が聞こえてきた。


「親父、入ったのか!?あの教団に?」


「馬鹿、声が大きい!そんなに心配するもんじゃないだろ!」


「何言ってんだよ。もうちょっとよく考えてくれよ。」


「何が考えろだよ。」


「もっと別な方法があったんじゃないかって言ってるんだよ…。もう少し待ってれば、母さんの病気良くなるって、医者も言ってたじゃないか…。」


「カムナの病気は治らないんだ。この際、何かにすがるしか方法はない。」


「でも、そんな”永遠の命”なんて、怪しすぎるじゃないか。それに、第一どうやってそんなもの受け取って、母さんに渡すんだよ。」


「俺が入ってやり方を教えてもらうか、それが無理ならお前たちも一緒に入ってもいいかどうか頼む。それだけの話だ。」


「もう少し考えようよ。何だか話を聞いてると親父の身が危ないような感じがして。」


 橙色の髪をした青年が、父親を説得しているようだった。

 父親は、青年の言っていることにあまり耳を傾けようとしない。


 その会話を聞き、ロキドは徐に席を立って、親子の座っているテーブル卓に近づいていった。


「お、おい。ロキド。」


「おい、あんた。」


「ああ?おっ!?」


「息子さんが言ってるように、考え直した方がいいんじゃないか。」


 親子は、ロキドを見ると、驚いた様子を見せたが、すぐに落ち着いた態度をとった。

 案外、きもが座っているのかもしれない。


「へえ、見るからに人間じゃない奴が、関係ない人様の会話に首突っ込んでくるのかよ。」


「もし、息子さんを悲しませるようなことをするのなら、即刻やめた方がいい。」


「うるせぇ!」


 男は、皿の上に置かれた料理をロキドにぶちまけた。

 それと同時に、アルドが怒鳴った。


「おい、いきなり何するんだ!」


「どいつもこいつも何も知らねえで適当なことばかり言いやがって!何が俺達のためだっ!」


 酒をんでいるため少し酔った口調だった。


「勝手に口出したことは謝るけど。何もそんなに怒ることないじゃないか。」


 アルドがロキドの代わりに父親に弁解した。


「けっ!とにかく、俺はもう向こうには伝えてあるからな。」


「そんな、親父…。」


「ここの代金お前が払っとけよ。俺はもう行くからな。」

 

父親は、青年にそう告げると店を出ていった。

 青年は、席を立って父親を追いかけようとしたが、すぐに何を言っても無駄だと感じたのかすぐに立ち止まり項垂うなだれた。

 そして、思い出したかのように、酒場の店主に話しかけた。


「ああそうだ、ごめんマスター、店ひどいことにして、弁償するよ…。」


「いや、気にすんな。こっちは、なんとかするからよ。それより、早く親父さん何とかした方がいいんじゃないか?」


「ああ、うん。でも、どうしたら……。」


 困った人を放っておけない性格から、アルドとサイラスも青年に声をかけた。


「俺たちで良かったら話ぐらい聞くぞ。」


「困ったときはお互いさまでござる。」


「え、あ、ありがとう。申し訳ない、あんた達には、ひどいことしたのに。」


 青年が深々と頭を下げて謝ったのを見て、自分にも否があると感じ、ロキドも青年に頭を下げた。


「いや、俺も出すぎた真似をした。すまん。」


「こういう流れで自己紹介っていうのも変だけど、俺はアルドだ。」


「拙者はサイラスでござる。」


「ロキドだ。」


 アルド達が自己紹介を紹介た後に青年も自己紹介した。


「俺はカトイっていうんだ。でもここで話すのはちょっとまずいから、俺の家で話そう。」


 改めて青年をじっくりみると、体は細く、顔は少し疲れているようであった。

 心優しそうな性格だが、少し精神せいしんが弱いといったところか。


 アルド達は、アクトゥール内のカトイの家に案内された。

 父親は帰ってきていないようだった。

 入って奥の方にベットが置かれており、ベットには少しやつれた女性が寝ていた。

 女性は、アルド達が来たことに気づくと上半身を起こし、

「お客さんかい?今お茶出すからね。」と言い、ベットから降りようとした。


「母さん!寝てなきゃダメじゃないか。」


「良いじゃないか。久しぶりのお客さんだからね。」


「俺がやるから大丈夫だよ。アルド、俺の母さんだ。カムナっていうんだ。」


「そうか…。」


「母さん、俺達ちょっと大事な話するから。少しうるさくなるけど、ごめんね。」


 カトイは、母親であるカムナにそう告げて、アルド達をテーブルに案内した。

 そして、自分も椅子に座ると、歯切れが悪そうに少しずつ、自分が置かれてる状況を話し始めた。


「その…、どこから話したらいいかな…?もともと、親父とは、価値観が合わなくって、意見が食い違うことがよくあったんだ…。あ、でも嫌いってわけじゃないんだ。俺がガキの時、いつも一緒に遊んでくれていたし、どうしようもない俺を励ましてくれた時もあったんだ。あ、ごめんこんな話、今は関係ないよな。」


「いや、全然。いい親父さんなんだな。」


 自分にも、父親が生きてたら、好きになったり、喧嘩することもあったんだろうか。

 いや、今は爺ちゃんやフィーネもいるし、しんみりとすることもないじゃないかとアルドは話を聞きながらそう思った。


「俺の母さんは…、見ての通り病気なんだよ。最初はただの流行り病かと思ってたんだけど、日に日に悪くなっていって…。医者は、安静にしてれば大丈夫だって言ってるんだけど、親父は医者の言うこと信用しないんだよ。親父も母さんが元気だった時は、あんな感じじゃなかったのに。」


 カトイの話は、母親に聞こえているのであろうか。

 ベッドの上では微動だにしない。


「医者では難しいから、別の者に頼ろうとしたわけでござるか。」


「そういえば、”永遠の命”がどうだとか言ってたけど。なんなんだそれ?」


「要は、宗教団体なんだけど、入信すれば”永遠の命”を受け取ることができるというものらしい。多分、不老不死のことを言ってると思うんだけど、詳しいことはよく分からない。前に一度、俺の家に布教活動として一人来た奴がいるんだよ。その時、もし興味があるならここに来てほしいってことで、場所が書かれたメモをもらったことがあるんだ。親父はそれを見て、奴らと出会ってたんだと思う。」


「しかし、”永遠の命”とは…。怪しいでござるな。」


「ふんっ!よくある妙な団体のことだろ。」


 吐き捨てるようにロキドは言った。


「俺も最初は、胡散臭い宗教団体だと思ったんだ…。俺の家に来た時、気になって奴らの後をつけたことがあるんだけど。奴らを見たら…。」


「どういう奴らなんだカトイ?」


 カトイは、真剣な表情になった。


「あいつらは、人じゃない…。人間じゃない奴らなんだよ、アルド。」


「魔物が人に姿を変えているようなものなのか?」


「いや、あれは何だろう?実態をもっていない、霧みたいな奴らといった方がいいかな?説明しづらいな。」


「うーん、とにかくもう少し情報が欲しいな。そういえば、親父さんはもう戻ってこないのか?」


「もう奴らの所に行ってると思う。」


「ええ!?それじゃあ早く連れ戻さないと!」


「すまないアルド!どうか親父を助け出してくれ!自分父親のことだから、俺が解決しなくちゃいけない問題なんだけど、母親の看病もしなくちゃならないし。情けなくてごめん。」


 カトイは涙目になりながら、アルドに助けを求めた。

 こいつを助けてやりたい。アルド、サイラス、ロキドは共にそのように感じ、カイトの家を後にした。


「さて、親父さんを呼び戻すといったものの。どこを探せばいいんだ?」


「そもそも、教団のこともよく分からにでござるからなあ。」


「取り敢えず、カトイからもらったメモに書いてある場所に行ってみたらどうなんだ?」


 アルド達があーだこーだ考えを巡らせている時、見覚えのある女性がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。


「あれ?ロゼッタじゃないか!」


「あら、アルドさんとサイラスさんとロキドさんじゃないですか。」


 その女性は、異端審問官特有の黒い服を着ており、断罪の申し子という異名を持つロゼッタであった。

 ご丁寧に、全員分の名前を言って挨拶した。


「なんでロゼッタがここにいるんだ?」


「実は、最近妙な教団が巷に現れているという話を聞きまして。調査に来ていたんです。」


「そうか、ロゼッタは、異端審問官だったんだよな。なあ、”永遠の命”を授けるっていう教団についてロゼッタは何か知らないか?」


「んん?アルドさん、その事は、あまり口に出さない方がいいですよ~。」


 ロゼッタの表情は出会った時と何も変わっていない。

 ただ、かなり深刻であるかのような口ぶりであった。


「なんでだ?」


「そうですね、ここじゃなんですから人目につかないところ、うーんそうですね。次元戦艦の中なんてどうでしょうか?」


「え?そこでないとだめなのか?」


「それほど、人には聞かれない所の方がいいので。」


「分かった。じゃあそこで話そう。」


 ロゼッタの判断により、アルド達は次元戦艦へと向かうことになった。


 ***


「人間と魔獣と蛙か…。妙な組み合わせですが、ああいう奴らにも、永遠の命を授けるべきでしょう。」


「大司教様、奴らも教団に入れるのですか?」


「数は、多いに越したことはないですからね。それに、私はあのような輩が気になって仕方がないのですよ。」


「それでは、どのように手配いたしますか?まさか誘拐など…。」


「いや、布教活動をするだけです。」


「それでうまく行きますかね?あまり目立ち過ぎると却って危ないのではないのでしょうか。」


「面倒な事をせずとも向こうからやってくる。永遠という言葉はな、馬鹿らしい言葉でもあれば、魅力的な言葉でもあるのだよ。」


「はあ。」


 黒フードを纏った二人組の男たちは、アルドたちの様子を遠くから眺めながら、なにやら良からぬことを目論んでいた。


 ***

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