No.3 パパからの手紙


 子供達の一件が落ち着いた頃、ジョゼ叔母様とは未だ会えずにいた。このままではこのお屋敷での生活に歪みが生じたまま、私は変わらず残忍なエリザベートのままになってしまう。私はマリアに、ジョゼ叔母様が食事をしている部屋を教えてもらい、無理矢理一緒に食事を取れるように手配した。



 ーーーーーガチャン。


「失礼します叔母様」


「エリッサ……どうしてここに……?」


「マリアに頼みました。私もここでお食事をご一緒にしたいと思いまして」


 食事が並ぶダイニングテーブルは思いの外大きかった。ジョゼ叔母様は体を強張らせながら私の様子を伺っている。視線は合わさないようにし、私はあえて叔母様から一番遠い席に着いた。

 侍女達が私の前に前菜とスープを出し、私なりにテーブルマナーに気をつけて、上品にスープをすすった。それをしばらく見つめていたジョゼ叔母様も、辿々しく食事を再開しはじめる。

 静かな部屋に2人分のカチャカチャと鳴る食器の音だけが響いていた。


「叔母様」


 しばらくして、沈黙を破った私の言葉に、ジョゼ叔母様がびくりとし、食事の手が止まる。


「以前の私は皆様に大変ご迷惑をお掛けしていたと聞いています。叔母様にも、ご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした。今後はそのようなことは決して行いません。どうかそれを叔母様にも分かって頂きたくて」


 重たい空気が漂う中、ジョゼ叔母様は淑女らしく小さな深呼吸を1つだけして、カトラリーを置く。


 カチャリと音が響いた。


「マリアが言っていました。エリッサが悪魔から解き放たれたと。最近の貴女の行動は全て、マリアから聞いています。地下を改築し、以前貴女が使っていた部屋も改装して、ちゃんとした自室にしたとか。それから……奴隷を今では介抱していると。随分と変わられたのですね」


「ええ、以前行っていた自分の行動はどれだけ聞いても、とても恐ろしく感じています」


「そう、そうね。その通りだと思うわ。今の貴女が正しいの。でも……でも、ごめんなさいね。何だか、貴女がしている今の行いは、どうしてかしら、凄く他人事のように感じるのよ。今までの事も全てエリッサ、貴女自身の事なのに、何だか、そう……何だか今は他人の後処理でもしているかのように見えるの。それが何だかとても怖くて……もちろん記憶が無いのは知っているわ。そのせいかとも思っているのよ。ちゃんと分かってはいるの。でも、それでも、ごめんさい。エリッサが他人のように見えてしまうの」


 ブラボー叔母様、ご名答です。


 そうです、私は他人です。


 ええ、現在進行形で身に覚えの無い罪を被されています私………。


 そう言いたい気持ちはあるけれど、まず信じてくれないだろうし、下手をすればご乱心扱いだ。真実を話してもきっと事態は好転しない。だから私は公爵令嬢らしく見えるよう淑やかにニッコリと笑った。


「ええ、そうですね。叔母様のおっしゃる通りかもしれません。本来なら悪魔など、馬鹿げた話に聞こえるでしょう。信用ならないのも承知しています。ただ、マリアが私は悪魔から解放されたと言っていたように、私自身もそんな感じがしてしまうのです。記憶が無いだけではなく、開放されたような心地がするのです。でも、だからと言って今までの私の罪が許される訳ではありません。今後は皆様にご迷惑を掛けしないよう慎んだ生活を心掛けていこうと思っています。そしてその中で、少しでも叔母様と良い関係を築けたらと思い、勝手ながら叔母様のお食事の時にお邪魔いたしました。申し訳ありません」


「そう……そうだったのね。でもエリッサ、私に謝ったりしなくて良いのよ。私に対して気を使ったりしなくていいの。この屋敷は全て貴女のもの、ここに働く者も侍女達も貴女のもの、私がこのお屋敷にお世話になっているだけなの。だから私に気を使う必要なんてないのよ」


「それは……すみません。叔母様は良くても私が嫌なのです。せっかくこのお屋敷に一緒に暮らしているのですから、私は出来れば叔母様と仲良くなりたいと思っています。もちろんそれが身勝手な考えだとも分かっています。それでも叔母様と良い関係を築いていきたいのです。一日に一回、少しの時間だけでも良いのです。私と会ってお話しをしませんか?」


 私はここぞとばかりに顔面偏差値MAXの顔を使った。瞬きを少し我慢して瞳を潤ませ、眉を下げる。

 あくまで自然の範囲内での上目遣い。美少女の困り顔を発動させた後、ゆっくりと静かに頭を下げた。


「叔母様、お願いします」


「そっ……そう、エリッサ貴女がそこまで仰るなら、夕食は一緒にとりましょう。ただ、ごめんなさい。席だけはしばらく今の距離のままで良いかしら、私の意思とは関係なく、どうしても体が怖がってしまうの」


「マリアから聞きました。やはり今も蕁麻疹が……?」


「ええ、以前は全身に発疹が出ていたのだけど、今日は手以外の発疹は出ていないから大丈夫よ。エリッサ、貴方が私に気を使って距離を保ってくれたおかげね。ありがとう。今の貴女が健やかな生活を送ってくれて心より嬉しく思うわ」


「ありがとうございます。叔母様が心から安心して生活が送れるよう、私も努力いたします」


 こうして、私と叔母様は夕食の時間を一緒に過ごすことになった。ジョゼ叔母様も少しずつだけれど私の動きにビクビクする事が減ってきたように思う。

 この調子でリハビリのように毎日少しずつ共に過ごす時間を増やしていけば、いつかジョゼ叔母様の恐怖心も消えてくれるかもしれない。


 そう思っていたのに……。


 ようやくお屋敷での生活に落ち着き、ジョゼ叔母様との夕食にも違和感がなくなってきた頃。


 ーーーそれは突然の出来事だった。


 夕食を終えて、満足に浸りながらゆっくりと紅茶を飲んでいると、ジョゼ叔母様が思い出したかのようにマリアを呼んだ。


「エリッサ、デンゼンから手紙が届いていましたよ。マリア、エリッサに手紙を渡してちょうだい」


 ジョゼ叔母様がそう言うと、マリアは私が座っているテーブルの上にすっと手紙を置いた。


「デンゼン様からです」


「デンゼン……様?」


 きょとんとしている私の顔を見て、マリアはすぐに、はっと気づき、頭を下げた。


「申し訳ありません。デンゼン様はこのステイン家のご当主様です。エリザベートお嬢様にとってのお父上様であらせられます」


 あぁー、なるほど。


 エリザベートのパパね。


 そのパパが私に手紙ですか……。

 いったいなんだろう?

 何だか少し嫌な予感。それに手紙って……。


 顔が引きつらないように笑顔を作り「ありがとう」とマリアに告げながら、私は恐る恐る、手紙を開いた。


「わぁお!」


「ど、どうなされました? お嬢様」


「……コホン……いえ、別に……」


 おぉ〜凄い、凄い。

 文字が読める。読めちゃうよ。日本語じゃない文字なのにスラスラと読める。ふーん。エリザベートの教養の部分だけは共有できてるのかな? 他の記憶は全く無いけど……。確かに最初から言葉も違和感なく問題なかった。手紙もこうして読めてるし文字も問題なさそうね。


 で、なになに…………。


 パパからの手紙は酷く長かった。数枚に及んでいる愛情たっぷりの手紙の内容を要約するとこうだ。


【エリッサ、愛しの我が娘よ。お前が悪魔から解放されたと聞いた。それを聞いた時の私の喜びをお前は分かるまい。どうかその愛らしい姿を1度見せてはくれまいか。そして私を安心させておくれ。我が愛しの娘、エリッサに1日も早く会いたい】


 だいぶ割愛したが、要するに会いたいと、とにかく会いたいと、1日も早く会いたいと、そんな内容だった。


「ジョゼ叔母様、パっ……お父様から王都に来るようにと書かれています!」


「そう、それは良かったですね。本来なら貴女もカトリーヌと一緒に貴族院に入っている年頃、きっとそのお話もあるでしょう」


「貴族院!?」


「ええ、貴族院に入らないと今後の社交界に顔を出せませんからね。良い機会だと思いますよ。デンゼンに会ってみては?」


 えぇー、パパに会うの!?


 エリザベートのパパでしょ……公爵家の当主でしょ? めっちゃ怖いんじゃないの? ドラマで見る貴族の当主なんて皆ろくでもなかった気がする。

 手紙からはちょっと重いくらいのエリッサへの愛情は感じられたけど。でも・・・・。


 美少女悪魔のパパよっ!?


 会いたくないなぁ。


「でも、ジョゼ叔母様、私は子供達に償いをしなくては」


「いけませんよ、エリッサ。償いの前に、己の教養を高めねば。貴女はまだ若いのです。世の中は広いのだから、学べる機会があるのなら学んでおきなさい。子供達のことは私が見ておきます。子供達の償いのためにも、しっかり勉強してらっしゃい。きっと色んなことが学べますよ。それに、貴族だからといって、無知ではいけません。無知に慣れてしまえば、いずれ私みたいになってしまいます。ですから、エリッサ、デンゼンに会ってらっしゃい」


 ジョゼ叔母様にこうも窘められてしまえば、反論など出来ない。私に対しての恐怖心など無いかのように叔母として話してくれた事を嬉しいとも思ってしまう。


「……はい」


 そう返事はしたものの、叔母様に対しての嬉しい気持ちと王都行きは別物だ。ジョゼ叔母様は、満足そうに私を見て優しく微笑んだけれど、私の気持ちは複雑だった……あぁ気が重い。



 私の王都行きは3日後に決定した。


 デンゼン……名前さえも怖いんですけど……。

 でも、エリザベートのパパだものね、いずれ絶対に会わなくてはいけないだろうし……。

 その"いずれ"が今ってことなんだよね。


 せっかく、最近ここでのお屋敷生活に慣れてきた所なのに……。



 王都行き………。



 王都かぁ…………。



 不安しかない………気が重い。



 それでも日々はあっという間に過ぎ去り、直ぐに3日後がやってきた。


 天気は良好。私は身支度をして、馬車に乗り込んだ。


「マリア、本当に良いんですか? 侍女長である貴女が私の付き添いだなんて……ここのお屋敷の管理は?」


「お屋敷の侍女長である前に、私はお嬢様の侍女でございます。お嬢様のいらっしゃるところにこそ私の存在価値があります。ですから、ご一緒させてください。屋敷はヘレンに任せてあります。ヘレンは優秀な侍女の一人、大丈夫でございます」


「そう……」


 子供達の事はカーラに頼んであるし、この屋敷のことはマリアが一番よく知っている。そのマリアが大丈夫だというのだ。私が心配する必要はないだろう。


「お嬢様、それでは出発してもよろしいですか?」


「ええ、お願いします」


 マリアは馬車の窓を少し開け、コンコンと軽く馬車の車体をノックすると、馬の蹄の音と共に馬車はゆっくりと動き出した。


 王都ね、私の想像通りなら完全に貴族の世界だよね。


 それに私、公爵令嬢だものね。めっちゃ貴族。


 貴族かぁ、緊張しちゃうなぁ……気が重い。



 私とマリアを乗せた馬車はゆっくりと王都へと向かった。


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