No.1 転生したら、美女になってしまいました


 目が覚めると、お姫様みたいな白い天蓋が見え、ふかふかのベッドが私を包んでいた。


「ここは……」


「お目覚めですか、お嬢様」


「ここは天国?」


「いいえ、エレノア様のお部屋です」


「エレノア?」


「お嬢様は後頭部を強く打たれました。三日も寝込んでいたのですよ」


「後頭部?交通事故ではないんですか?」


「は?……いえ、コホン……失礼いたしました。こうつうじこ?ですか?」


「ええ、確かまこちゃんを助けた記憶はあるんですよ」


 私は枕元に居るメイド服のようなドレスを着た女性の顔を見ようと体を起こそうとした。


「いけません。お嬢様、お目覚めになられたばかりです。すぐに体を動かすのはお体に障ります」


 そういうと女性は私の肩にそっと添え、優しくベッドに戻した。その女性は私と同じ年ごろに見えるが外国人特有の顔立ちをしている。


「日本語お上手ですね?」


「にほんご?ですか」


「ええ、何処の出身ですか?」


「私は、お嬢様と同じ、エスターダ国の者ですよ。生まれも育ちも、ここエスターダ国です」


「エスターダ?なにかの調味料かしら」


 女性は顔を曇らせながら私に優しくささやいた。


「お嬢様は頭を強く打って混乱なさっているのです。すぐにお医者様をお呼び致しますので診察を受けましょう。きっと大丈夫ですよ」


「確かに混乱していますね。私はここが何処だか分からないし、悪夢を見たんです。とてもリアルな……私の目の前で血だらけの女性がいたの。辺りも血の海で、凄く怖かったわ」


「…………」


 女性は黙り込み、小さな声で「失礼します」と呟くと私の居る部屋から静かに立ち去った。

 エレノア様のお部屋と言っていたけれど、ずいぶんと煌びやかな部屋だ。天蓋付きのベッドもすごいけれど、私が今着ているネグリジェも、上質なシルクみたいに触り心地が滑らかで、とても気持ちがいい。ベッドから少しだけ顔を出すと、部屋は高級ホテルのスイートルームみたいに煌びやかだった。


 エレノアと言う方はずいぶんと気前がいいのね。こんな素敵な部屋を私に貸してくれるなんて、ベッドもふかふかだし、ネグリジェなんて初めて着たわ。なんだかお姫様になった気分。


 ーーーコンコン


 ノックの音のあと、すぐに女性の声がした。


「お嬢様、お医者様がお見えになりました」


「あ、はい。どうぞ」


 部屋に女性と、ふっくらとした品の良いお爺さんが入ってくる。


「エリザベート様、お久しぶりです。では早速ですが怪我をされた頭を拝見いたします。御髪を上げさせて頂いてもよろしいでしょうか」


「髪、ですか? えぇ、大丈夫です」


 あれ? でも私上げるほどの髪の毛あったっけ?


 お医者さんの手を煩わせない為にも、首の後ろに手を当てると予想外に髪が長く、自分の髪の毛を掴み、梳くようにそのまま下ろしていくと、私の髪の毛は腰まであった。


「う……うそ、私の髪長い………」


 元々私の髪はショートカットだ。保育士になってからは特に邪魔になり、伸ばす事なんてなかった。それに髪質も癖毛で剛毛だったはずだ。私の髪はこんなに触り心地の良い、綺麗な髪質ではない。


「では、失礼しますよ。おお、傷口は治まっていますな。うむ、炎症もないし、大丈夫でしょう」


 お医者のお爺さんは、私の髪を貴重品でも扱うかのように、丁寧にゆっくりと下すと、私の正面を向きじっと見つめた後、優しく微笑んだ。


「なに、そんなに心配なさらずとも大丈夫。頭を打つと、記憶の混乱などが起きる事は良くあるのです。いずれ、記憶も元に戻るとは思いますが、まぁ中には、稀に戻らない事例もありますから、今後もしばらく経過を見ましょう。いやぁ、しかし暫く見ないうちに本当にお美しくなられましたな。これはこれは、お噂以上になられて、さぞお父上も過保護になられているのではないですかな」


「いっいいえ、私はそんな美人じゃないです」


「これまた、謙虚さもお備えなさったか」


「謙虚だなんて、私は本当のことを言っているだけですよ。でも、美人だなんて言って頂いたのは初めてなので、素直に嬉しく思います」


 私がにっこりと微笑むと、お医者さんと周囲の人たちの目が見開き、一瞬時が止まったかのように全ての動きが止まった。


 え?


 私何かした?


「……っは……はははは、参りました。これはこれは、本当にお噂以上。エリザベート嬢の美貌に、誘惑される前に退散しますかな」


 そう言うと、お医者さんはそそくさと立ち去っていった。


「お嬢様、ぼーっとなされていますが、ご気分が悪いですか?大丈夫ですか?」


「あ、あの、私って美人なんですか?」


「お嬢様はお美しい方ですよ。この国、いいえ、この世の中で一番美しい方だと私は思っています」


「またまたぁ」


 皆んなして、持ち上げるのが上手なんだからと、思いながら笑っていると、女性は訝しげに私を見た後、ドレッサーの引き出しを開ける。


「お疑いになられるなら、ご自分でお確かめになられては?」


 そう言うと、女性は私に手鏡を差し出した。


 私は手渡されるままに手鏡を覗き込む。

 そこには見たこともない絶世の美少女が鏡に映っていた。


「なっななななな 何じゃこりゃー!」


「おっ、お嬢様!? お気を確かに!!」



 女性が慌てて私に寄り添うが、私はそれどころではない、私が私じゃないのだ。どう見ても私じゃない。どっからどう見ても私じゃないっ!!

 なんだこの美貌は!?この綺麗な肌は!?この艶やかな美しい髪は!?儚げな瞳と赤い唇は!?こんな超絶美少女見たことが無い。

 いや、これは女の私も惚れちゃうレベル。ずっと見ていられるレベル。いやぁ美人ってこんなにこんなに見惚れちゃうもんなんだね。


 っていかんいかん、現実を受け止めなくてはっ!!


 私は確かに死んだ。勘違いではなく死んだんだ……。記憶にまだ新しい、まこちゃんの泣き顔と同僚の悲鳴、やっぱり交通事故で私は死んで、何故か今この絶世の美少女に生まれ変わった?って事だよね。




 手鏡を見つめて、どのくらい経っただろう、私の頭は整理できないままでいた。


「お嬢様、大丈夫です。記憶の混乱はいずれ直りますよ」


 女性は優しく言うが、正直記憶の混乱はしていない。どちらかと言えば現状の混乱だ。元の、この美少女の記憶も、人格も、私は知らないし、分からない。私は私として、生きてきた私のままだ。周囲から見れば、確かに記憶喪失に見えるだろう。


 何も知らないのだから……。


 ある意味都合は良い。記憶喪失を続けていれば、私自身が別人だとは気づかれないし、気付きにくいだろう。仮に別人だと話した所で、信じてもらう事の方が難しいと思うし。


 ただ問題なのは私がこの世界に馴染めるのかどうかだ……これは、だいぶ気が重い。


「あの、私の名前は、その………」


「お嬢様、ご自分のお名前まで……。

お嬢様のお名前は、エリザベート・メイ・ステイン様でございます」


「エリザベート……? それが私の名前? ちなみに貴女のお名前は?」


「私はエリザベート様の侍女、マリアでございます」


「マリアさん」


「さん付けなど、私はお嬢様の侍女でございます。マリアとお呼びください」


「そ……そう……私ってそんな身分の人なの」


「ええ、高貴なお方です。エスターダ国にて最大の公爵家ステイン家の公爵令嬢でございますよ」


「公爵令嬢……それはまた随分と高貴な生まれなのね」


 まぁ何となくだけど、立派なベッドやらお部屋やら、目覚めた時から、侍女さんみたいな振る舞いをしていたマリアさんは、やっぱり侍女で、うん。もしかしてそうかな? とは思っていたけど……いやはや、やっぱりなんか面倒くさいご身分の所に生まれ変わっちゃってるな、私……。


 高貴ねぇ、あっ、でも、本物の王子様には会えるかしら? 私をさらってくれるなんてことは無いと思うけど、本物の王子様を拝む夢は叶いそうな気がしてきた。


「一つお聞きしたいんですけど、ここは私の家? で合っているのかしら」


「はい、ここはステイン家のお屋敷でございます」


「でも、このお部屋はエレノアさんのお部屋なのですよね? 私の部屋は?」


 マリアは口ごもりながら、言いずらそうな顔をした。


「その、お嬢様のお部屋は……現在改装中なのでございます。ですので改装が終わるまでエレノア様のお部屋を貸していただいているのですよ」


「では、そのエレノアさんはどちらに? それと私にとってエレノアさんはどういった方なのでしょう?」


「エレノア様はお嬢様とは姉妹、お嬢様の姉上にあらせられます。現在エレノア様は、隣国デール国の貴族学院に通われていらっしゃいますので、今このお屋敷にはいらっしゃいません。ですので、お嬢様の臨時のお部屋としてお借りしています」


「そう、エレノアさんは私のお姉さんなんですね。正直ピンとこないの。まだまだ分からない事だらけだわ。申し訳ないけれど、マリアには色々と聞いても良いかしら?」


 マリアは少し驚いたあと、戸惑いながら答えた。


「もちろんですとも、お嬢様の知りたいものは全てお答えします」


 その後、質問責めにしたマリアから聞いたエリザベートの情報では、私はまだ14歳の少女で、姉のエレノアが15歳の年子、もう一人、長女であるカトリーヌという17歳の姉も居るらしい。

 姉であるカトリーヌも別のお屋敷に住んでいるらしく、実質的にこの屋敷に住んでるのは親戚の叔母さんであるジョゼフィーヌとエリザベートだけらしい。

 まぁあとはマリアを含む侍女とかお屋敷で働いている方が数名。私は叔母さんをジョゼ叔母様と呼んでいるらしい。


 昔、読んだ事のある物語や雰囲気で何となく取り繕ってはいるけれど、これからお嬢様言葉を学ばなければ……それと所作とマナー……あぁ、気が重い。


 マリアにある程度の情報を聞いた後、私はジョゼ叔母さんに……いや、ジョゼ叔母様に挨拶をすることにした。

 マリアは私の身体を心配し、記憶がまだ混乱しているからと叔母様に会うのを反対したが、こういう挨拶は早い方が良いし、正直マリア以外からもエリザベートの情報を聞き出したかった。勿論マリアには心配をかけてしまったお詫びを早くしたいのだと言い、少し強引だったけれど叔母様と会う約束を取次いでもらった。


「失礼します、ジョゼ叔母様。ご心配をお掛けしました」


「エリッサ……もう、お身体は大丈夫なのですか?」


 ジョゼ叔母様の顔は笑顔だったが、その笑顔は何故かとても引きつって見え、一生懸命無理矢理作った笑顔に見えた。というより何かを怖がっている?

 私の小さな動きにさえビクビクとしているように見え、上品な顔立ちにブロンドの長い髪を束ねているその姿はいかにも品のある女性だけれど……私の第一印象はスッゴック怖がりな人に見えた。


「叔母様、どうかなされました?」


「何がです?」


「いえ、何だか顔色がお悪いようで……」


 私は叔母様に歩み寄ろうと足を前にだした。


「いっ嫌、こないで!」


「え………?」


 叔母様は頭を抱え、俯きながら背を向けてしまった。


「どうかしましたか? 何か……」


「失礼致します。お嬢様、ジョゼフィーヌ様は体調が優れないご様子。本日のご挨拶はこの辺で、お控えいただけますか」


「そう……分かりました」


 私はそのまま叔母様の部屋を後にした。


 正直、まったく不に落ちない。むしろ気持ち悪いくらいの違和感が私に残った。

 体調が悪くてあんな行動取る? 体調が悪いと言うより怯えているように見えた。

 そう、すっごく怖がっているようにしか見えなかった。でも何を怖がっていたの? あの部屋には叔母様と私とマリアしかいなかった。マリアは侍女だから別に怖がる理由はないし……って、もしかして私!? 私に怖がっているの………?


 私は思わず手鏡を除いた。


 いや、そんなまさかね。

 こんな可愛らしい少女の何処をどう見たって怖さのカケラもない。

 こんな美少女普通怖がらないよね。

 うーむ、不思議だ。


 私は改めて自分の容姿にうっとりとしてしまった。

 充分ナルシストに見えるけど、それも仕方ない。だって本当に可愛らしい美少女なんだもん。


「マリア、聞いても良い?」


「何でしょう? お嬢様」


 私は、思ったままの疑問をマリアにぶつけた。


「ジョゼ叔母様のことなんですけど、もしかして叔母様は私のことを怖がってますか? 私に対して凄く怯えているように見えたのですが」


「それは……」


「言いにくいことですか?」


 珍しく言い淀むマリアに、私は手鏡を見るのをやめてマリアを見つめた。


「教えては頂けない事ですか?」


「そ、そんなことは……ただ、今知ってしまわれるには、刺激がお強いのではないか、と思います」


「刺激? 何かこのステイン家に秘密が?」


 いよいよ、雲行きが怪しくなっていく話にマリアは目を伏せながら、ゆっくりと首を横に振った。


「いいえ、お嬢様の事です」


「ーーーえっ? 私?」


 思っても見なかったマリアのセリフに、私はきょとんとするしかなかった。こんな儚げな美少女に何があるっていうの!?


 って言うか刺激が強い私の秘密って、一体ナニ!!?

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