第42話『弱者故に』

天叢雲剣あまのむらくものつるぎ

 かのヤマトタケルが使ったとされるつるぎ。三種の神器の内の一つ。その剣にはもう一つ名がある。燃え盛る草原を薙いで、火を消したという逸話を持つこの剣のもう一つの名は『草薙剣くさなぎのつるぎ

 そう。クサナギつるぎだ。


 接近戦ができるようになったからと言って、今まで使ってきた戦闘スタイルを急に変えるつもりはない。

 作った剣を素早く伸ばして僕らを中心としたドーム状の壁を作った。

 そして、僕はもう一つ油性ペンを想像創造した。額に眼を描く。相手から僕が見えなくても、相手の位置が分からなくても、『千里眼』の前では何の障害にもならない。

「『千里眼』」

 千里眼の主な効果は遠視と透視。

 今の僕には、天叢雲剣の向こうの世界が、隅から隅まで見渡せる。そして、『空の丘』の中央に鎮座する大樹の枝に隠れるサリエルを見つけた。

 僕はさらに剣を伸ばした。

 外から見ると、とぐろを巻いた蛇が首を伸ばしたようにも見えただろう。

 神話では、『天叢雲剣あまのむらくものつるぎ』は『八岐大蛇やまたのおろち』の腹から出て来た剣とされている。笑えない冗談だ。

 そのまま伸びた剣は、サリエルを樹から落とした。

 彼は上手く着地するが、こんなにも早く見つかることは想定外だったようで、驚いた顔をした。

 しかし、次の彼の行動に、今度は僕が驚いた。

「はぁ。使いたくなかったなぁ『紅炎こうえん』」

 彼の手から炎が吹き出し、丘が再び炎に包まれた。

 僕はもう一度炎を幻だと認識して消そうとしたが、うまくいかない。即ち、あの炎は本物であり、殺傷能力があるということ。

 炎は瞬く間に丘を覆い、僕らには逃げ道がなくなった。今はまだ天叢雲剣が防いでくれているが、すぐに限界が来るだろう。唯一の逃げ道は空だろうが、鳥類と別の進化の道を歩んだ哺乳類である僕には、空を飛ぶ手段は存在しない。いや、あるにはあるのだが、成功したことは一度もない。

 そもそも、神からは『紅炎』に関する情報を一切受け取っていない。神が知っている情報を提示しないわけがないから、元々知らなかったのだろう。

 だから、対処法も知らない。

 僕が絶望に陥っていた時だった。

 アヤが僕の手を力強く握ったのは。

「クサナギ。周りがどうなってるのか分からないけど、熱いってことは燃えているのよね?私の『気象変更:雪』なら、集中すれば少しは止められる。その間に、何か打開策を…」

 僕の手札はあと一つ。未だ未成功の『白鳥はくちょうつばさ』だけ。

 失敗する可能性の方が遥かに高い。でも、アヤが頑張ろうとしているのだから、頑張らない理由がない。

「分かった。今から天叢雲剣を短くする。そしたら、十秒でいい。アヤは炎を食い止めて。そうしたら僕は、君を抱き抱えて空を飛ぶ」

「ええ。分かったわ。それでいきましょう」

 僕らの意思は強かった。

「じゃあ行くよ」

「ええ」

「『想像創造:改』『天叢雲剣:縮』」

「『気象変更:雪』」

 剣の壁が消え、雪がその代わりを果たした。

 しばらくぶりに見る空。僕は今からそこに行く。

(イメージしろ。白く美しい白鳥の翼を。背中。肩甲骨の辺りから。二人を支えられるくらい大きく。ヤマトタケルは、白鳥となって故郷へ戻った。僕も、飛べる。僕は、鳥だ)

 ブワッと翼が広がった。

 僕はアヤを抱き(世間ではお姫様抱っこと言うらしいが僕は知らない。全然知らない)、飛び上がった。

 サリエルとセバスは僕らを見上げた。


 翻る美しい白鳥の翼。

 額に開いた第三の目。

 己らの名を刻んだ剣。


 それは、姉の復讐を遂行すいこうするために戦う、見苦しい姿ではなく、弱者故に自らを育て上げた結果である、凛々しい姿だった。と、後に弥生は語った。


 僕らが有利であることは火を見るよりも明らかだった。

 しかし、彼はまだ諦めずに、逆転の一手を叫んだ。

「『誤認識』!」

 サリエルは誤認識をに使った。腕の中のアヤが急に暴れ出す。突然の出来事にバランスを崩した僕はアヤを離してしまう。アヤが落ちる。

 眼下には炎が広がっている。そうでなくても、高所落下で死は免れられない。

 僕は手を伸ばすが、アヤは手を伸ばさない。何もすることなく、ただ重力に従って落ちてゆく。

 死ぬことに、まるで恐怖を覚えていない。まるで、自殺。

[私も自殺なんてしないから]

 弥生がそう言っていた。

 『誤認識』は対象の認識を誤らせる技。

 今のアヤは、自殺をしたいと認識している。

 でも、アヤの本心は、そんなことを望んではいない。

「アヤっ!手を!」

 僕は叫んだ。アヤの心に直接届くくらい大きな声で。

 すると、アヤが弱々しくも手を伸ばした。まるで、自らを苦しめる力に抵抗する様にゆっくり、しかし、確固たる意思をもったその手を僕は強く握った。

「これから先、どんなに強い敵が現れても、僕は君を死なせない。それが君の意思だとしても、絶対に」

 僕はもう一度彼女を抱き抱えて、耳元で囁く。今度は暴れることなく、僕の腕の中で静かにしている。

 彼女は僕の服をそっと掴むと、申し訳なさそうな顔をする。

「大丈夫。君のせいじゃない。降りるから、離れないで」

「うん」

 服を握る手に力がこもった。

 僕はそれを確認すると、翼に力を入れて、急降下する。

 そして、着地とともに剣を伸ばし、サリエルを切る。しかし、手応えがなかった。

 着地の衝撃で砂が舞い、周囲の炎が消えた。衝撃が落ち着くとゆっくりと視界がクリアになっていく。僕は何があったのか確認しようとして驚愕した。

 僕の渾身の一撃は『身体改造』によって極限まで硬く強化された腕に阻まれていた。

「っ!硬い。『最強の護り』にも負けてないんじゃないか」

 アヤを下ろし、両手で剣を握っても切れない。No.3と同じか、それ以上の硬さ。

「褒めてもらって嬉しいよ。ユイの弟」

 ここからは耐久戦だ。

『身体改造』によって強化された彼の腕と『想像創造:改』によって強化された僕の剣。どちらが強いか。先に限界を迎えた方の負け。

 どちらの腕にも力が入る。一瞬でも気を抜いたら押し負ける。そう思っていた。

「おい、ちょっと話しようぜ」

 しかし彼は余裕そうな表情でそう言った。

「いや無理か。限界だもんな。じゃあ、おれの話を黙って聞いてくれよ」

 そして彼は告げた。

「あの日、ユイが死んだ日。二人の復讐者が生まれた。一人はお前。もう一人は、好きな人を殺された。彼はこれから、全ての脳戦士に復讐をするだろう。これから起こる暴走はお前一人じゃ、止められない」

(もう一人の復讐者が、脳戦士に復讐をする?)

「おれは、変わった世界が見たい。ほとんどの人間が脳獣のことを知らずに平和ボケして生きている。その陰で沢山の脳戦士が日々戦いで命を落としている。力のままに暴れる脳戦士が、脳戦士を殺す。そしたら、脳獣の活動を止める者はいなくなり、脳死者が増える。その時、人々はどうするのか?最高の余興だと思わないか?」

(思わない!)

 と声に出したくても、できない。そんなことをしたら負ける。

「ユイは人と脳獣が共存できる世界を望んでいた。逆におれは、力を持ち、暴れた脳戦士がどこまでいけるのか見たいんだよ。本当に、脳戦士を全滅させて、自らの復讐を完遂できるのかどうか、な。お前らは、何が見たい?」

「私はこのまま変わらない日常を見ていたい。クサナギや所有脳獣のみんなと、笑って過ごすそんな日常を守るの。だから私は、あなたの考えに少しも共感できないわ!あなたは狂ってる!」

 僕の代わりにアヤが叫んだ。同感だ。

「そうか?おれはまだマシな方だぜ?おれの上にはもっとヤバいのがゴロゴロいる。お前らはどこまでれるんだろうなぁ?楽しみだよ」

 と彼は笑った。

「さて、話したいことは大体話終わったな。クサナギ、アヤ。そろそろ決着つけようぜ」

 彼は更に腕に力を込める。それに対抗して、僕も更に強く剣を押す。天叢雲剣が悲鳴を上げた。

 限界が、近い。

 すると、天叢雲剣の柄を別の手が握った。剣を握ったことなどないはずなのに、必死に僕の力になろうとする。

僕らはサリエルの手を押し返す。彼が歯を食いしばった。相手の限界も近いのだろう。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」」

 そして、サリエルの腕がついに限界を迎え、彼は僕達の天叢雲剣に切り裂かれた。

 一年にも及んだ長い戦いの決着がようやく着いた。


 彼が完全に消滅したことを確かめると、僕らは糸が切れたように、仰向けに倒れ込んだ。もともと、姉ちゃんと会った時点で満身創痍だったのだ。むしろ今まで戦えていたことが奇跡と言える。

(お、終わった…)

 集中の糸が切れ、ようやく、僕の意識が途切れた。

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