第25話『美紅に教わる女心』

その日の夜

「あのさ、姉ちゃんユイカ。今日姉ちゃんの高校の北山さんと南原さんが来て[クリスマスの日、学校の校門前で待ってる]って」

「そう、教えてくれてありがとう。分かった...」

(ん?心なしか寂しそうな...。まあ、いっか。一応伝えるって約束は守ったし)

 今日はやることがない上に、面白いテレビもないのでユイカと二人してソファーでスマホをいじっている。いくら学年の主席と次席を弥生と奪い合うほどの頭脳の持ち主も、たまにはこういった休息が必要だったりする。

 しつこいようだがもう一度。

 僕は頭がいいんだ。ただ、アメリカデートや雪の降る帰り道で弥生の文系が目立っただけで。理数に関しては彼女は僕に勝てない。

 だがしかし、世の中、産まれるためにはどこかしら欠陥を持っていないといけないようで、僕は文系と呼ばれる教科は苦手と言える。(弥生と比べたらというだけで、通知表は4。たまに5)

 そして、弥生は家庭科が苦手だ。


 因みに、この戦記を書くにあたって力を借りた人がいる。弥生に頼めばよかったのだが、これは弥生にサプライズで読ませたかったから、どうしても他の人の助けが必要だった。まあ、の脳戦記制作秘話なんて、正直言ってどうでもいい。言いたいことは、『全知全能の人なんて、この世に一人もいない(弥生ふうに)』ということだ。

 それでも、それに近い人はいる。僕はある人にメールを送る。僕の知る中で、もっとも全知全能に近い人だ。


岳流{次の土曜日、空いてる?会って話したい)

MIKU{午前中なら空いてるよ☆)

岳流{なら午前中に。池袋駅東口に9時でいい?)

MIKU{おけおけ♪)

岳流{じゃあ明日、おやすみ)

MIKU{はーい、おやすみ〜)


「メールなんて珍しいね。誰?」

 ユイカが聞いてくる。

美紅みく

 美紅は僕の幼馴染だ。そして、僕が『美紅ねぇ』と慕う存在でもある。

 その返答にユイカは眉毛を少し上げて反応する。そりゃそうだろう。

「へー、仲良いんだね」

「そりゃ、あんなに有名になっちゃ、仲良くしといた方がいいじゃん?」

 僕はできるだけ素っ気なく答える。

「変な言い訳しなくていいんだよ?二股だとか疑ったりしないから。で、本当は?」

「......腐れ縁だし、現在僕が抱える問題について、美紅以外に解決できる人がいない」

「それ聞いたら、弥生ちゃん。岳流のこと殺すかもね」

 ユイカは即答した。地味に笑っているのが揶揄からかっているようで少しイラっときた。

「貴方を殺して私も死ぬ的な?」

 僕も思ったことをそのまま口にする。

「無理心中...」

((.........))

「「あるかもしれないから怖い」」

 お互いに指を差し合って言った。


 美紅について簡潔につづるなら『容姿端麗ようしたんれい』『才色兼備さいしょくけんび』『頭脳明晰ずのうめいせき』『百花繚乱ひゃっかりょうらん』さらに、『超大人気ちょうだいにんき』と言ったところだろう。

 さらに美紅は、今時代の波に乗るアイドルグループのリーダーを努める有名人である。それなのに多忙なスケジュールの間を縫って僕に会ってくれるのは幼馴染だからだろう。

 そんな高嶺の花のような人だが、僕は幼馴染との再会に、胸を躍らせた。



明後日。12月11日土曜日、新宿駅東口

「お待たせ、待った?」

 美紅ねぇこと幼馴染の上代かみしろ美紅みくがやってきた。いつも通り、変装になってない伊達眼鏡とニットキャップを身につけて。

「全然、今来たところ」

「ならよかった。で?用事って何?急に明日会いたいだなんて。告白?」

「な訳ないよ、弘樹ひろきの一件で君のことは幼馴染の美紅ねぇとしか見れなくなってるから」

「知ってるよ、で何?そのねぇさんに相談とは?」

 ニヤけた顔で楽しそうに聞いてくる。

(この国民的アイドルのニヤけ顔をファンが見たら幻滅するだろうな...)

「よく相談って分かったね」

「岳流が私にメールするときは決まって相談でしょ?」

「さすが美紅の理解力...」

 美紅は僕のことをよく分かってくれている。話が早くてとても助かる。

(...ありがたし)


 簡潔に僕と美紅の関係を綴るなら、『幼馴染』の一言で済む。

 それからもう一人、櫻井さくらい弘樹ひろきを合わせた三人は、幼稚園生の頃から家族ぐるみで仲が良かった。通称『仲良し三人組』である。

 美紅は小学生の時点で芸能界にデビューし、卒業とともに、東京へ引っ越した。そして、弘樹も美紅を追って東京に行った。そして、一人地元に残された僕は東北から来た弥生に出会った。

 みんなそれぞれ、今の状況に満足している。弘樹は初恋の美紅と付き合っているし、美紅も満更まんざらでもなさそうだ。僕も弥生と出会えて嬉しい。WIN-WIN-WINの関係だ。

 最近よく思う。僕ら三人に弥生が加わったらどうなるのだろう。と、最近思っている。僕は内心それを望んでいる。今日はその一歩目。『仲良し四人組』になるためには始めの『掴み』が大切だ。

(まずは他愛のない会話から)

「それでさ、今日の相談なんだけど、美紅にしか頼めないことだったから君を呼んだ。忙しいだろうけど、僕に付き合わせちゃってごめん」

「いいよ、全然。久しぶりに会えて楽しいいしさ」

(次は一歩踏み込んで、弥生の事を紹介する)

「あのさ…突然だけど、彼女ができたんだ」

「知ってるよ」

 即答だった。そして、この発言でこの先の計画が狂った。

「えっ…さすが母さんの拡散力」

 ここまでくるとさすがに引いてくる。

「それで?」

(致し方ない。ここは素直に…)

「…クリスマスに一緒にいることになった。普通に家でケーキ作るだけなんだけどさ。プレゼント。あげたほうがいいのかなって…」

「それでこの私に女子の好みでも聞こうと…」

「うっ…」

「図星なのね」

 美紅は苦笑して言った。

(なんなのこの人、やっぱり怖い)

「でも、それじゃあ意味ないわよ。女心を分かってない」

「…うん。それくらい自分でも分かってる。だから今日は僕に、女心を教えてください」

 理数が得意で文系が苦手。そんな僕のもう一つの苦手分野。『女心』その先生は目の前にいるから大丈夫だろう。この瞬間だって、[ふふ、よくぞ私に聞いてくれましたね]とでも言うように胸を反らして自信満々の笑みで僕を見ている。答えは予想通り。

「いいわよ♪」



 そして午前が終わるまで、(ランチの時でさえ)僕は女心を叩き込まれた。

 そして別れ際。

「お疲れさま」

「今日はありがとう」

「いいえ、私も楽しかったわ」

 美紅は嬉しそうな笑みを浮かべる。

「ねぇ美紅。最後にいい?」

「何?」

「弥生は、喜んでくれるかな?」

 僕は今日買ったプレゼントが入った紙袋を掲げて言う。

「ええ、もちろん。あなたがやりたいことを、やらせてあげたいことを、私がいいお店を選んでプロデュースしてあげたのよ。一番大事なのは『あなたが弥生ちゃんの事を考えてプレゼントを選べるか』よ。それが分かっていれば、失敗するはずがないじゃないの」

「そうだね、本当にありがとう。この埋め合わせはそのうち」

「メールであなたの恋路を教えてくれればそれで満足よ♪あ、あと弥生ちゃんにも会わせてね。今度ひー君(弘樹)と行くから。それじゃあね。♪(僕の昔のあだ名)」

 僕の幼馴染にして女心の先生である美紅ねぇは颯爽さっそうとした足取りで帰って行った。

 僕はその後ろ姿に深い感謝の念を送った。ただ

(この歳でたー君はないだろ...)

と思ったのは事実だ。


その時

ピロン

と僕のポケットの中でスマホが揺れる。見ると弥生からだった。


やよい{あのさ。今日、これから暇?)

岳流{僕の予定はちょうど今済んだ)

やよい{なら、今から家に向かうね)

岳流{分かった。まだ外出中だからまだ家にいていいよ。寒いし)

やよい{うん、分かった。じゃあ岳流の家で待ってる。また後でね)

岳流{うん、また後で)


 ハートマークもつけられないが、なんともカップルらしい会話だ。

(というか、弥生。メールだとキャラが変わるな。いつもは素っ気ないのに...)


 一昨日美紅にメールをした時に、僕は決めたのだ。

(クリスマスの日は最高に盛り上げて最高の思い出にする)

 そう思いながら、僕は手に持つ紙袋そのために必要な物に目を落とした。

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