第18話『アメリカデート:戦闘編』

 そしてその日、夢を見た。昔、本当に起きた夢だった。


「姉ちゃん?姉ちゃーん!」

 どれだけ叫んでも返事はない。ただ炎が丘に生えた草花を燃やす音だけが僕の耳に響く。

「姉ちゃん。いるなら返事して」

 今度は返事があった。しかしそれは姉ちゃんのものでは無かった。

「もしや、そこにいるのはクサナギ殿ではないか」

 姉ちゃんの所有脳獣。海馬の脳獣『セイ』だった。全身を鱗で覆われた蒼い馬は炎を抜けて僕の元へ走ってきた。

「ねえセイ、みんなは?姉ちゃんは?」

 セイは穏やかに口を開く。

「ユイ殿とは、連絡が取れなくなり、ガドリナ殿とリカール殿はユイ殿を助けに行きました。ユイカ殿は泣き崩れてしまい、どうにもできない状態で...」

「姉ちゃんは?姉ちゃんは今どこに?」

 セイは大樹を向いて言った。

「ユイ殿はあの木の下にいるはずなのですが、この火で近づくことも叶わず...」

「セイの力は水でしょ?消せないの?」

「試してみましたが...」

「もう一回!何度でもやるの!」

「分かりました『津波』」

セイは前足を大きく振り上げて、落とす。そして、踏んだ地面から水が湧き出るように溢れる。その水は勢いをつけ、大樹まで一直線に伸びていった。

「消えろっ!」

 僕の願いが通じたのか、僕たちと木の間に道ができる。

「消えたっ!」

 僕はセイに乗った。そしてセイは走った。大樹の下にいる姉ちゃんに向かって。


「うっ、う...っ」

「...大丈夫?岳流?」

「うぅ...あーっ!」

「岳流!岳流ー!」

「っは...や、よい?」

 僕は目を開ける。

「大丈夫?相当うなされてたけど...」

「うん。大丈夫だよ。ただ、ちょっと嫌な夢を見ていただけ」

(だって。だってあの後姉ちゃんは...)

「よかった。私がいるからね?安心して」

「うん」

 僕は再び眠りに落ちる。

(ご、誤魔化せたよね?)

 弥生は布団にくるまって、赤くなった顔を隠しながらそう思った。


翌日、12月4日土曜日。

 この日は、伯母さん抜きの二人で観光に行った。弥生の行きたい場所、僕の行きたい場所、色々な所に行った。

 昨日の夜の事着替えを目撃した事は事故。そう事故だ。相当悪質なテロでもない限り、つまり単なる交通事故が、ニュース番組でわざわざ『あの死者零人の交通事故から一年』なんて特集はやらないだろう。そうあれは事故だ。いつかは無かったことになる事故だ。だから僕は無かったことにしたいと心から思った。そしてその日は、何も事件が起こるとなどなく、むしろ毎日事件だらけの人生の方が珍しいものだろう。しかし翌日、アメリカを舞台に事件が起こる。そうカッコよく言ってみたものの、単に脳獣と遭遇した。それだけだった。僕にとっては。


翌日、12月5日日曜日。

 昨日と同じ、二人でアメリカ観光をしていた。 1.64042フィート半メートルほど前を歩いていた弥生がふと足を止めた。そして僕を振り返ると、僕に聞いた。

「あなたはここにいるわよね?」

「もちろん」

 僕には弥生が何を言っているのか分からなかった。しかし、彼女が指さす方向からは脳獣の音がした。

「じゃああれは何?」

「何がいるの?」

「岳流が...岳流がいるの」

「僕が?」

「(君たちはドッペルゲンガーが見えるのかい?)」

 耳元で声がして僕らは慌てて振り返る。僕らに話しかけてきたを見るために。でも、そこには誰もいなかった。

「弥生、見える?」

「いいえ、誰もいないの」

 弥生でも見えないのなら脳獣じゃないということだ。

「(俺はルドルフ、脳戦士だ)」

「脳戦士?(彼はドッペルゲンガーなの?)」

「(ああ、日本の脳戦士達よ、お前らの力を見せてくれ)」

「(...分かりました)」

 弥生は息を吸うと僕を決意に満ちた表情で見つめて言う。

「アヤより申請,強制入場,千の塔,100階,円型闘技場」

「(楽しみだ)」


 着いたのはアメリカの円型闘技場。そこにいたのは僕、アヤ、そして僕だった。

「(ドッペルゲンガーは人間をコピーする脳力を持っている。同じ脳力を使い、傷つければコピー元もまた傷つく)」

 さっきと同じ謎の声。アヤはそれを聞いて血相を変えた。

「ねえアヤ、戦っていいの?」

「ちょっと待って。(そんな奴相手にどうやって戦えばいいんですか?)」

「(自分で考えてくれ日本の戦士達よ。俺はただ見てるだけさ)」

 どこからか落ち着いた声が聞こえ続ける。でも、何を言っているのか分からない。

「えっ、アヤ。彼なんて言ってるの?僕にはさっぱり分からなくて...」

「あなたは知らなくていいことよ」

(もし、このことをクサナギが知ったら、自分を犠牲にしてでも倒そうとするだろう。そんなことは私がやらせない)

「えーと、ボクハナニヲスレバイイデスカ?」

「(悪いな、日本語分からないんだ)」

「(なんであなたは戦ってくれないの?)」

「(日本の脳戦士の戦いに興味があるのさ)」

「『Ash eye灰の目』」

 ドッペルゲンガーが動き出した。

(灰の目⁉︎)

「あっ『気象変更:雪』」

 アヤは一瞬で脳獣達の前に雪の壁を作る。もし、アヤがイツキ達を守らなかったら、誰かしらが『灰の目』の餌食となっていただろう。下手したら全員が。

「イツキ、脳獣達はここ円形闘技場から出て。あれはクサナギの『灰の目』死ぬわよ」

 アヤはそう忠告する。それを聞いた脳獣達はいなくなった。

(でも、これでも戦えるわけじゃない)

とアヤは唇を噛んだ。

「(戦い方も全く同じさ)」

「『 Imagine create想像創造』」

 ドッペルゲンガーは天叢雲剣を持っていた。それを僕に向かって振り下ろす。僕はそれを避けようとするが、剣が『想像創造:改』で変形する。リーチが長くなった剣はもはや不可避。

 しかし、どこからともなく現れた男が、その剣を素手で受け止めた。その見た目は日本人のものではないが、先程からの謎の声の主がこの人だろうと、一瞬で判断がついた。

 僕がそう考えているうちにアヤは男に話しかける。

「(あなたがルドルフさんですね?お願いしますルドルフさん。なんとか出来ませんか?)」

「(出来るが、金を取るぞ)」

「(なんで?)」

「(俺の生業は退治屋だ。金さえ積めばどんな奴でも殺してやる。ただ、日本の脳戦士の戦いを見ること俺の趣味を邪魔されるのはさすがにイラッとくるがな...)」

「(まさか退治屋の『ルドルフ』って。あなた、『完全犯罪』のルドルフ?)」

「(その通りだ)」

「(ならお金は払う。あいつを倒して)」

「(...分かった、しょうがない。依頼内容は『連れを殺さず、ドッペルゲンガーを殺す』でいいな?)」

「(ええ)」

 何を言っているのかは知らないが、フルスピードで行われる会話についていけない僕はさっきから黙ったままだ。

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