第47話 復讐への一歩

 正方形に囲んだ丸太の柵、その内側に凭れて木刀を握る赤髪のエルマは俯く。

 筋肉逞しいカロルは、木刀を柵に立てかけ腕を組んでエルマを見守っていた。

「やっぱり、吹っ切れてないんだね」

 優しく声をかけたカロルに対し、エルマは低めの声で俯いたまま呟く。

「……悪いかよ」

「いいや、大切な友を亡くすなんて辛い以外なにも残らないよ。エルマ、アンタは偉いよ、リリィの為に自分の気持ちを抑え込んで徹したんだから」

 穏やかに声をかけ続けられ、エルマは右肩をぎゅっと力強く握りしめる。食い込むほどで、血が滲む。

「肩、どうしたんだい?」

「ちょっと掠めただけだ、別に問題ねぇ」

「……オーウェンとの一騎打ちだね」

 エルマは黙ってカロルから目を逸らす。

 少し唸り、柵に手をついて飛び越えたあと、

「リリィに消毒してもらう」

 そう零した。





 金髪碧眼の少女、リリィ・シグナルは『愛の詩』を口ずさんでいる。

 建て直し中の町で、唯一完成している建物の一階。

 リリィの透き通った歌声が、元兵士達とメイの心を癒している。

「なんて綺麗で、心が洗われる歌声だろう……」

 メイ以外涙を零しながら感動している。

「うむうむ」

 満足げに腕を組んで頷くメイ。

 その背後にリリィは口ずさみながら目がいき、ゆっくり声量を抑えてしまう。

 両耳に手の平を押し当て、睨んでいるエルマが碧眼に映り込んだ為、リリィは歌をやめた。

 メイは振り返り、ニコニコと笑う。

「おぉエルマ、どした?」

「……消毒」

 ムスッとした口調に、首を傾げたメイだが、リリィはすぐに頷いた。

「あの、手当します」

「肩、怪我してるか? 治癒魔法で治すよ」

「いらねぇ、こんなの魔法なんかなくてもすぐ治るっての」

 椅子に腰かけたエルマの側へ、リリィは救急道具が入った木箱を抱えて寄っていく。

「な、なんと、アイリーン隊長のお嬢様になんという扱いを」

「さすがデヴィン隊長のお嬢さんだ……生まれながらにして隊長の素質が」

 元兵士達が口々に言い、エルマは口角をグッと下げて周りを睨みつけた。

「うっせぇな! 外野は黙ってろ!!」

 牙を剥きだした獣のように吼えるエルマに驚き、元兵士達は建物から逃げ出してしまう。

「え、エルマさん、落ち着いてください。血が滲んできてますよ」

「……へいへい」

 肩当てを外し、上半身は袖のないインナー姿で赤く染まった包帯を外してもらう。

 リリィは慎重に外したあと、消毒液と清潔なガーゼを傷口に当て、新しい包帯を巻いていく。

 メイはその様子を眺めながら、

「それで、これからどうするね」

 今後のことについてエルマに訊ねた。

「決まってる。形見を取り返してローグをぶった斬る」

「エルマさん、あの、本当にローグさんと、戦うつもりなんですか?」

 不安げなリリィに、エルマはもちろん、と頷く。

「親友だったはずの親父を一騎打ちとはいえ殺しやがった。そんなの許せるはずがねぇ、それに親父の無念を晴らすのは子の使命だ」

「しかし、帝国と王国、戦争寸前よ」

「知るかそんなの、オレ達には関係ねぇ!」

「そだな、その通り!」

 グッと拳をつくって同意したメイはニコニコと笑う。

「メイさんまで……」

「心配すんなって、ちゃんと準備するからさ」

 悪戯に笑みを浮かべるエルマに、リリィは諦めのような微笑みで肩をすくめた。

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