第31話 悪魔

 港の入り口で待つ、紺碧の軽装鎧を身に着けた王国兵二人は、馬車の帰還に門を開ける。

 鉄骨の荷台から身を乗り出したのは、赤髪のセミロングを風に揺らすエルマだった。腰に中脇差を吊るし、不機嫌な表情で降りた。

「エルマ、無事だったんだな」

「……ソフィアは?」

 口調も紛れもない怒りを混ぜている。

「ソフィア様なら、つい先程王都に向かわれた」

 同時に門の中を通り過ぎていく馬車の荷台には、金髪碧眼のリリィが堂々と座っていて、王都兵は目を丸くさせた。

「エルマ、ソフィア様に会うのはやめとけ、王都は今危険なんだよ。リリィ様を連れてどこか遠くに、リリィ様が生きているのがバレたら、また別の手を使って殺しにかかる」

 心配を含めてアドバイスするが、エルマは王都兵の襟を掴んで壁に押し付ける。

「ふざけんな! なんでソフィアは自爆書なんか用意しやがった?! ただリリィが気に入らなかっただけじゃねぇだろ?!」

「そ、そんなの門番の俺が知るわけないだろ」

「他の奴は?!」

 さらに壁へ押し付け、王都兵は痛みで顔を歪めていく。

「ソフィア様の使用人が、いる!」

 手がかりを聞いた後、エルマは手を離して、王都兵二人を睨みつける。早足で馬車を追いかけ港の大きな建物に向かう。




 高価な椅子の脚がへし折れる勢いで突き飛ばされ、地べたを這う姿勢となった使用人の男は、逃げるように壁へ。

 何度か殴られた痕もあり、鼻腔や唇から切れて出血している。

「ひ、ひぃ、ひぃ……エルマ様、ぼ、暴力はおやめください。お父上が嘆きますよ」

「エルマさん、あの、本当に暴力は駄目ですから」

 優しく止めようとするリリィの手を軽く払い、エルマは使用人を睨みつけた。

「斬り捨てないだけマシだろ。殴られたくないなら理由わけを教えろ!!」

「そ、それは……わたくしも分かりません、ソフィア様から命令を頂いているだけでして、な、なにも」

 エルマは使用人を足の裏で腹部を踏みつける。

 押し潰される苦しみに呻く使用人。

「エルマさん、これ以上は本当に危ないです!」

「うっせ、クソ野郎共のせいで殺されかけたんだぞ! これぐらい苦痛を与えないと吐かねぇ!」

「私は生きていますから、大丈夫ですから。それに必要なことはソフィア様から直接聞いた方が」

「王都に行きゃ、すぐに殺されるぞ、ソフィアは他の仕掛けだって用意して待ってやがる。まだオレ達は何も目的を果たせてねぇんだ! こんなところで死ねるかよ!!」

「だからといって、痛めつけるなんて酷すぎます。それは、野盗と同じことですよ……」

 悲痛な表情で俯くリリィに、エルマは軽く舌打ち。

 使用人を数秒睨んで、エルマは外へ出ていってしまう。

 痛みで起き上がることができない使用人は蹲り、ただ呼吸を乱す。

「すぐに手当をしますから」

 リリィは救急箱が置いてある医務室に向かおうとしたが、

「お、お待ちください。大したことは、ありません、ので……傷の処置程度なら魔法で治癒できます……お優しい聖女のような心を持った貴女に、酷いことをしてしまった。心が苦しいだけです。ご心配なく」

 使用人は腹部を押さえながら上体を起こす。

 指先を傷口に添えて、呼吸を落ち着かせると、白と黄色が混ざる光が溢れ、切れた鼻腔や唇を修復していく。

「す、すごい……私にも魔法が使えたら、もっと……」

 魔法が使えないリリィは落ち込んでしまう。

「リリィ様のお気持ちだけで十分でございます」

 ふと、窓から聴こえてくる子供達の歌声。愛を歌うバラード調のゆっくりとしたリズム。何度も聴き慣れてきた歌に、リリィは自然と口ずさむ。

 同時に、淡い白い柔らかな光がリリィの身体に纏わりつく。

 使用人は目を大きくさせて、しばらくリリィの透明な歌声に耳を傾けた。

 苦痛で疲れ切っていた使用人の表情はどんどん柔らかくなり、綻ぶ。

 リリィは途中で、耳を塞ぎながら怒るエルマの顔が過ってしまい、咄嗟に口を手で覆う。

「す、すみません、いきなり歌ってしまって」

「……やはり、貴女はあの大英雄アイリーン・シグナルのご息女なのですね……」

「え?」

 使用人は、優しい眼差しで、

「人々から大英雄と称されるアイリーンは、悲しいことに王族の間では悪魔、と呼ばれているのですよ」

 そう、リリィに答えた。

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