第16話

「紹介しとくと、右の金髪碧眼っつー絵に描いたような美形男がグラム・リヒト・リューグナー。ウチの現歩兵隊の最大火力」

「キミがキョータローだよね、昨日の試合見てたよ!」

 駆け寄って一言入らずに両手を取って握手をするグラム。

 初っ端からパーソナルスペースを侵してきたというのに、図々しさより人懐っこさを感じさせるのは見た目による力だろうか。

「ちなみにドイツ人みてえな名前してるけどアメリカからの交換留学生、ドイツ系アメリカ人ってヤツだ」

「もっと言うとゲルマンじゃなくてカシューブの血が強いからドイツというよりポーランドの人間なんだけどね」

「あーなるほど、そういうことね」

「わかってねえだろ。いらん追記としては英語日本語ドイツ語低地ドイツ語、あとポーランド語とカシューブ語のマルチリンガルだ」

「高スペックのイケメン男って事だけわかりもうした」

 交換留学生とは、衛士学園設立を義務付けられた国際連合加盟国全一九三ヵ国間で交わされる自国生徒の交換であり、つまるところどの国の衛士学園にも一九三ヵ国の人間が必ず所属している事になる。

 一年を自国の衛士学園で過ごし残り二年を留学するか、二年を他国の衛士学園で過ごし自国へ戻ってきて一年過ごすかの二通りが存在する。

 交換留学の目的としては諸外国との連帯感の補強、あるいは異文化交流とされている。

 が、その本質は戦争を起こさせないための人質であるというのは暗黙の了解となっている。

 よって交換留学生に出されるのは益体のないと見做された生徒がほとんどである。

 が、アメリカやロシアなど所謂列強と称される国々は逆に優秀な生徒を送り出し「我が国にはこれくらいの人材を外国に向かわせられるくらい人材に余裕がある」という見栄の張り合いが行われている。

(この金髪碧眼はどちらでっしゃろな……)

 また、合法的に国家防衛の要へ迫れることから交換留学生の大半は工作員と噂されているが、陰謀論の域を出ないでいる。

 少なくとも、今現在は。

「んでもう一人の方は常識人ぽいただの馬鹿こと松姫まつき明菜めいな、コイツは機兵」

「もっとマシな説明なかったの!?」

「なるほろツッコミの人」

「別にツッコミの人ではないんだけど……」

「そうだぞ、どちらかというとボケ要員だ」

「そうでもない!」

 反論するために、右に左にと揺れる松姫はメトロノームのようであった。

 馬鹿、とは言い切れないまでもオツムが若干不足している気配は感じ取れてしまった。

 それからエレベーターを降りてくる人間全てと挨拶を交わし紹介を交わし、いい加減にヨロシクを言い飽きてきた頃、ようやく本日のノルマが達成された。

「んまあ、今日はこんなモンかな。覚えられたか、顔と名前?」

「歴代の征夷将軍くらいは」

「全然覚えられてねーのな、まあいいさ初日だし」

 覚えろって方が無茶だ、そう言って頰を掻く椎葉の態度はまるで自分なら暗記できるとでも言いたげだった。

「というかシャチョさんからちゃんとした自己紹介受け取らんですとよ」

「……そうだっけか?」

「ですです」

 それじゃあ改めて、と咳払いをした椎葉は「あー」と舞台の開場ベルめいた呻きの後に言葉を続ける。

「黒木椎葉、三年。機兵科でー……まあ、学内では割りと上部の人間。第06部隊ディライトフルの部隊長」

「ハイハイ質問!」

「どーぞ」

「黒木ってもしやあの黒木?」

「……まあ、うん。その黒木」

「やっぱシャチョさんじゃないですかヤダー!」

「社長さんじゃねえよ御曹司さんだ」

 黒木重工業。国内シェア率ナンバーワン。海外でも三位と超の付く一流企業。

 そこの御曹司ともなれば働く必要はない。それもわざわざこんな、修羅の園に籍を置く理由が見当たらない。

「なんでこんなトコにいんの?」

「言い方よ、まあアレだ、野球やった事もねェヤツにコーチができないのと同じで作る側として現場を知っておきたかったのよ」

「本音は?」

「どうしてもブッ飛ばしてぇヤツがいる」

「正直者」

 ここへ来る真っ当な理由があっても、それは真っ当な理屈ではない。

 現場の需要とは、たとえ一刻触れた事によって把握できたとしても翌日には変わっている。絶え間なく変化し続ける情勢に呼応して、兵士が求める武器というのも秋模様の如く移り変わるもの。

 そも、社長というのは経営者、方針であって設計士ではない。

「そいつを下せなきゃおいは留年したっていい」

「ほへ〜、もう三年ならピンチでは?」

「わかってんなら言うんじゃないよ」

 と、話が切り上げられようとした刹那にエレベーターのベルが鳴る。

 表示を見ると地下から上がってきたようだった。

「っと、忘れるところだった。おい都、コイツだけは覚えとけ」

 扉が開くと出てきたのは栗色の癖っ毛を手櫛で整えながら欠伸をする少女。

「ウチの情報統括部門、オマエの映像を垂れ流した実行犯。五十土いかづち遠野とおのだ」

「なるへそ〜、どーも始め申して。腹いせにカワユイお顔ペチペチしてよろしいですか?」

「そんだらごしゃくな」

「……ワンモア!」

「そんだらごしゃくな」

「すまねえ、ロシア語はさっぱりなんだ」

「日本語だぞ、一応」

「ウッソだぁ! 殺人ゲームを行う戦闘民族みたいな発音してましたけどぉ!」

「そういう方言もあるんだよ、オマエもからかってんな」

「んへへ」

 頑是ない笑顔を浮かべた遠野は椅子に座るとカウンターにしな垂れて呻くように切実な言葉を漏らした。

「お腹減った〜」

 すると香月は屈んでバーカウンターの裏から何かを取り出そうとする。

 流石にまだ豚骨ラーメンが出てきたら異常とは思いつつも、まだ出てくるのではないかと期待してしまう。

「ほい、きりたんぽ」

「そんな県民アピールする事ある?」

「あるんだなこれが」

 日本衛士学園には日本全国、果ては世界各国の人間が所属していて世間からも注目度の高い場である。ともすれば各都道府県にとって又とない宣伝の機会である。

 学園の食堂ではメニューに郷土料理の数々が並び、それらに使われる食品は生徒単位で学園に提供されている。

 その甲斐あってか事実、名産品の知名度上昇やふるさと納税や観光客の増加など津々浦々の各事業に与って力ある結果を出している。

「あ、そうそう。小隊戦てなんですの?」

「読んで字の如く、俺らを含めた四部隊が一度にブチ当たる超乱戦」

「第06小隊が居るのに四部隊しかいないとか」

「上が卒業してって人数足りなくなったから合併てのはよくある事だ。んでその小隊戦に勝つとだ、個人では島内通貨の付与だの公共施設の優待券だのが貰える。まあソシャゲの共闘レイドバトル見てえなもんだな。そんで小隊としてランキングの上昇、予算の増加なんかがある。ちなみに勝ったらシアタールームを4DXに対応させる予定だ」

「絶対に勝ァつ──ッ!」

「おうおうその勢だ。勝利条件は四つ。自分以外の小隊の殲滅、それら各々が持つ小隊拠点の制圧。制限時間切れのタイミングで一番被った損害が低く、与えたが高い小隊になること。最後に──」

 勿体ぶって椎葉は言葉を溜め、そして放つ。

「調停者、冬薙燕の撃破。他の隊が何をしていようと関係ない。冬薙燕を撃破したその瞬間、その小隊の勝利が確定する」

「────っ!」

 ごくり、今の容姿に似合わない真剣な眼差しで喉に湧いた生唾を飲み下す。

 冬薙燕の撃破。言葉にするのは簡単で、行動に移すのはとてもとても。

「もちろん最後のは現実的じゃねえし、成功した前例もねえ。仮に倒せたとしてもそのあとの面倒を考えると選択肢にすら挙がらねえ」

「と言うと?」

「冬薙燕の撃破、それが意味するところ即ち保たれている均衡の破壊だ。仮に個人が撃破したのならソイツはまず国外に出ることは禁止される。けどもちろん世界各国がソイツを欲しがるから人質や誘拐、どんな手を使ってでもソイツを手にしようとするだろう。それか案外冬薙燕は倒せるんじゃないかと侮った国が戦争を始めるかもしれない」

 千の艦隊も万の戦車も、たとえ核兵器を持ち出そうと冬薙燕には敵わない。この世界はその一点のみで平和を保っている。

 どんな戦争であろうと両成敗。ゆえに《調停者バランサー》。

 それが個人、あるいは一団体に敗北を喫したとなればなるほど確かに。軍隊を所有する国々が放っておくわけがない。調停者を上回るその武力を、遅れを取った調停者を。

「でも倒せないんでしょう?」

「そらな、天下の冬薙燕だぜ」

「…………」

「ご主人ご主人、今は贅肉が付いてる方ですよ」

 京太郎がその風態に似つかわしくない、えらく真剣な眼差しで逡巡を巡らせているとバーカウンターを歩いてきた白狐のツイナに、そっと囁かれる。

「うおっといけね、アハンオホン。あーシャチョさんや、小隊に所属してない人間はその小隊戦ではどうなるんですかな? クエッチョン」

「小隊戦つってるからな、そりゃ所属してなきゃ参加はできねえよ。参加自体はできてもそん時ゃ無所属として一人きり。余程の物好きでもやりゃあしねえよ」

「ほーなるへそ、なら一名この部隊に招いてもよろし?」

「人数が多いに越したことはないから大歓迎だが、この学園に来たばっかのオマエにアテがあるのか?」

 ニヤリと笑った京太郎の脳裏では一人の少女が浮かんでいた。

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