私は瑞希の肩をぎゅっと掴んだ。クワガタでもハサミムシでも虫であることには変わりないし、巨大な虫は恐ろしいよ。


「虫はやだー! はさみがある生き物なら、せめてカニがよかった!」


 私は主張する。カニなら……多少はかわいいかも。巨大でも……カニなら……。


「美味しそうだね」


 沢渡さんが微笑む。瑞希は不機嫌な顔で、


「カニもハサミムシもクワガタも、節足動物であるということには変わりないのでは? というかほのか、肩掴みすぎ。痛い」

「あ、ごめん」


 私は手を放した。興奮してつい力が入っていた。


 篠宮さんはずっと黙っていた。顔が緊張している。


「これと……戦うのね」

「そうだね」


 瑞希の言葉に、篠宮さんは力強い表情でハサミムシ(?)を見つめた。


「私に……何ができるかわからないけど、でも少しでも役に立ちたいから……」

 

 風が頬に当たった。私は不思議に思った。どこから風が? 今までは全く無風だったのに。篠宮さんを見る。彼女から? 篠宮さんの髪が風に舞っている。たぶん、彼女からだ。


 これが篠宮さんの魔法なの? 風を使役する魔法。


 風はどんどん強くなる。……というか強くなりすぎでは? 私の髪も舞う。ス、スカートが思いっきりはためくんですけど……。スカートの下にはアンダースコート履いてるし(これで心置きなくとんだりはねたりできる。誰がこんなものを用意したのか知らないけど、くまの良心かもしれない)、ここには気心の知れた仲間しかいないから気にしなくていいようなものだけど……。いやでもやっぱりなんとなく気になる。私は必死にスカートを抑えた。


 風はさらに強まり、私はそれを少しでも軽減しようと顔を俯け、身体を斜めにする。ばたばたという音が聞こえる。私たちを覆っていた布だ。


 それが風にあおられひるがえっている。その隙間から、あちこちから、光が入る。


「――篠宮さん!」


 瑞希の声だ。瑞希も苦しそう。「……ちょっと風弱めて……」


「ご、ごめんなさい! で、でも私どうすればいいか……」


 混乱してる篠宮さんの声だ。途端に風がさらに強くなる。飛ばされそう! と思った瞬間、辺りが明るくなった。飛ばされたのは私ではない。私たちを覆っていた布が、どこかへ飛ばされてしまったのだ。


 それと同時に風が少しずつ弱まった。やがて風は収まり、私たちは篠宮さんの元へ駆け寄った。


「やったじゃない! あの鬱陶しい布がどっか行った!」


 私は喜んで、篠宮さんに言った。篠宮さんはぎこちなく笑う。


「でも……まだ敵が残っているから……」


 篠宮さんの視線の先には巨大なはさみがついた頭を持つ、謎の生物。そうだ、やつがいたんだった。


 どうせなら一緒に飛ばされてしまえばよかったのに。




――――




 ハサミムシが動いた。私たちも動く。瑞希が水を浴びせるけど、威力が弱かったせいか、あまり効かない。


 今度は私だ。炎の塊をぶつけようとするも、横から風が――。篠宮さんだ。風に煽られ炎が……。わ、私の方に来る!?

 

 私は慌てて逃げた。でも足がもつれよろけてしまった。踏ん張ったけど、奮闘空しく、派手に転んでしまう。起き上がろうとしたところに、何かがぎゅっと上から私を抑え込んだ。


 私の背中に、何かが乗ってる。重い。抑えつけられている。体重をかけられ、身動きを封じられる。生き物の気配。視線を動かすと、節くれだった細い足が見えた。あのハサミムシだ。


 私を抑えつけたまま、ハサミムシが上体を振り上げるのが、気配でわかる。見えなくてもわかる。頭部には大きなはさみがあって、それが私をめがけて振り下ろされる。鋭く、光を反射する刃先。それが私の首に――首に当たって、私の首が胴体から切り離され――。


「ほのか!」


 瑞希の叫び声が聞こえた。はさみはまだ首に当たってない。そしてほぼ同時に、地面が揺らぐ。驚いたのか、ハサミムシの力が弱まった。私は一回転してハサミムシから逃げ出す。


 間一髪。地面を揺らしたのはもちろん沢渡さんだ。


 私は立ち上がった。幸い、転んだ際の怪我はほとんどない。沢渡さんが地面を隆起させてハサミムシの

動きを止め、そこに瑞希が渾身の水の球を打ち込むのが見える。


 世界が元に戻る。私たちは再び被服室にいた。




――――




「……いやー……」


 私はため息をついた。こ、怖かった……。結構ピンチだったよ。死ぬところじゃなかったのかな、もう少しで。


 まだ少し心臓がどきどきしてる。瑞希の顔も険しかった。いつもと少し違う。


「よかったね、無事で」


 素っ気なく、瑞希が言った。あんまり心配してると思われたくないのかな。かわいいやつめ。そう思うと、安心感が広がった。


「大丈夫! 魔法少女は戦闘で死なないそうだから!」


 なんだか嬉しい気持ちになって、私は自然と笑顔になった。瑞希が私に尋ねる。


「そうなの?」

「そうなの。くまがそう言ってた」

「くまがあ?」


 瑞希はうさんくさそうに言う。私は説明した。


「ピンチになったら、助けにきてくれるらしいよ。くまとその仲間が」

「さっきピンチだったけど、助けに来なかったじゃん」

「じゃあ、そんなにピンチじゃなかったんだよ」

「そうかあ?」


 瑞希はやっぱり納得できないという顔をしている。

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