第2話 アールヌーボーへのいざない

 田園地帯を抜けて、バスは山道へと入っていく。奈穂の表情は曇りっぱなしだった。おかしい、なにかがおかしい、彼女は疑問を強く感じる。つまり、なんで高校がこんな辺鄙な場所にあるのかと。自分が入学する、いや入学しなければならない学校であればなおこのことである。駅からのバス。事前に調べた時刻表でその本数の少なさに驚く。さらにはその所要時間。

「片道......2時間......」

 本当にここは日本なのだろうか。そんなところに高校を作る意味って何?

 何度も答えられない、質問に悶々とする奈穂。

 バスは閑散として、自分以外に学校の生徒はいない。それは途中でほとんど客が降り終点まで乗ったのが奈穂だけだった、という簡単な事実から導き出される結論だった。学校の正門の前にバスは横付けされる。まるで外国の宮殿のような鉄格子の大きな門。『聖リュケイオン女学園』という日本語の下に読みにくい英語の字体で『St.Lykeion girls college』と仰々しく記されていた。

 奈穂は正門の警備所で入校の手続きを行う。いやに厳めしい警備員。服装も警備員というよりは、衛兵のそれを感じさせる。何より気になったのは腰に吊るしている警棒、いやそれにしては長い......サーベルだろうか?いや、そんなことはない、ここは日本、銃刀法違反になるはずなので......と女子高生らしからぬ推測を働かせながら、悪い予感を打ち消す。

「宍戸......奈穂様ですね。お待ちしておりました」

 丁寧な事務員の対応。これまた見たことないような、まるで『執事』のような事務員が恭しく合格証明書と入学手続き用紙一式を確認する。後ろに控えている、メイド、といってもアニメで見るような種類のものではなく、イギリスの貴族の館にいるような本格的なメイドがその作業をサポートする。大きな判を恭しく、これまた大きな表紙の冊子に押して入学手続きの終了を宣言した。

 そのメイドが奈穂を案内してくれることになった。この学校は全寮制。当然彼女も入寮しなくてはならない。遠慮はしたものの、メイドが奈穂のそれほど多くもない荷物をすべて持ち、正しい姿勢で足早に先導する。年のころは20前半といったところだろうか。

「あ、あの......すごい学校なんですね」

 必死に追いすがる奈穂。間を持たせるために話題を振る。

「......何が......で、ございますか?」

 視線を前に固定したまま歩みを止めずに、メイドは返答する。何がって......奈穂は言葉が詰まる。

(あまりに突っ込むところが多すぎて、逆に質問できない)

 相当歩いただろうか。学校の中はいくつもの棟に分かれており、その点では大学のような感じがしたが、一方でその装飾はちぐはぐなものであった。まるで美術館のような趣の棟もあれば、博物館を思わせる棟もある。そしてその形式も和洋折衷でなにか不思議な世界に迷い込んでしまった感じを受ける。一つ言えることは、とにかく金がかかっているだろうということだった。

 ようやく二人は、寮の建物の前に到着する。洋風の、しかしあまり新しさは感じない3階建ての建物。ヨーロッパの都市にありそうな建物だった。

「アールヌーボー建築を模倣しております。見た目は古く感じますが、建築年は10年とたっていません。私はここで。詳細については後程、ガイダンスが担当のものよりあるはずですので、部屋でおくつろぎください。では」

 ひらひらと手を振りながら、奈穂は見送る。メイドは一瞥もせず来たのと同じ道を同じテンポで去っていった。また一人になってしまった心細さかを振り切るように、彼女は寮の玄関に歩みを進める。

 今どきにしては珍しい、IC認証キー。情報端末をセンサーに掲げる。旧式なカギのアンロック音が聞こえる。暗い室内。下駄箱はなく、そのまま廊下に上がる。奈穂の部屋は『E-1804』と情報端末に表示されていた。階段を上る。ぎしぎしときしむ木製の床。決して安物ではないが、全体的に古めかしくしてあるのは建築者の懐古趣味なのだろうか。

 荷物をかかえながらようやく、自室の前にたどり着く。ふと気づく、表札。ペーパーレス液晶画面には二人の名前が表示されていた。

『Naho SHISHIDO』

 自分の名前、そしてその上には

『Chie F.BERNARDI』

 と表示されていた。

 ふと思い出す。寮の部屋は二人部屋だったことを。正直、奈穂はあまりそういうことは気にしないほうだった。自分は自分という比較的割り切ったものの考え方ができるため、人付き合いであまり苦労したことはない。名前から見るに、ハーフか外国人かと思わっるが、それに対してもあまり偏見はない。中学時代、夏休みによく外国にホームステイをした経験がこんな時に役に立ったとむしろ、うれしさもあった。

 しかし―――その彼女の自信はこてんぱんに打ち砕かれることになる。同室者との出会い。それが本当の高校生活の始まりであった。

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