——赤い敗北——

 ジョーはドクターの攻撃に悪戦苦闘している。右手から放たれる光の刃は直線的で、腕の動きから飛んでくる方向が分かり、なんとか回避出来ていた。


「ちょっと、ヨッ、待って、ウワッ!」


 次々に飛んでくる刃を避けるのが精一杯で、力を溜めることもできない。先程ケルベロスを倒したように声を溜めたかったが、息が上がっている為、呼吸を止める余裕もない。


「何でっ! シールドがっ! 発動しないのっ!?」


 タクトを振るように、右手を振り続けるドクター。方や全身を使って避け続けるジョー。先にスタミナが切れるのは目に見えて明らかだった。


 ドクターはどうでもよかった。


 目の前の少年に対しても何の感情も起こらない。静かに病院で過ごしたい、それだけが彼の望みだった。


 目の前を通り過ぎる『蚊』。その虫を叩き潰す際も僅かながらの殺気がでる。しかしジョーに対して刃を飛ばすドクターには、一切の感情はなかった。今、目の前にいる少年が夢かうつつかさえ判別出来ないほど、彼の心は濁っている。


 無関心。攻撃の意思に対して発動する父親のGiveギヴは、感情の乗らない攻撃に対して無力だった。


 徐々に切り裂かれる衣服。ヘトヘトになりながら避け続けるジョーに、ジワジワと限界が近付いていた。


♦︎♦︎♦︎


 沈む意識の中、男の話声が聴こえてくる。


( 俺は……気絶していたのか?)


 モヤモヤとした意識が、急速にまとまりハッキリとしてくる。


( 顎がズキズキしやがる。それに右手に残った感触……アイツのGiveギヴか?)


 レンは気絶したフリを続け、相手のGiveギヴを予測する。


( 相手の腕は押さえてあったはずだ、カウンターを食らったとも考え難い……もしも衝撃が背中にあったのなら、唯一自由だった脚による攻撃だろう。だが痛みがあるのは顎だ……。俺の攻撃を跳ね返す、もしくはダメージを相手に返す能力? いや、俺の拳はハッキリと当たった感触があった……シックリこない)


 自分の攻撃が当たったのなら、相手にも相応のダメージを与えたはずだと考えるレン。


 背中に感じる男の重み。男は無線の通話を切り、独り言をいっていた。


( 俺の拳が俺に当たったのか? 一瞬アイツの顔の前に黒い穴が開いたように感じた……。ワープのようなGiveギヴ、もしそうなら……厄介だな)


「さーてと、どないすっかな? エンチョのおっさんがヤラれてしもたんなら、相手には興味あるなぁ」


 男はレンの背中から立ち上がり、タバコを壁に押し付けて消す。


「行かせねぇよ」


 レンは立ち上がり、タバコを消す男の背中に宣言する。


「おーー! おはようさん。目ぇ覚めるの早いやんけ」


 タバコを投げ捨て、ポケットに両手を突っ込み振り向く男。


「根性あるなぁ、レン君やったっけ? まだ脳みそグラグラしとるやろ。無理せんと休んどきぃや!」


 アゴを上げ、見下すようにレンを見つめる男。


の攻撃なんか効いてねぇよ。サッサと続きやろうぜ!」


 ブラフを張り、構えるレン。


「アラアラ折角心配してやっとんのに、相手の忠告は素直に聞くもんやで? そないに遊んで欲しいんやったらかかっておいで、兄ちゃんが遊んだるさかい」


 左手をポケットから出し、チョイチョイと人差し指を曲げる。


 レンは震える脚を拳で叩き、前に出る。


( 勝負は一発、あの顔にブチ込む!)


 脇を締め、真っ直ぐと相手のアゴを目掛けて拳を振り抜く。ニヤニヤとした顔に当たる瞬間、黒いゲートが現れ吸い込まれるレンの拳。


 左のこめかみに衝撃が走り、右に身体が傾くレン。その痛みを耐え、左のハイキックを男の右耳に放つ。


 咄嗟に右手でガードしようとしたが、ポケットから手が出ずにレンの蹴りをモロに受ける。二、三歩後退り蹌踉よろける男。


「あっかん! グラグラする!」


 レンは追撃しようと脚を前に出すが、膝が揺れ言うことをきかない。


「ほんまおもろいなぁ! ティッシュをそない使い方したんか!」


 レンはGiveギヴ【ちり紙様】を使い、幾重にも左拳に重ねて即席の紙グローブを作り、衝撃に耐えていた。レンにもダメージはあったが、相手の男のダメージはそれ以上だった。


「気に入った! 俺の名前はトラや、『少壮しょうそうの会』ちゅう組織に属しとる。覚えとき」


 壁に寄り掛かり名乗るトラ。


「勝負は一旦お預けや。楽しかったでレン!」


 トラはそう言い残し、背中から通路に倒れ込む。トプンッと音がして黒い穴に吸い込まれ、消え去る。


 大きく息を吐き出し、片膝をつくレン。まともに立っていられない状態だった。


「次は解体してやるよ」


 敗北を噛みしめるレンだった。




 


 

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