——歪な信号機——

 黒いダボっとしたズボンに、丈の短い学ランをお揃いで着こなすコウとブル。幼い顔に似つかわしく無い昭和のヤンキースタイル。髪色以外は全く同じパーツの双子は、百六十センチ有るか無いかの身長で、向かって来るレンを威嚇するよう下から睨む。


「よっしゃ、どっちがやるよコウ?」


 コウはやる気充分な様子でブルへ聞く。


「久々に強そうな相手だなブル。ジャンケンで決めようぜ」


 幼い顔同様、中身も幼いようだ。


「面倒だ、二人いっぺんに相手してやる」


 レンは頭のタオルを取る。パラリと髪の毛が顔にかかり、燃えるような髪色が、太陽に照らされ赤く輝く。向かい合う赤青黄色の三人。


「「信号機みたい」」


 モモとジョーが同時に呟く。店内で見つけた飴を、姉弟仲良く分け合って食べていた。


「あんっ? そんなかっこ悪ぃことできっかよ、漢なら一対一、タイマン勝負だろ!」


 ブルは勇ましくレンに反論する。二人の幼い漢気に、ニヤつくレン。大人しくジャンケンの結果を待つ。


「っしゃ! 俺からだな」


 ガッツポーズをきめ、喜ぶブル。コウは悔しがり、後ろへと下がる。


「待たせたな、俺の名前はブル。お前を倒す名だ、覚えとけ」


 名乗り、構えるブル。


「俺はレンだ、よろしく」


 作業用の赤いゴム手袋を付け、構えるレン。


 コウが拾ってきた空き缶を上に投げ、カンっと音を鳴らしアスファルトに落ちる。その音をゴングに戦闘が始まった。


「一発で決めてやるぜ、喰らえ俺のGiveギヴ、【水遊殺法ブクブク】!」


 ブルの突き出された左拳から、真っ直ぐレンに向かって放射される水柱。レンは頭をかがめ避けるとブルの懐へ潜る、そのまま左手でボディへの強烈な一撃をお見舞いする。顔を歪め、くの字に折れるブル。レンはすかさず右拳をブルのアゴ目掛けて放つが、間一髪地面に水流を飛ばし、後方へ逃げるブル。


「っ! やるなお前……」


 ボディへのダメージがあり、足に上手く力が入らないブル。足払いするように水流を横に打ち払う。レンはそれをサッと跳び避け、一気に相手との距離を詰める。


「クソが喰らえっ!」


 両手をレンに向け構えるブル、咄嗟に顔をガードするレンの右脇腹に、ブルの水流がつかる。


「はっは! バカめっ! 手の平から放たれると思っただろ? 俺のGiveギヴは自由自在な方向から出せるんだぜ」


 今度はレンがボディへのダメージで足を止める。


「これでしまいだ、潰れろ【水名殺死みなごろし】!!」


 頭上から瀑布の様に水が落ち、レンの姿を包み込む。


「どうだ、俺の勝ちだ!」


 ブルは喜び、勝鬨かちどきをあげる。助けに入ろうとジョーが立ち上がったその時、滝の中から左腕が伸び、ブルの胸元を掴む。


「おっ、お前!」


 驚くブルを力強く引き寄せ、そのままの勢いで右拳を振り抜く。拳はこめかみに当たり、脳を大きく揺らす。ガクガクと膝が折れ、倒れこむブル。


「ブルっ!!」


 急いで駆けつけるコウ。呼吸はあったが気絶しており、もう戦えそうにはなかった。


「待ってろよ、かたきはとってやる」


 ブルをバイクの近くに座らせ、コウが構える。


「クソっ、道具が濡れちまった。手入れしたばっかなのによ」


 レンは濡れた髪を両手で後ろへと流す。赤いオールバックが、男前な顔に合っていた。その様子をジッと見つめるモモ。茶化す様にモモを見るジョーに気付いてもいない。


「ブルの攻撃は当たってたよな? あんたのGiveギヴはそういう能力か?」


 ブルが負けた事に、警戒心を強めるコウ。


「あぁ、当たったな。だがアレはGiveギヴじゃねぇ、我慢しただけだ。大人は我慢強いんだよ」


 ( 痛かったけどな)


 心の声で付け足すレン。


「そうか安心したぜ。だったら俺の能力なら勝てる。俺のGiveギヴ雷々拳ビリビリ】は当たれば相手の動きを止める。我慢強くたって、どうしようもないぜ!」


 そう言うと掌からバチバチと電気を発生させる。


「何で戦う前から手の内を晒すかね……。まぁ良い、だったら俺のGiveギヴも教えてやるよ。超絶便利な俺の能力【ちり紙様】、目ん玉ひん剥いてよーく見やがれっ!」


 レンの掌から、空中へ勢いよく飛び出す大量のちり紙。五十センチ真四角の白いちり紙はヒラヒラとレンの周りを漂い落ちる。


♦︎♦︎♦︎


 カラカラッと音を鳴らし、回転するペーパーホルダー。公衆トイレのなか、ズボンを下ろした赤い髪の男は悪態を吐く。座ったまま腰を捻り、何処かに予備のトイレットペーパーは無いかと探すが無い。隣に誰かいやしないかと、木製の仕切り壁をコンコンっと叩き声をかけるが、返事も無い。


「絶対親方が持ってきた貝だ、何が美味いから食ってみろだクソっ!……美味かったけどよ」


 親方の持ってきた謎の貝を肴に、昨日は親方と二人で酒を呑んだ。途中から記憶は無く、公園のベンチで激しい腹痛に襲われるまで、眠りこけていたようだった。


「まずいな、どうすりゃ……」


 どうすべきか悩んでいると、激しい音がレンに届く。


『私の名前はイズライル。私の音は、地球にいる全ての人へ届けています。貴方の認識出来る音域で、理解出来る言語へと変換されます』


 (うるせぇよ、コッチはそれどころじゃねぇんだ!)


『私の音を聴いた人は、例外なく全ての人に理解できます。全ての人に平等に与えられ、等しく享受することでしょう』


(どっかの宗教団体か?)


『私は貴方の想いえがく力に期待しています。想像して下さい、進むべき道を。創造して下さい、貴方が求める未来を。与えましょう、貴方が望む幸せを。取り除きましょう、貴方が抱える不安を。私は全ての人へと平等に与えます。受け取りなさい私からのGiveギヴを。ときは短く光が消えるまで。貴方が望む力を叶えましょう。さあ終わりの時です、知恵を絞り足掻きなさい、勇気を持って抗いなさい。貴方がこうべを垂れるなら、世界は又、振り向いてくれるでしょう』


 公衆トイレが、眩い光で包まれる。


(何だこれ……神様か? おりゃまだ酔っ払ってんのか? 良く分からん、よく分からんが叶えてくれるってんなら叶えてもらおうじゃねぇか!)


狭い公衆トイレのなか、レンは光の中、天へと手を伸ばす。


「神よ……俺に紙を与えたまえ!!」




 


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