35話 逆スパイ(善意)こわい。 いや、どーしよこれ……。


さて、ジュリーさまと戯れさせていただくのも楽しくって仕方ないんだけど、嬉しくって仕方がないんだけど、生きがいなんだけど、それはそれとしてときどきには現状をアップデートせにゃあな。いつまたあんな悪意に襲われるやもしれんのだし、慎重に、慎重に。


……こうしてジュリー大天使さまのお家に引き取っていただいたのはとっても嬉しいことだし、妹って立場利用して好き放題、あ、いや、お父さまたちにもダダ甘にかわいがってもらえているから文句はない。


愛情たっぷりなのは……それも、赤の他人のはずなのに、実の娘さまのジュリーさまとおんなじくらいにそれを注いでくれているっていうのは、今世でいろんな人と接して……これはものすごーく貴重なとこなんだと理解しているから、なんだか困っちゃうくらいにはありがたいことなんだ。


ま――……服がどれもふりっふりなのは打算含めてしょうがなくだし、メイドさんたちもみんなおっぱい、おっと、いい人だし、それでみんなが喜ぶんなら僕は喜んでマスコットしていよう。


僕は別に服装に執着してはいないもんな。


それで抱っことかしてくれるんだから、文句どころか感謝しかない。


できればズボンがいいのはあいかわらずだけど……でも、ふりふりなおかげでかわいがってくるんだから、そんなこだわりはゴミ箱にぽいだ。


あれはいらぬ。


男としてのアイデンティティーとは、心意気。


つまりはおっぱいに包まれることなんだから。


うむ。


………………………………。


ただ。


ただ、なぁ。


……ジュリーさまのお父さまもお母さまも、僕をいいとこに嫁がせる気まんまんなんだよなぁ……。


あと1、2年はあの事件のおかげで静かにしてくれそうだけど、すでにあっちこっちのいい感じのとこを物色してコンタクト取っているのは把握済み。


たぶん僕にそのおはなしが持ち上がるのは、ジュリーさまがアルベールくんとこに行ったあとくらいじゃないかな?


ひとり寂しくなったとこに、ちょうどいい、実はね?……ってな感じに。


てことはジュリーさまはこのお家にいなくなる、女神さまはアルティメットになられてここにはいなくなって、僕はまた結婚の話に頭を痛めることになるってコトで。


………………………………やっぱ、先回りしておかねば。


予定どおりに、結婚の義務がぬるめな感じのお仕事に就かなきゃならない感じだし……とりあえずは伝手があってここからそこそこ以上に遠いからジュリーさまのことを気にかけつつ距離を取れそうな南の方に、以前から目をつけてた、さる家のお嬢さまのお付きとしての就活を内々にはじめておこう。


うむ、あのお嬢さまとは顔を合わせたことがあるからかわいさは確かめてあるし、お母さまのお顔もお胸も見たことあるから間違いなさそうだし、ジュリーさまよりも10歳くらい下だからお嫁に行かれる悲劇からは時間取れそうだし。


今度、そこの国の王さまに……あんのじじい、おっと、おじさんにお手紙を出しておこうっと。


理想は国賓として……理由はてきとーでいっか……招かれてあっち行って、んで、あのお嬢さまに見初められてどうしてもって言うからしょーがなく……ってなストーリーかな?


うん。


それなら一国の公爵なジュリーさまのお父さまたちでは拒否できぬ相談だもんな。


うむ、よしよし。


……というわけで。


ジュリーさま、あなたのことは忘れません。


だけど僕にも生きる目的ってものがあるのです。


ジュリーさまがおしあわせになられたならば、僕のお役目も終わるのです。


だから……、そう。


この容姿を使える限界まで使い倒して、最後までうへへへへって女体をいじくり回すっていう使命がうへ、うへへへへへ………………………………。





先ほどまでの漆黒は薄れ、今やかすかな光が空を染め出している外。


そして、家畜が少しずつ騒ぎ出しているのが遠くから聞こえる。


そんな中……彼女たち一行は、月の支配する時間の主役だったリラという少女のことだけを考えていて。


「……リラ……、なぜ、私などに、そこまで…………………………」


「……最後に、これも伝えておくわね。 じゃないと、あなた……近いうちに後悔しそうだから」

「……、まだ、何かあるのですか……シルヴィ――……」


リラがどれだけ自分を犠牲にしてジュリーのためだけに動いているのかというものを……彼だった彼女の内心を知ることなく、彼女の境遇と態度だけを知るゆえに好意的に解釈しすぎているシルヴィーという少女は、彼女が調べた「事実」というものを突きつける。


「ええ。 ……それはね。 この子。 あなたが結婚するあたりで。 まさにあなたが幸せを最も謳歌するでしょうその時期を図ったように……いえ、図っているからなのでしょうね……あなたの家そのものから離れるつもりなのよ。 南の方の国の、以前から縁のある家に。 公爵令嬢としての立場をも捨てるつもりのでしょう、あくまでただの平民として、使用人として働こうと。 ええ、……すべてを、せっかくに得た幸せを捨てるような真似をして。 そういう取引……契約を、仮にだけれどしようとしているのを掴んでいるわ」

「え……、ええっ!? それはほんとうなのですか!?」


下を向いて足が遅くなっていたジュリーは、それを聞くなりぐるりとシルヴィー……と、抱かれて幸せそうに眠っているリラの前に飛び出し、さらに詳細を聞こうと息を吸う。


……が、それをシルヴィーの声に遮られた。


「ちょっとちょっと、声大きいってっ、声っ。 この子が起きちゃうじゃない」

「あっ、……ごめんなさい」


「……ふぅ、これでも起きないのねぇ。 それで、これもまた事実よ。 この子のこれまでの境遇と、今の、あなたの妹としての立場があるからこそ静かにはしているんだけど。 ……リラを、急にあなたの家の勢力を伸ばしているという「たかが小娘」をおもしろくは思わない連中って、それなりにはいるのよ。 まったく、男も女も嫉妬っていうのは……じゃないわね、今は。 そういう訳だからさ、今はまだ目立った動きはないけれど、なにかの拍子に情勢が変わりでもしたらこの子を狙い撃ちしようって勢力が。 そういうときにこそ、元平民だとか、醜聞とも取れるあの事件とか……そういうものを利用して攻撃しようって企んでいるわけなの。 あなたの家と、この子個人、どちらを取るのか……って。 ……ああもう、これだから貴族ってのはホントめんどくさいったら……。 ………………………………。 ……だからこそ、自分から離れていこうとしているのでしょうね、この子は。 精いっぱいの恩義を返したあとは、さらなる迷惑をかけないようにって、こっそりと去ろうとして」





あー。


うあー。


知っちゃいたけど……ほんっとお貴族さまってめんどくさー。


ほんとにもー。


……いっちいちメンツを立ててやらにゃならんし、序列っていうか勢力順にきちんとごあいさつとか甘い蜜を振りまいておかないと、あっとゆーまに敵対してくるもんなぁ。


このへんが、ほんっとめんどくさい。


けど、そーゆーのを怠った結果が家族全滅の一因にもなったんだし、どーしよーもない家のひとつかふたつならまだしも、勢力ごと完全に敵に回すのは避けたいところ。


あー、政治が絡むと何でもかんでもやーな感じになっちゃうのはなんでだー。


だれか僕並みにあれこれ気が回る人を雇いたいくらいだ。


できれば僕みたいな、ふたつの人生持ってる人。


いないかな?


いないか。


そうでなくっても、有能な人はとっくにどっかの家とか領とか国で働いてるだろーし、引っこ抜くってなればそれはそれでまたくっそめんどくさいことになるからやだしなぁ。


だから僕がワンオペするしかないんだけど……黒光りさんのときの反省で、お金(おこづかい)の限りにあっちこっちにこれでもかってスパイさんを放ってなかったら、いつ前の二の舞になってもおかしくないもんなぁ……。


こんな純粋でいたいけな少女に、なんてひどいやつらだ。


どっからどー見ても、無垢でピュアでかわいらしい幼女だろーが。


虫も殺せない……いや、マジメに、ヘタすると叩き潰そうとしたら噛まれて痛い思いして損するのは僕だっけってのになりそうなんだもん。


あーあ、まったく……と、あ、そうだ。


ついでにジュリーさまとお父さまお母さまに対するめんどくさいのもてきとーにいなしておこうっと。


お家の平穏すなわちジュリーさまの幸せに繋がるからな。


ジュリーさま。


……そのときまでは、僕のいちばんとしてお仕えさせていただきます。


……………………………………………………………………………………。


それはそれとして。


ジュリーさまのお次のお嬢さま、最後にお会いしたのは僕の見た目よりも幼いときだったからまだまだ分からなかったけど。


……今はどんだけご成長なさっておっぱいが出てきたのか、ぜひぜひぜひともに調べておかねば。


だって10歳って言ったらもう成長期に入られていて、第二次性徴期に入られていて、つまりはつまりは、ジュリーさまみたく一部の発育が遅れてさえいなければ、今ごろはふにゅんふにゅんとした膨らみがおふたつ生えているはずなんだもんなぐへへへへへへへへ……。





「……ええ、そうよ。 これもあなたのためにって……貴族同士での対立なんかも、この子が裏でかなり潰しているわね。 あとは……そう、あなたに効きそうな治療法を今でも探し続けていたり、あなたが好きそうなものを集め続けていたり。 挙げればキリがないほど……なのに、この子自身が楽しむっていうのはなにひとつしていないの。 初めのころにあの執務をする部屋に必要なもの以外にはなにひとつとして望まず、もらったとしても無難に、適当な理由をつけて突き返して」


「………………………………………………………………、なぜ」


「………………………………」

「なぜ……なぜ、なのですっ! リラは、この子は、私に……そのようなことは、なにひとつっ! ええ、なにひとつとして言ってもくれなかったわ! そんなに辛いことをしているだなんて……自分を犠牲にしているだなんて、なにひとつとしてっ!」


声を……リラを起こさないようと、なんとか抑えつつ……けれども悲しみと怒りとやるせなさとがまぜこぜになっているジュリーは、震える。


「……それは、ジュリー。 あなたがいちばんに知っているでしょ?」

「…………ぐすっ……、私、が……?」


「ええ。 ――――――あなたが、好き。 ただ、それだけなのよ、きっと」


涙を拭ったジュリーが顔を上げる。


その視線の先は……幸せそうに眠っている少女の寝顔で。


「……自分が売られるっていうどん底。 聡いあの子ならきっと、その先のことまで分かってしまっていたでしょう、その先。 そこから、すんでのところで救い出してくれた王子さま……じゃなかったけれど、この子にとっては今でもきっとそんな存在の、あなた。 この子が動く理由は、必ずあなた絡みだから。 ……この世の誰よりも、いえ、リラ自身よりもあなたの方が大切だって、純粋に好きだっていう気持ちでいるからじゃないかしら?」

「………………………………。 リラ、が。 私のことを……」


「もっとも、ね? その想いが重すぎて……まあ仕方がないんでしょうけれど、体を壊しかけているのはいちどしっかり怒ってあげなきゃとは思っているけれど。 ともかく、そういうことよ。 私は……いろいろ調べた結果、私が、そう思うわ。 そんな想いでこの子が動くから、こんな短い期間であっという間に……あなたの領の人たちも口を揃えて、生活が変わってきているって言っているのだもの。 だからこそ、この子をほしがっている……こちらは純粋に、ね……ところは多いのよ」

「ええ、と。 それは、嫁入り先としての話ではなくて?」


「そ。 この子の……神童としての評判そのままの、今の智慧と力を欲して、よ。 けれどこの子は、絶対に応じないの。 どれだけの……お金や権力、領地どころか、他国の王に直接仕えるっていう光栄な提案でさえも、にべもなく。 調べていたときに思わず笑っちゃったわ、自分はジュリーっていうお嬢さまに仕えるのが使命な妹なので、だっていう文句で通し切っているのだから」


くすくす、と忍びながら笑うシルヴィーを前に、どう反応して良いのか分からずに……いくらか顔を赤くしつつうつむき、その先の寝顔を見つめ続けるジュリー。


「……はぁ、思い出してまた笑っちゃったわね。 で、分かったと思うけれど、この子、頭は、ばつぐんにいいわ。 でも、やっぱり私たちとおんなじ……同い年だものね、そんな女の子なのよ。 その気になればなんでもできるくらいの頭を持っていても、まだまだ乙女。 それも、恋する……と言ったら言い過ぎかしらね?」

「こっ、……恋っ!?」


「んぅ………………………………」


恋、という単語にジュリーが思わずシルヴィーの腕に抱きついて揺れた拍子にリラがもぞもぞと動き、ぴたっと息を潜めるふたり。


「………………………………、すぅ……」


「「………………………………ふぅ……」」


「……だから、この子。 ……自分のしあわせっていうものがまだ分かっていないの。 だから、恋する乙女のように……あなたに助けてもらった、ただそれだけを生きがいにしちゃって……それしか見えなくなっているの。 ……さっきからだけど、これはあくまで私の感想。 だけれど、……これは私の考えすぎ……なのかしらね?」


もちろん考えすぎ……穿ちすぎ、リラのことを、純粋な目で見すぎ、なのだが。


それは、リラという煩悩にまみれた彼だった彼女だけが知っておいた方が、世界全体にとって……きっと、「しあわせ」なことなのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る