33話 え? ちょっと待って、なにもそんなにドシリアスにしないで、待ってお願い


ぜえぜえ、と肩で息をしているのは……先ほどからシルヴィーに話しかけられても意に介さずに、ただただ、リラという妹となった少女について、いかに献身的過ぎるものなのかを……さまざまな場面を再現しつつ話し続けていたジュリー。


もちろん、側で眠っている話の中心となっている少女を起こさないようにと小声ではあったものの……胸の話題をされたときのように、息つく暇もなく続けていた話が、話し尽くしてようやくに収まった様子だ。


「……ふぅ……、ごめんなさいね、シルヴィー。 私、つい気持ちが収まらなくて。 あら、これはどこかで」

「い、いえ、それはいいのだけれど……えっと。 さっきっからずっと尋ねているのだけれど、あーすぃ……ああもう言いにくいわね。 だからそれは何なのよ? わざわざあなたの体を洗うというのよりも、なんだか過激そうなものは?」


「過激? ……ええ、たしかにそうですわね。 あれはとても……そう、リラによるとあれは、痛気持ちいいという大変に体に良いものだということですが……これは後で教えますわ。 先ほどから言っていますように、この子が取引先の南方で教わってきたと言います、最先端の医療なのですって」

「そ、そうなの……? 家も南との取引があるのだけれど、そのような言葉は聞いた覚えがないのだけれども」





ああ、やっぱり最高。


いつの時代、どこの世界だって、遠く離れた未知の場所からもたらされたっていう摩訶不思議なものには誰しもが魅了されるんだ。


だから適当な事実と嘘とをまぜこぜにした架空の「南方」っていう世界のものだって言い張っちゃえば、そんでもって、盛っていたお薬を減らしたおかげで元気になられたように体感していらっしゃるジュリーさまならば。


こんな、ちょっと考えればおかしいなって思えるようなことだって……ジュリーさまだけじゃない、他のメイドさんたちとか、その人たちから報告を受けているはずのジュリーさまのお父さまやお母さまだって、そういう、明らかにセクハラまがいなことだって、治療の一環だって信じちゃうんだからうへへへへへへへ。


だからこうして今度は逆に……あ、なんか前世のある一場面が浮かび上がってきた、そうだ、リンパだ、だからリンパに沿って体中をくまなくまさぐるんだ、大丈夫、なぜだかは分からないけど、体の筋肉や神経や骨とかの知識がぶくぶく浮かび上がってくるんだ。


僕ってすごい。


前世ってすごい。


ありがと、前世の僕。


……ってわけで、だからこれは正真正銘きちんとした医療行為。


資格なんてこれっぽっちも無いけど、整体みたいなもんだから。


だからご安心くださいジュリーさま。


今日は少しばかり激しく行きますよ。


と、いうわけで。


ひととおり足ツボ的なものをして脱力されていらっしゃるもんだから、おみ足も軽く開かれていらっしゃるし。


すすっと、あくまでも自然にふとももの内側に入り込んで、オイルを塗りたくった手で、最初は足首、続けてふくらはぎ、そんでもって大切なふとももをじっくりねっとりと触って行って、それでそれで、いちばんリンパ、神経の通っている、集まっていらっしゃる大切な大切な付け根へ指を入り込ませて――――――――――――。





「……とにかく、この子は働きすぎよ。 あなたのお世話のすべてと、あなたのお家の手伝い……なんてものじゃないわね、財務と運営と折衝の多くと。 あなたの治療と予後の経過観察と、そして何よりも………………………………あなたがアルベール王子のところに嫁ぐまでの。 安全に、正室としての地位を固めるっていう道筋を作って。 それを、あなたの所へ引き取られてから……ええ、文字通りに休みなしに、こうしても夜中までし続けているのだから」

「――――――――――――………………………………」


はっきりと、現状を……話の渦中の、すぐそばで小声とはいえ話し合い、しかもそのふたりから無意識に髪の毛を撫でたりされているにも関わらず、一向に目を覚ますことのない……その体力のなさと、ここ数日の忙しさとで限界に来ていたために深い眠りに落ちているリラを見つめるふたり。


彼だった彼女が、一体どんな気持ちでそれをしていたのかを知ることは……おそらく、決してないだろう。


なぜならその彼女は、今までどれだけのセクハラをどれだけの女性に働いてきても……誰一人として気づかせないほどの演技力を身につけているのだから。


沈黙は金なり、を座右の銘としている彼女になってしまった彼は、見た目を武器に、沈黙を防具にして正に無敵。


ゆえに、誰しもが騙される。


その外見通りの……どう見ても愛くるしい幼い少女としか見えない、その見た目に相応しい健気でかわいい少女として。


……もっとも、意識の中では、それはそれはもう……この世界の大半の男性でさえドン引きするような妄想しかしていない存在なのだが。


あと、同性な体を武器に、それはもうセクハラをしない日は無いくらいなのだが。


「………………………………実はね? 昨日、いえ、おとといなのね……で、私。 頼んでいた子に起こしてもらって、そんでもって……寝ているあなたをそのままにして、ここに来たの。 家で掴んでいた情報が、ほんとうに正しいのかって、確かめるために」

「シルヴィー……。 それで遅かったのですか? おととい家に来るのが」


「そう。 ……ごめんなさい、またあなたにとっては腹立たしいかもしれないことを言うけれど。 この子のことがふと気になって、最近になってもっと詳しく調べて……この子がほんとうに何でもやっているって、常人ばなれしたことをたったひとりで。 今はもっと……ずっと、ひとりの女の子が背負うにはあまりにもな量の仕事をしているって、知ってから。 私のお父さまに伝えて……もちろんあなたのお父さまにも前もって知らせて了解を得ていたわよ? ……そして万が一のことがあるって言ったら、しぶしぶだけれど認めてくださったわ。 それで、あなたの家に新人の使用人として何人かを。 この子のことや家族と接点があった町の、いたるところにも何十人かを派遣して。 ……おととい来たのは、その報告を受けてからだったの。 それがぜーんぶ終わったのが、おとといのお昼前。 私は、そこから馬を替えながらこちらに来たわ」

「………………………………………………………………」


「私はね? 心配だったの。 ジュリー、あなたのことが。 それに、リラのことも、信じたくて。 ……この子が、幼い頃から……商家としては普通の教育しか受けていないはずのこの子が、10にもならない頃からすでに町じゅうで天才だと有名だったって言うこの子が。 あの極悪商人にひどい目に遭わされるっていう……家族を皆殺しにされるっていうことそのものが。 何かしらの手を使ってかわいそうな自分を助けに来るだろう公爵令嬢であるあなたの行動を見越して……取り入るために全てを仕組んだのではないかと。 そういう風に思ってしまったの。 ………………………………そんなはずはないのにね」


むに、と前髪だけ短く、それ以外の部分の髪の毛は……おめかしさえしたら、令嬢にふさわしいドレスとリボンと、立ち振る舞いさえ身につけたなら……義理ではなく、ほんとうにジュリーという公爵令嬢の妹として見られてもおかしくはない、顔も髪の色も毛質もなにもかも違ったとしても、それでも数歳違いの妹だとしか見られないだろうリラという小さな少女のほっぺたをつまむシルヴィー。


そんなことをされても……もし彼女が起きていたらきっと、女王様風の銀髪の少女からつねられたと歓喜するだろう扱いを受けてもなお、すやすやと眠り続けるリラ。


そんな彼女を、指を離して……離すのをやめて、ぷにぷにと触るだけになったシルヴィーは、独白を続ける。


「……ええ、知っていたわ。 この子に裏がある証拠なんて、どこにもないんだって。 この子は正真正銘の不幸に襲われたいちばんの被害者なんだって。 ………………………………ほんとうにかわいそうな子なんだって。 だけど、欲しかったの。 あなたと会うついでに、あなたに必ず寄り添って……絶対に目だけは離さないの。 なるべくあなたと手を繋ぐか、あなたの腰にまとわりついているか、それとも物悲しげに袖を掴んでいるかしている、どう見ても健気で痛々しいほどにかわいらしいこの子が。 話していてわかるの。 この子がいかにあなたを大事に思っているかって。 それと同時に、この子がいかに頭のいい子なのかって。 私の知らない知識を、当たり前のように持っているのかって。 それで、話していてとても楽しい……あなたのついでてなくても会いたいって思える、友だち、を。 その友だちが、もうひとりの友だちを裏切って、家を乗っ取ろうとしていないという証拠が、どうしても欲しかったから。 ………………………………ごめんなさいね、何回も言うけれど。 こんなことをして。 それで、こんなに話が長くなって、ね」


はー、やーっと言い切ったっ……と、シルヴィーはぼすっとベッドに体を投げ出す。


1回、2回、3回と体が大きく跳ねて……ついでにこれもまた、もしも彼女が起きていてその姿を見ていたとしたらまたまた歓喜しただろう、その胸についている大きなふたつをも跳ねさせながら。

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