28話 僕はもちろん幸せ。 この上なく……いえ、お体を洗わせていただければさらに


シルヴィーさまに唐突に尋ねられた。


僕は「幸せ」か、どうか。


それはとても抽象的な概念だ。


それは、哲学的な範囲に入っている気がする。


……………………けど、まぁ。


いろいろあったけど、今の僕の現状を表すんだったら、ものすごく。


「幸せ、です」

「………………………………、そう……ありがと」


もちろん幸せだ。


うん。


………………………………。


………………………………?


なんだかびみょーな顔していらっしゃるシルヴィーさまを見上げるけど、それよりも南半球に視線が吸い寄せられそうになって、本能とのせめぎ合いに勝つ。


うむ。


幸せ。


やっぱり僕は、これ以上なく幸せだ。


まちがいない。


だって今の僕にはジュリーさまっていうすばらしいお方がいらっしゃって、おはようからおやすみまでお世話をさせてくださって、あとついでにお体も触りたい放題なんだし。


「………………………………ならいいわ。 ついでに聞くけどジュリーもかしら?」


「そうですわね。 少し前……、そう。 リラが家に来たのって、ほんとうに、たったの少しだけ前なのですよね。 私は、……それまでとはちがって、今はもう何でも好きにさせてもらえるのだから、幸せ、よ? ……もっとも、そのせいで、一時期はほんとうにやることがなくなってしまって、困っていたくらいですけれど。 今日みたいに……こうして好きに出歩くというわがままを言ったりしたしても、もう教師の方々から強いお叱りを受けたりはしないですし」


まぶしい。


ジュリーさまのはにかみながらの照れ照れな、青春って感じのお返事で僕は天国に召されてしまいそうだ。


そうか、ジュリーさまは僕を天に導く天使さまであって、その先の女神さま。


「ええと……これは少し恥ずかしいのですけれど、せっかくですから言ってしまいますね。 ……それにリラやシルヴィーという同い年のお友だちまで……いえ、親友、というものができて。 他にも、今まで顔だけは知っていたけれど……かつてリラが言っていたものをそのまま言うのであれば、表面上の付き合いしかしてこなくて。 それで、私が次の1歩を踏み出せなくて……そういう方々ともお友だちに、なれたんですもの。 今の生活が幸せじゃないなどということなんてできませんわ。 ええ、……ほんとうに。 前とは比べられないほどに」


「……あなたって、そういうこと、恥ずかしいとかいう割には平然と……ま、いいわ。 私も、……リラに紹介されて初めてあなたと会ったときには、ほんと。 なんだかどこにでもよくいるような中身のないつまらないお嬢様って感じの子だったけれど、でも、いつのまにかそこまで言うようになっていたなんてね。 ………………………………それもこれも、この私のおかげよ? あなたに、もっと気楽に過ごしてもいいんだって教えたげたの、私なんだもの。 だからもっと褒め称えなさい?」


[ええ、シルヴィーはすばらしいお友だちです。 私よりも立派で、頼りがいのある」


「…………………………はぁ。 どこかずれているのは、相変わらずなのよねぇ……」


百合の花が咲いている。


咲き誇っている。


咲き乱れている。


僕の頭上で。


……ああ、ここに録画装置が存在しないのが、こうまで悲しいものだとは。


夕日になり始めている光でごまかされかけるけど、シルヴィーさまのお顔は赤みを帯びている。


「……ねえジュリー? 今度から、そういうことはもう少し控えめに言いなさいよ? この話題を振ってしまった私も悪かったけれど。 恥ずかしいとか言いつつこっぱずかしいこと平気で言うんだから。 ……でも、その調子なら。 ヘタにまじめさんのまんまお嫁に行った先の王家で、いろんな人たちに振り回されたりしないんじゃないかしら。 アルベール王子と結婚した先だって、あなたの楽しいようにやっていけるんじゃないかって思うの。 言いたいことは言って、伝えたいことは伝えて。 今までのあなたに足りなかった部分を、このちんまいリラが補ってくれたんだから、ね? 適度に手ぇ抜いて、文句も言って、多少ワガママだからーって、大目に見てもらえるようにして。 前のように、「嫌なものまみれなジュリーお嬢さま」にはならないように」


「………………………………ええ。 もう大丈夫ですわ、シルヴィー。 今の私なら……、そう。 もう、大丈夫なの」


おふたりとも、顔がけっこうに赤くなられて、目も潤んでいる。


あああ僕の目の前には究極の百合の花園が展開されている。


ついでに言えば、誰もが夢見る感じな青春だ。


だっておふたりともJKさまなんだもんな。


………………………………あ、いちおう僕もだけど……僕は、まあ、ほら、男だから、偽JKなんだから、それは置いといて。


青春。


おとなになってから思い出すと恥ずかしくなってのた打ち回りたくなって夜な夜な後悔するものなんだけど、だけど……それをしないで行くとなんだか空っぽになっちゃうくらいにはとっても大切なやつ。


今世の僕的にはそういうものは経験してこなかったからあれだけど。


前世なんて猫のことしか覚えてないし。


まぁ、そういうものだけど……今シルヴィーさまがおっしゃったように、ジュリーさまが今みたいな恥ずかしいセリフを口にできるほどまでにメンタルをケアできたっていうのは、がんばった甲斐があったって誇ってもいいだろう。


いいよね?


最初会ったときみたいに凛々しくってお仕事はバリバリできて、……そういうジュリーさまもよかったけど。


………………………………でも、やっぱり。


うん。


好きな女の子には好きなように生きてもらいたいもんだから。


その、好きなように生きるっていうもののためにも、ある程度の経験とか知識とか、友だちとか、そういうものが大切なんだし。


あとは、ぼーっとする時間も、な。


僕ができたのはしょせん、ただのメンタルケアと環境を整えただけなんだ。


その中からご自分のしたいことを見つけることができたのは、もとから女神さまゆえのこと。


ご自身が、もともと持っていて、けれども邪魔されて出せなかっただけのこと。


だから僕は大したことはしていないんだ。


………………………………………………………………………………………………。


……だ、だけど、少しはがんばったんだから、こんど、ご褒美が欲しい。


たとえば、こんどからおふたりがお泊り会されるときには僕もがんばって時間を調節して。


んで、広いベッドでいつもおふたりからの抱き枕にされるみたいな?


成長されたものと成長途中のふにふにに挟まれる夜っていうものを所望してみたいなぁ、それももっとすっけすけのを着てもらって、くっついてると安心できるからって理由つけて狭いベッドでうへ、うへへへへへ……。





と。


ところも時間も変わって。


今はすっかり遅くなって……夜のお食事も大切な大切なおふろタイムも、すけすけパジャマに着替えられたあとのパジャマパーティーもたけなわになって。


テンションが上がりきったあとの眠気っていうのが襲ってきたらしい、そんなジュリーさまが、ふぅっと口を開かれる。


「シルヴィー……私、もう眠くなってきてしまったきてしまったわ。 いつもよりもずっと早いのに、おかしいわですわねぇ……。 ……ぅー、久しぶりに外で丸1日過ごしたからでしょうかぁ。 ねぇ、シルヴィ――……」

「そうね、疲れているものね。 それにあなたのお父さまったら、これでもかって珍しいワイン出してくださって、お互いについ飲み過ぎてしまったのもあるでしょうけれども、ねぇ……ふぁ」


ジュリーさまのおねむでかわいらしいお声を発せられたお口を眺め、視線をその先にある……大きいものおふたつの上にあるお顔に映してみる。


長い銀色の髪の毛をしゃらんと流しているいらっしゃるシルヴィーさまを。


シルヴィーさまを堪能して、お次は金色の髪の毛をもぞもぞと触られているジュリーさまを。


ジュリーさまはさっきっからなに聞かれても生返事をしていらっしゃる……これまた相当におねむで。


っていうか、なんか……ほっぺも赤くて目もとろんってしていらっしゃって、もんのすごく色っぽいんだけど?


ジュリーさまにはまだ芽生えていらっしゃらないような、そんな色気っていうものがぶわっと振りまかれている。


……残念ながら僕もまた、ジュリーさま同様に目覚めていないから……頭の中はもうはち切れんばかりなのに、世界というのはかくも残酷なんだ……だから反応できないけれど、ともかく眼福眼福。


「ジュリーさま、シルヴィーさま。 もうお休みになられますか」

「くぁ――……。 ………………………………え、ええ、そうしたいですね。 少し早いですけれども。 シルヴィーはどうしますか」


「それなら私も寝ようかしら。 今日も一緒に寝るんでしょう?」

「もちろん、よぅ………………………………」


うむ。


仲睦まじい感じで大変によろしい。


「かしこまりました。 それではジュリーさま? 今のうちに歯磨きとお薬とお手洗いをば」

「はーい……」


眠いときのジュリーさまは、それはそれはかわいらしい。


いつもよりももっと素直になられて、しかも今日は楽しんでさんざんに体を動かされて疲れたあとで。


さらにさらにお酒が入った後で、頭がろくに働いていないご様子。


お背中を押してベッドから立たせて差し上げて、引っ張って行くどさくさに紛れてお体のあちこちも触ったけど、ぜんっぜん気が付いていらっしゃらないみたいだし。


「あら、そうそう、そういえばリラ」

「どうかされましたかシルヴィーさま」


「今日も一緒に寝てくれないの? あなたって小さいから、抱き心地もまたとっても良さそうなのに」

「それは大変に嬉しいのですが、それではシルヴィーさまがお腹を冷やしてしまいます。 なぜなら僕は体温低いですゆえ」


「あら残念、フラれちゃったわ」

「面目ありません。 ですがいつか、必ずや」


……ほんとはただ時間がないだけだったりする。


それに、シルヴィーさまからサンドイッチのご提案をしてくださっているのには天啓を感じざるを得ない。


ごほうびをあちらからどうぞ?って差し出されているのに辞退せねばならないこの身が辛い。


憎い。


けど悲しいかな、夜は大抵お仕事が溜まっているもんだから、今日もまた残業なのだ。


ほんっとうに、ものすごーく、ひっじょーにもったいないし、なにより……悲しい。


だけど、さっさと進めとかないとだからなぁ……うあ――……。

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