8話 黒おっさんと威圧と後悔と


「あのー、ところでですねぇー?」

「ひうっ!?」


ぬぼっと、僕の真ん前まで来ていて……上から見下ろしてくる形になっていたおっさんの声にびびって、変な声が出た。


真っ赤な光を遮る、真っ黒。


「……………………神童とは言えど、やはりガキはガキか。 女だしな」


………………………………………………………………ん?


「……うおっほん、済みませんリラさま、クシャミを我慢しまして、変な声が出てしまったのですよ、お忘れください?」

「え、えっと………………………………、はい。 それで、それは……僕の家にあった物は、今どちらで預かって」


「………………………………ところでですねぇリラさま!!」

「んひっ!?」


急に大声上げだしたおっさんにさらにびびって、また変な声が出た。


というかこの人、なんで急に……さっきまで優しげな声……いえ、あれはどっちかっていうと、猫なで声的な………………………………?


「非常に大変にものすごくですね言いにくいのですけれども、なにせリラさまは先ほどまでご家族いえ使用人のまでをも同じ墓地にお飾りになるという実に実に慈悲深いことをなされていたのですから! ああそれでですねそのようなわけですから誠に申し訳ないのですがしかしわたくしたちもまた商売で生計を立てている一族ですのでそれはリラさまもよぉーくご存知のはずなのですが!」

「は、はい、ですけどもすこしゆっくり」


「ですから約束というものは非常に大切に思っているわけですはい」

「それは分かります、家も信用で成り立っていましたから、それは」


真上からまくし立てられるとどーしようもない。


せめて、なんとか口を挟んで……とも思ったけど、おっさんの息は止まらなくって。


パチパチと……ガラッと近くの家の屋根が崩れ落ちる音にも負けないようにとか、いっそうにうるさく黒いおっさんは話しかけて来る。


「約束は理解しています。 ところでその、家から出していただいたものは」


「そ・れ・でぇ!! ……それなんですかねリラさま先ほどから申していますように大っ変にお伝えしづらいのですがこれらをご覧いただけますでしょうか今この場で暗くはありますが、ええ、ちょうど火の加減もいーいですから文字もはっきりとお読みになれるでしょうからねぇ!!」

「………………………………………………………………」


そう言いながら腹の出たおっさんが手渡してきたものは何十通もの証文の写しだった。


読めるように、って言っていたように、おっさんがどいて、そんで僕が後ろを向くと……悲しいくらいに字が、ろうそくよりもはっきりと、くっきりと………………………………読めてしまう。


読めちゃうんだ。


たくさんの家の物が、……ひょっとしたら誰かも、が、燃えている火のおかげで。


………………………………………………………………。


頭がはてなでいっぱいな僕。


だけど、この状況、読めと言われたならば読むしかない。


なにせ、持ち出してくれた……、いや、持ち出された荷物は、僕の……父さんたちの、産みの母さんの、父さんの代理を始めていた兄さんたちの、大切なものなんだから。


家が燃えているのをちらっと見つつも、密かに周りの武装した人たちを……あ、これ傭兵さんたちだな、それもかなりいい装備と規律から、1カ所で、そう、この黒いおっさんのとこで雇われてる……なんて思いながら、武器が構えられてるのが目に入ったからしょうがなく、読む。


………………………………………………………………。


………………………………………………………………。


………………………………………………なんだ、これは。


1枚、また1枚とめくっても、その内容はどれも父さんや兄さんたちが、事業を大幅に拡大して隣国にまで支店を増やすっていう目的の元に……膨大な借金をしていたっていうもの。


いや、借金じゃない。


これは、にせものだ。


ついでのように、金額を増やすためにって、後付けのように……買ってもいないだろうたくさんの商品のツケとか、事業に一枚噛んだということになっているときに書いたということになっているものとか。


………………………………僕の記憶にも、父さんたちが黒おっさんと進んで取引したって話していた場面はないし、絶対にありえない。


……そんな感じの商売の記録とか、抵当に入れていたものとか……。


はっきり言って、今の僕には理解できない文字と数字が並べ立てられていた。





「そういうわけなのですよリラさまお若い……今でも幼、お若いのにもかかわらず聡明なリラさまならあなたのお父さま以上に私たちの間では有望視されていらっしゃるリラさまならお分かりでしょう! 私たちはあなたのお父さまの、いえ、もうあなたのお家ですね、にはそれだけの価値を見出しておりまして」

「すみません、今僕少し動転していて、あの、さっきまでお葬式だったんです、父たちを見送ったばかりなんです、なのでこの詳細はどこかでひと晩を過ごしてからにでも」


「申ーし訳ないのですリラさま私たちも手持ちに余裕があるわけではなくってですねぇ、それもどうしてもと言われるので仕方なく昔からのよしみで特別にお貸ししたものなのですよぉ!!」


そう言いながら、……しびれを切らしてきたのか声も荒くなってきて、取り繕うのが精いっぱいって感じになってきた黒おっさんは、僕の目の前に立つとぶっとい指で、ちょうど読んでいた文面に並ぶ数字をとすとすと叩く。


………………………………そこは、ちょうど、日付が。


「なのですよリラさま、ですので私たちもそのお金が必要なのです、お父さまから近日中に返していただけるからと無理をしてまでお貸しした、大切な資金なのです! けれどもたいっへんにご不幸なことにリラさまのお父さま方は亡くなってしまわれました、ですので私たちは暫定的に当主になられたっ、少なくとも私たちはそう理解しておりますっ、そのリラさまからその代金をぉっ、権利をぉっ!!! ………………………………はぁ――……失礼、いただかなければならないのです」


「待ってくださいっ、……いえ、あの、とにかく、家の物を運び出して頂いたお礼は必ず、します。 こちらの証文の内容についても、2日3日のうちに検討して、すぐに遂行できるもの、そうでないもの……後に回せるものはないかを検討します。 ですから、今すぐにでなく……少しだけ時間をっ」


「リラさま」


そう凄んでくるおっさんの後ろには、剣とかを構えた……かなり良質のだからきっと手練れってやつなんだろうな、顔つきも強い人たちだし……が並ぶ。


ちゃき、と、金属音が響く。


周りで見守ったり声を上げてくれていた人たちも、………………………………静かになる。


………………………………………………………………。


そんくらいされたら、僕だって、この状況がどんなものなのかっていうことは。


「リラさまぁ? ………………………………私の意図を汲み取っていただけましたようで。 さすがは聡明な方と評判ですなぁ? ……私たちは、武力には頼りたくないのですよぉ、無駄な口止め、おっと、これ以上の人死にを出したくはないのでねぇ……これは、あくまで、圧力、として働いてもらっているだけですからねぇ」


その後ろで大きな音がして、見上げると……家が、崩れていた。


3階から2階へ、……………………………………そして、1階へ。


がらがらと、火の勢いのせいか、はたまた古くてレンガをつなぎ止めているのが緩くなっていた場所があったのか。


それは分からないけれど、でも、………………………………もう。


ぼう、と、いっそうの火の手が上がる。


火の粉がここまで降ってくる。


暑い。


熱い。


「ああー、残念ですなぁリラさま。 おかわいそうなリラさま。 ……このとおり、今のリラさまには残された物……ああ失礼、いくらかの者も残ってしまっていましたな……以外、何もありません。 いやはや、実に残念ですなぁ、おかわいそうですなぁ! ………………………………ですから!! まだ子供でいらっしゃり、拠点を失われたリラさまには信用というものがございませんので。 ですので私としてはできるのであれば、互いの合意の上、で! そこに書かれている内容を、今すぐに、ここで、実行していただきたいのです。 ………………………………どうですかな? リラさま。 私からの、家事から辛うじて文物や装飾品だけは救出させていただきました、私からのご提案は」


しゃがもうとして……お腹が邪魔だったらしく、しょうがなく上から覆いかぶさるようにして僕の顔を覗き込んでくるおっさん。


………………………………そうか。


そういうことか。


そうだな。


そういうことだよな。


平和な暮らししかしてこなかったから、そんな悪意は……悪意ですらない悪意にも目をつけられたことなんて、なかったもんだから、思いたくなかった、だけなんだけど。


火事が起きてすぐに……いや、火事が起きる前に僕の家に上がり込んで。


おそらくめぼしいものをぜんぶ引き上げて……僕が把握していないだろう物とかはこっそりしまっているだろうな……この人は、黒おっさんは、初めから計算ずくで。


僕がお葬式のために、家族のためにって、他の人のためにもって、使用人の人たちをまとめて連れて街を離れたこのタイミングを狙って。


家族ぐるみの付き合いだからって、使用人の人たちもみんなで出払っていた、あの瞬間に。


僕の家に入り込んで、すべて巻き上げて、その上で……この瞬間のために、この地区自体に火をつけて。


そしてこうやって迫って……たぶん財産と情報を片手に、後で文句を言えなくするために、こんな大声で、街中で、みんなの前で……こんなことを言っているんだ。


つまり僕は、いや、家は、ハメられたんだ。


火事っていう、起きるときには起きるもんだし、燃え尽きちゃったら証拠もなんにも残らない、この時代の、………………………………。


………………………………………………………………、いや。


ひょっとしたら。


………………………………病気で、さえ。


だってこの病気は、今はこの地区でいちばんに流行っているんだから。


流行り始めはかなり離れた地区だったのに。


………………………………………………………………、そうか、僕は。


なら。


そんな悪意に目をつけられちゃったんだったら、しょうがない、かぁ。


………………………………思い至るのが、遅かったんだ。


急に羽振りがよくなって……稼ぎ始めた僕っていう存在。


そんな僕が、僕の家が、同業者のおっさんたちの目について……、稼ぎすぎたから。


狙われるほどに、こんな大それたことをするくらいには、大きくなりすぎたんだ。


………………………………………………………………。


そう、か。


僕は、間接的ではあるけれど、今世の家族の人たちを、知り合いを。


殺してしまったんだ 。





………………………………ってな感じに思い詰めかけたっていうのに。


……あんれぇ………………………………??


あの後のことはそんなに覚えていないけど、たしか生き残った他の使用人の人たちとも離されて、馬車に乗せられて……いくつか離れた町にある、僕の家よりもずっと大きな邸宅に連れてこられた。


………………………………そして。


あてがわれたのは、かつての僕の部屋よりもずっと高級なもので……女の子女の子な内装が気に入らないけど、それはともかく、貴重な絵とかがごろごろと飾られていて、お付きになったメイドさんたちも、みんな親切で。


黒おっさんの奥さんとか娘さんたちとかそのお友だちとかに囲まれて、ちやほやされて、なでくりまわされて。


………………………………………………………………え、ええっと……?


これ、どーゆーことなの??

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