第56話 山のような報酬が欲しい

 派手にやっていた魔法使いビビビ女も、打つ手をなくしたらしい。


--もぉ! なんなのよ!!


 そんな幻聴が聞こえてくる気がする。


「手詰まりか……」


「そうみたいですね。どうしますか?」


「……どうしようか」


 護衛としての正解は、王女メリアを連れて街に帰る、だよな。


 もちろん、それでもいいんだけど、


「光ってた、ってヤツ。ちょっと調べて見るか」


「えっと……? あのスライムに近付く、って事ですか?」


「そういうこと」


 見ていた限りだけど、食われた人間はいないんだよな。


 いまも 騎士や兵士たちが周囲を取り囲んでいるけど、スライムは見向きもしてないし。


 お前等、食い応えなさそう。


 そんな感じだ。


「もしかしたら、何かの糸口が見つかるかも知れないからな」


 もし見付かったら、褒美ガッポリ。


 肉やフルーツ、魚からパンまで食い放題だ。


「ってことで、彩葉も来てくれるか?」


「ういういー! いい意味で目立って、アピールしなきゃだもんね!」


「そーゆーこと」


 まぁ、無理はしないけどな。


 死にたくないし。


「ん?」


 ふと、上着の裾が後ろに引かれ、メリアの指先が摘まんでいた。


 周囲にはビビビ女が残していった護衛がいるけど、人が減るのが不安なのだろう。


「危険物の排除も 護衛の仕事だからな。大丈夫、さっきと一緒だ。すぐに帰ってくるよ」


「……必ずですよ?」


「もちろん」


 美味い物は積極的に狙うけど、無理はしない。


 それが俺の旗印だからな。


「……わかりました。御武運を御祈り致します」


 雇い主の許可が出たらしい。


「お兄さま。馬は乗れますでしょうか?」


「馬? まぁ、並足なみあし程度なら出来るが?」


「わかりました。アンナ、お願い出来るかしら?」


「承知致しました」


 その上で、馬まで貸してくれるっぽいな。


 リリも彩葉も、乗馬の経験ないらしくて、結局は3人で1頭の背に跨がった。


 俺の腕の中にリリが居て、背中に彩葉が抱き付くような感じだ。


「ねぇねぇ。リュックのない私って、いらなくない?」


「あん? そんなことないさ。万が一の時は、盾の補修とか頼むかも知れないし」


「……なるほど、なるほど」


「それにあれだ。知恵や観察眼は、多い方がいいしな」


「……そっか、そっちも評価してくれるんだ。……うん、りょーかい! がんばるよ!」


「おう」


 そんな事を話しながら、馬の鼻を巨大なスライムに向けて走らせた。



 近付けば近付くほど、スライムの大きさが嫌というほど伝わってくる。


 見上げる首が痛くなるほどの圧倒的な存在感。


 それを肌で感じながら、兵士や騎士たちの隙間を縫って、さらに近付いて行った。


「!! 動き出したか!」


 次の狙いもやっぱ隣の天幕みたいだな。


 どうやらころころ転がって移動しているらしく、進路上の人々が、天幕の裏手へと待避していた。


 その中に、あのビビビ女の姿もあるらしい。


「何なのよもぉ!! 私がビ--、ド----ンってやってるんだから、死になさいよね!!」


 姿はみえないけど、そんな声が聞こえていた。


「〈森羅万象を司る神々の教えを乞いて願うは……〉」


 朗々とした彼女の声が周囲に流れて、矢の形をした火が宙に浮く。


「はい、チュドー……、だから、なんで消えちゃうのよ!!」


 今回は貫通力を高めたけどダメだった。そんな感じだな。


 そうして空に目を向けていると、不意にリリの体が横を向く。


「ご主人様! あれです! 見えますか!?」


「ん?」


 指差した先にあるのは、スライムの側面。


 ぷるぷるとした体の表面に、なにやら、青い玉のような物が見えた。


 スライムの色と同化していて見え難いけど、見覚えがある星の模様が入っている。


「なるほど、……ビビビだな」


 赤い槍の根元から出て来た物と同じ物に見える。


 これで無関係はさすがにないだろう。


「近付くぞ?」


「わかりました!」

「りょーかーい」


 彩葉がぎゅっと力を入れた感触を腹周りに感じながら、馬を飛ばしていく。


「悪い。王女命令だ」


「!! お通りください!」


「悪いな」


 最前線を囲っていた兵士にも道を開けて貰って、さらに前へ。


 目と鼻の先にスライムの体があるのに、馬はただ俺の言うことだけを聞いてくれる。


 さすが、王族が持つ馬は違うねぇ。


 そんな事を思いながら、馬の腹を横に向けて、スライムと平行に並ばせた。


「光ってたのってこれか?」


「はいです!」


 ここまで近付いても光りなんて見えないけど、俺の中にある魔力が、妙にざわついている。


 なんだろう。


 リリや彩葉を占おうとした時の、あのざわめきに似た物だ。


 それに、彩葉に借りた透明なナイフからも、妙なざわつきを覚える。


「リリ、彩葉。ちょっと頼む」


 そう言葉にしながら手綱を彩葉に握らせた。


「ぇ……!? ちょっと お兄さん!? 私、馬は扱えないって--」


 驚くような声をあげる彩葉を後目に、懐からナイフを取り出して、先端を石に向けた。


 それだけで爆弾のざわめきが強くなる。


 軽く目を閉じると、あの時と同じように、細長い迷路が目の前に浮かんで見えた。



 占いの時と同じように、細い魔力を奥へ奥へと進ませていく。


 徐々に細くなる道も、占いと変わらない。


 そうして迷路を抜けた先、


「ん……? これは?」


 大きな部屋の中央に、なにやら青い石が浮かんでいた。


 トクン、トクンと、その石が心臓のように脈打っている。


 そして気が付げば、細い糸だった魔力が、彩葉に借りたナイフの形に変わっていた。


「…………」


 どう考えても、やるべきことは1つだろう。


「リリ、彩葉。何が起きてもいいように、構えていろ」


 そう声だけ掛けて、青い石にナイフを差し込んだ。



 すべてが終わった後で聞いた話だが、俺が握ったナイフから、虹色の光が伸びていたらしい。


 頭上にも虹色の光の玉が浮かんで、それはそれは目立っていたそうだ。



「たっ、待避! 離れろ!!」


「うぇ!? 馬が勝手に進んでるけど!? 私何もしてないよ!?」


「カメさん、羊さん、クマさん、盾構え!! 絶対死んじゃダメなんだから!!」



 騒がしくなった周囲の声に目を開くと、ベッタリと伸び始めた巨大スライムの姿が見えていた。

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