第35話 受付嬢を占おう

「まぁ、なんだ。忠告はしたぜ? あとは、自分で考えろ」


 そう言って、ボンさんがなぜかドアの方に目を向ける。


 おもむろに立ち上がり、ドアの周囲を覗き見て、ガチャリと鍵をかけた。


「“占い師”の件だがな。鍛える気はあるか?」


「鍛える、ですか?」


「あぁ。今回の件の根っこは、お前の“占い”だ。未知を減らすのが得策。違うか?」


「いえ、その通りだと思います」


【ダン○○○に○○○仲間○○○会い○○○○。○木○○○○福と盾○○○○(26%)】


 憶測で埋めれそうな部分はそれらしい文字で補ったが、所詮は憶測でしかない。


 下の方に【福】の文字があるとは言っても、仲間の前にある3つの空欄に「最悪の」なんて文字が入れば、全体の印象がガラリと変わる。


 飯を食えなくなる、とか出て来たら最悪だ。


「悪いが、未知の“占い”だ。鍛え方なんて知らん。そこでだ。俺とルーセントを占う気はあるか?」


「いいんですか?」


「あぁ。ルーセントの合意は必要だが、あいつなら断らんだろ。無闇に使うのは論外だが、サンプルは多い方がいい」


「……わかりました。お願いします」


 そう言う事になった。


 ルーセントさんを呼び出してもらって、まずはボンさんを占う。


「……ダメですね。“占い師”が反応しません」


「やっぱ、そうか。俺の未来が見えるなら便利なんだがな」


 本心からガッカリしたように肩を落としたボンさんが、ゴツい体を揺らして横へとずれた。


 ルーセントさんが小さくお辞儀をして、目の前にある椅子に浅く腰掛ける。


 スカートの端が足に当たる感触に、少しだけドキリとしながら、彼女と向かいあった。


「すみません。ルーセントさんを巻き込んでしまって」


「いえ、お気になさらないでください。私も楽しみですから」


 ふわりと微笑んだ彼女が、祈るように手を握る。


 ボンさんの時と同じポーズなのに、熊のような巨体とじゃずいぶんと違って見えるな。


「手に触れますね」


 包み込むように両手を重ねて、ルーセントさんの顔をぼんやりと見詰める。


 脳内で誰かが囁いて、胃のあたりが騒ぎ出す。


 やはり女性なら占えるらしい。


「ボンさん、結果はすぐに消えるので、なるべく早く書き記して貰えますか?」


「わかった。任せておけ」


 ワクワクを隠しきれない熊が、そこにいた。


 無防備に目を閉じるルーセントさんに向き直って、俺も目を閉じる。


「〈彼女の幸せな未来を ここに〉」


「!!!!」


「これは……」


 金色の文字が宙に浮かんで、初めて見る2人が目を奪われていた。


【○○○○○2枚○○○、○○○○朽○果○○。惨劇○○○○○○○巣○戻○○○○○死○待つ(27%)】


「……死!?」


「ちっ、面倒な事になりやがったな……」


 ボンさんが鳴らす鉛筆の音が、狭い部屋の中に渦巻いていく。


 やがて、カツカツと鳴っていた音が止み、ボンさんが紙と宙の文字を見比べた。


「ルーセント、しばらくはギルドの外に出るな。2枚って文字もあるから、枚数を数える業務からも外す。いいな?」


「かしこまりました。お手数をおかけします」


 深々と頭を下げたルーセントさんが、金色の文字をマジマジと見詰める。


 うっすらと消えていった空中から目をそらして、俺の方へと向き直った。


「十二分に気を付けさせていただきます」


 そのまま深々と頭を下げる。


 気丈に振る舞ってはいるが、眼鏡の奥にある瞳に、不安の色が浮かんで見えた。


「私はリリ様の方に戻りますね」


「……あぁ、適当に相手をしておいてくれ」


「畏まりました」


 重たい空気のまま、ガチャリとドアが閉じた。


 ルーセントさんの姿が見えなくなってから、ボンさんと紙を挟んで向かい合う。


「中盤に【惨劇】。最後に【死】か。思い当たる物もねぇな」


「すみません、厄介事を持ち込んで……」 


「いや、事前に知れて助かった。悪いんだが--」


「わかってます。一刻も早く文字数を増やしますよ」


 飯に関わらなくても、知り合いの【死】は、さすがに見過ごせないからな。


 誰かが悲しんでる飯なんて、たとえ高級肉でも不味くなるし。


 最重要だろ。


 占い方は、リリにも手伝って貰って模索するしかないな。


 ボンさんの言う通り、サンプルも増やすべきか。


「他の受付嬢の手伝いもお願い出来ますか? まずはルーセントさんの知り合いを中心に占いを--」


「いや、それは辞めた方がいい」


「え?」


「占うのは、ルーセントだけにしておけ。死の恐怖が先行して、収集が付かなくなる」


「…………」


 たしかにな。


 あなたは死ぬかも知れません。回避方法はわかりません。


 なんて言われたら、どう思うか。どんな行動に出るか。


 いい結果になるとは思えない。


 ボンさんの言う通りだな。


「すいません。浅はかでした」


「いや、俺が持ちかけた話しだ。すまない……」


「いえ……」


 悠長に構えていると、ルーセントさんの身が危ない。


 だからと言って、有効な手立も--


「占いを始める前に、おまえさんの魔力が暴れた。自覚はあるか?」


「え?」


 魔力?


「関係があるかはわからん。が、宙に浮く文字にも魔力の流れを感じたな」


 言われてみれば、腹の爆弾が小さくなっているような……。


 気のせいなような……。


「占いに魔力を使った? そう言うことですか?」


「確証はねぇが、無関係だとも思えねぇ。だがな、焦りは行動に出すなよ? 焦りは、部下に危険を及ぼすだけだ」


 目力を強めたボンさんが、真っ直ぐに俺の目を見詰めていた。

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