第28話 噂の女性

 男が遠ざかったタイミングを見て、リリの肩に回していた腕を離す。


「ごめんね、突然」


「いっ、いえ。大丈夫です」


「何となくなんだけど、断らないとダメな気がしたんだよね」


「……え?」


 不思議そうな顔をするリリを後目に、チラリと背後を流し見る。


 さっきまで話していた男が、今は別の誰かに話しかけて、手を左右に振られていた。


 次こそはおねしゃす!


 そんな声が聞こえて来そうな雰囲気で、勢い良く頭を下げている。


「気のせいだったのかな」


「何がですか?」


「いや、気にしなくていいよ。たぶん俺の勘違いだから」


「????」


 違和感はあるんだが、どうにも言葉に出来ないんだよな。


 何かがおかしい。


 そんな感じだった。


 不思議そうな顔をするリリの手を取って、先へと進んでいく。


 まだまだ戸惑いの色が多く見えるけど、宿の近くにいた頃よりは、手を繋ぐことにも慣れてくれたらしい。


 力加減だけに気を取られていたリリも、今は周囲を見るだけの余裕が生まれたようだ。


 だからこそ、気が付いたのだろう。


「ベッタリとしたリュックを持った人が、多いですね。皆さん、荷物持ちなんでしょうか?」


「!!!!」


 リリの言葉にハッと振り向いたけど、カップルの影に隠れて、男の姿は見えそうもない。


「ふつう、仕事道具であるリュックをどこかに放置するか?」


「……!!」


 リリもハッと振り向いたところを見ると、違和感に気が付いたのだろう。


 それに今思うと、


「荷物持ちが買える装備じゃなかったしな」


 1番の違和感はそれだろう。


 鉄の防具を整えてまで荷物持ちをするくらいなら、武器を買って西の森に行った方が稼げる。


 考え過ぎかも知れないが、関わらない方が良さそうだな。


「さすがは、ご主人様です。私なら案内を頼んじゃってました……」


「いや、たまたまだよ。リリに言われるまで、違和感の正体に気付かなかったし」


 なんにせよ、ボンさんに報告かな。


 あの人が知らないとも思えないけど、言わないと後々面倒になりそうな気がする。


「そうは言っても、案内は欲しいよな」


「そうですね。ダンジョンは特殊な場所、って聞きますし」


「だよな……」


 田舎の村の周囲にも、ダンジョンが出来たことはあったけど、軍や冒険者が討伐に来て終わりだ。


 中に入ったことがあるヤツも、村にはいなかった。


 ドラゴンがいて、床を踏むと天井が落ちてくる。


 なんて、嘘がどうかもわからない噂話を聞くくらいだ。


「せっかくなら入って稼ごうか、とも思ったけど。危険そうなら、このままデートして帰っても良いしな」


 そう言葉にしながら、ふと感じた違和感に振り返る。


「!!」


 いつの間にか、ボロボロのローブを頭からすっぽりと被った人物が、背後に立っていた。


 慌てて拳を構えると、そいつが少しだけ距離をとる。


「にゃはは、見つかっちゃったかぁ。お兄さん、強いねー」


 女性の声?


 よく見ると、ぶかぶかのローブの下は、スカートらしい。


 足元も女性らしい綺麗なふくらはぎが見えていた。


 身長はリリよりも少し高いくらいか?


 ぶかぶかのローブを深く被っているせいで、顔の様子はわからない。


「いやぁ、脅かすつもりはなかったんだけどねー。ギルマスのお兄さんさぁ、私を雇う気ない?」


「……は?」


「案内役、探してるんでしょ? リュックもほら、おっきいのあるよ」


 ローブの中をゴソゴソと探った彼女が、継ぎ接ぎだらけのリュックを取り出して、片手で開いて見せる。

  

 顔を見られたくないらしくて、左手はずっとぶかぶかのローブの前を押さえていた。


「つまりは、なんだ? 荷物持ちの売り込みか?」


「正解! 3階までだけど、安いよー。すっごく お買い得で便利! 1000、ううん、500ルネンでいいから!」


 ……どうにも胡散臭い。


 顔も知らずに雇うなんて論外だろう。


 俺を守ろうとして、1歩前に出ていたリリも、不安そうに俺の顔を見上げていた。


「今日は彼女とデートだからさ」


 悪いけど、なんて言おうとした矢先、


--きゅるるるる。


 と、なにやら可愛らしい音がした。


 どうやら、目の前にいる女性のお腹が鳴いたらしい。


「にゃは、にゃははは……」


 両手がお腹に当てられて、恥ずかしそうに身をよじっているのが見えた。


 そんな時、リリの髪を舞い上げる強い風が、背後から吹き抜けていく。


「きゃっ……」


 手で押さえられていたぶかぶかのローブが風に流されて、濃い緑の瞳が見えた。


 肩にかかるふわりとした緑色の髪に、優しそうな口元。


 真新しい葉っぱの髪飾りが、耳元に添えられている。


「……やばっ!!」


 大慌てで髪を押さえた彼女が、ぶかぶかのフードで顔を覆い直していた。


 優しそうな顔立ちだったのに、なぜ隠す必要が?


 そう思ったのは俺だけらしい。


「ねぇ、いまのって、緑の女じゃない? 離れましょう」


「そ、そうだな。悪霊なんて嘘だと思うけど、一応な? 一応だぞ?」


「喋ったカップルは別れちゃうんでしょ? やだ! 絶対にやだ!」


「俺もやだな」


 そんな声が周囲から聞こえていた。


 人々が遠ざかる真ん中でマントを被った女性が、耳を押さえるようにうずくまっている。


「冒険者の人に通報するか?」


「そ、そうね。でも、悪霊でしょ? 大丈夫なのかしら?」


 どうにも、周囲の目が異常なほど怯えているように見える。


 悪霊に取り付かれた緑の女。


 悪い噂が絶えない荷物持ち。


 そう聞いたが、なぜ冒険者に無縁そうなカップルにまで避けられる?


(ご主人様。この方なんですが、おそらくはドライアド族と人間のハーフだと思います)


(ドライアド?)


(はい。エルフと同じ森の種族です。別名、樹木の花とか、樹木の精霊なんて呼ばれます)


 それがどうかしたのか?


 そう思った矢先、


【ダンジョンに 仲間 出会い 木 に 福と盾の を】


 【木】という文字が、頭の中を横切った。

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