第23話 肉を食うぜ!

 服が詰まった籠をタンスの側に置いて、食材を冷蔵庫に詰めていく。


「えっと、あの、ご主人様は、お休みになられてください。お片付けなら、私ひとりで--」


「いいよ、いいよ。2人でやった方が早いし。俺がやりたいだけだから」


 リリを信用してないんじゃなくて、高級肉を腐らせたとかになったら、死んでも死にきれない!


 肉は1秒でも早く!

 適切に保管しないと!!


 でもって、大切にしながら早めに食べないとな!!!!!


「なぁ、リリ。お昼なんだけど、肉でいいか?」


「はい、もちろんです。お肉に負けちゃうような腕ですが、ご満足頂けるように 精一杯 頑張りますね」


 ぺこりと頭を下げたリリが、ほんの少しだけ表情を強ばらせて、肉の塊に目を向ける。


「こっちは赤みが多いから、熟成用。こっちの子は、筋とお肉を分けて煮込みますね。今日は、この子でいいですか……?」


 そう小さく呟きながら、冷蔵庫に頭を突っ込んで、猫の尻尾を左右に揺らしていた。


 その仕草が可愛いのはいいんだけど、なんだ?


「リリって、料理出来るのか?」


「ひゃぅ……!!」


 ガツンと痛そうな音がして、リリが頭を押さえながら床にペタンと座った。


 そうとう痛かったのか、猫の耳がペタリと倒れ、目尻に涙が浮かんでいる。


「えっと、あの……。一応、ですが……」


「へぇー」


 なんと言うか、意外だな。


 本人には言えないけど、 “重歩兵”のスキルが邪魔でダメだと思ってた。


「あの、えっと……、料理が、ご主人様の息抜き、だったりしますか……?」


「それはないな。俺のは、生きるための必要最低限、って感じの料理だから」


 炙るか、まとめて煮込むか、そんなもんだ。


 それに、


「リリの手料理が食べれるのなら、嬉しい限りだよ」


 誰かが作った物を食べる機会なんてなかったからな。


 一緒に狩りをして俺に慣れたのもあるんだろうけど、『出来ます』、なんてリリが言うのもはじめてだと思うし。


 なにより、肉は上手なヤツが料理すべし!!


 それが、高級肉様に対する誠意だ!!!!


「昼飯、任せていいか?」


「はい! 精一杯 がんばります!!」


 なによりも、リリが今までで1番楽しそうに見えるしな。


 どう考えても、任せてしまうのが正解だろ。


「あっ、そうでした。ご主人様、ちょっとだけ待っていてください」


 とてとてと尻尾を揺らして駆けて出したリリが、服が入った籠をごそごそとひっくり返して、戻ってくる。


「待っている間にこれを」


 差し出されたのは、透明な玉。


 冒険ギルドで魔力の循環を勧められた時に借りたものと、良く似ていた。


 たしか、無属性の魔石だったよな?


 電気のスイッチや、冷蔵庫なんかに加工する手前のヤツだ。


「これもお洋服と一緒に、ルーセントさんから貰ったんです。持ち込んだスライムの中にあったけど、冒険者ギルドじゃ高値で買い取れないから、って」


「スライムの中に? これが?」


「はい。初期の魔石だって言ってました」


 本来は、長く生きた魔物が、より強くなるために作り出す力の源らしい。


 俺たちはそれを加工して、便利に使ってるんだとか。


「無属性は、魔法系のギルドなら高く買ってくれるらしいです。ですが、ご主人様の魔力を浄化するのに使う方が良い、って言われました」


 前回渡された物は人工で作った物で、今回の物は天然の採れたて。


 こっちの方がオススメらしい。


「了解。魔力を回しながら、ゆっくり待ってるよ」


「はい! お願いします!」


 ベッドに腰掛けた俺の手に透明な魔石を握らせて、リリがクルリと背を向ける。


「昼飯は2人とも同じものな? リリの方が極端に少ないとかもなしだからな?」


「えっ……? でも……」


「これは命令。拒否権もなし」


「……わかりました。ありがとうございます」


 深々と頭を下げたリリが、苦笑いを浮かべて、台所に向かって行った。


 案の定と言うべきか、俺の予想は当たっていたらしい。


「リリだって、食べたいだろうに。本当にいい子だよな」


 そんな事を思いながら、大きく息を吸い込んで、魔石を手のひらで優しく包み込む。


 あの時と同じ様に魔力を回しながら、周囲に目を向けると。


 可愛らしいエプロンを身に付けたリリの後ろ姿が見えていた。


「エプロンも部屋のヤツか?」


「はい。タンスの中に入ってました」


 どうやら、三角巾もあったらしい。


 小柄なリリには少しだけ大きいようだが、十二分に似合って見えた。


「料理は好きなのか?」


「そうですね。昔、お姉ちゃんに教えてからもらったんです」


 お姉ちゃん。


 そう聞こえた言葉に顔をあげたけど、


 チラリと見えたリリの横顔は、ほんの少しだけ寂しそうに見えた。


「血の繋がりもなくて、種族も違ったんですが、ご主人様みたいに素敵な人でした」


「そうなんだ」


 でした、か……。


 やはり彼女にも、いろいろとあったのだろう。


 ジュー、と音がして、肉の焼ける香りが漂ってくる。


「メイドになるなら、いいアピールになる、って、みんなの麦粥なんかも、作らせてもらえてたんです」


 元貴族だった奴隷なかまに誉められた事もあるんですよ?


 そう言った彼女が、慣れた手付きで ぴょこぴょこと動き回っていた。

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