第12話 部下の実力を

 ガサガサと揺れる音が、次第に大きくなっていく。


 やがて見えてきたのは、ゼリー状の丸い体。


「ぐりーん、すらいむ……」


「みたいだね」


 その丸くて透明な体の中に浮いていた大きな葉っぱが、じわじわと溶けてなくなるのが遠目にも見て取れた。


「リリ。アレは、買い取って貰えるのかな?」


「ひゃ、ひゃい! ぼっ、冒険者、ですから!」


「そっか」


 冒険者になれて本当に良かった。


 グリーンスライムの肉は食えないけど、売れるならパンになるからな!


 これはもう、倒すしかない!!


 それに、


「ひぅ……!!」


 ズリズリと後退るリリを見捨てて、俺だけ逃げる選択もないし。


 リリの猫耳を優しく撫でて、1歩だけ前に出る。


「行ってくるよ」


「……!! まっ、まってください!!」


 不意に上着の裾が引かれ、振り向くと、エメラルドの瞳に溜まった大粒の涙が見えていた。

 

「わっ、わたしが、こえい、なので……!!」


 こえい?


 ……護衛か。


「大丈夫。問題ないよ。一度倒した事あるからね」


 田舎を追い出されて、王都ここに来る道中で。


 今のリリよりも酷いパニック状態だったから、命からがらだったけどな。


「森に入ったら、俺の言う事を聞く。そうだったよね?」


「…………」


「1人で倒してくるから、もしやられそうになったら、助けてくれたらいいよ」


 ベルトの隙間に差し込んであった木の枝を引き抜いて、ジリジリと近づくスライムを見据える。


 チラリと背後を見ると、服を摘まんでいた手が、いつの間にか離れていた。


「行ってくるよ」


 そう声をかけて、スライム目掛けて走り出す。


 昔倒した時の感触を思い出しながら、地面を這うスライムを枝の先ですくい上げる。


「ギゥ」


 鳴き声らしき音が漏れたスライムを宙に持ち上げて、薪割りのように背後へと叩き付けた。


 地面に伸びたところを、さらに叩く。


 反撃らしいものはない。


「いけるな!」


--そう思った矢先、


「なっ!?」


 不意に、左手にあった茂みが大きく揺れて、別のスライムが飛び出すのが見えた。


「くっ--!!」


 体勢を崩しながら、上半身を横に反らす。


 ゼリー状の体が前髪に触れ、


--目の前を通り過ぎていく。


 本当に、間一髪。



「たすかった……」




--そう思った矢先、



「!!!!」


 右手にあった茂みが大きく揺れ、緑色の体が見えた。


 三体目!?


 そう思う間もなく、ゼリー状の体が目の前に迫り来る。


 避けられない!


 せめて、急所を外せ!!



「--だめぇええ!!!!」



 不意に目の前を、小さな体が通り過ぎていった。


 スライムが占領していた視界に、猫の尻尾と見覚えのあるスカートが揺れている。


「わわっ!」


 そのまま何かに躓いた彼女が、ペタンと前のめりに倒れ込んだ。


「リリ!!」


 慌てて体を起こして、倒れているリリの肩に手を伸ばす。


「いたぁ……。ひゅっ!!??」


 ハッと顔を上げたリリが、ビクンと肩を震わせて跳ね起きた。


 彼女が倒れていた場所には、ペタリと伸びたスライムの姿があり、側にある木にも、薄く伸びたゼリーが張り付いている。


 どうやら、俺を庇った拍子に、スライムを倒したらしい。


 蹴ったのか、殴ったのか、突撃したのか……。


 まぁ、あれだ。


 体当たり攻撃、とでも言ったところか?


「ご主人様! お怪我は!?」


「大丈夫だよ。リリがスライムを倒してくれたからね」


「……倒した? 私が……??」


 ペタンと地面にお尻をつけた彼女が、俺を見上げた後で、伸びたスライムを見詰める。


 自分の両手を見下ろして、開いて、閉じて、また開いて。


「私が、倒した……」


 自分の中に飲み込むように、彼女は呆然とそんな言葉を口にしていた。


 それから、ハッと視線を上げた彼女が、残る1体に目を向ける。


 俺が木の枝で何度も叩いたヤツだが、まだ倒せてはいないらしい。


「ご主人様。えっと……」


「最後の1匹も、リリに任せでいいかな?」


「はい! 任せてください!」


 嬉しそうに跳ね起きた彼女が、ギュッと右手を握って、口元を引き締める。


「素手よりはいいと思うよ」 


「はい! 行ってきます!」


 木の枝を素直に受け取ったリリが、猫の耳をピンと立てて走り出した。


 猫族にしたら遅いのかも知れないけど、俺の何倍もの速さで、スライムに迫っていく。


「だいじょうぶ、だいじょうぶ、だいしょうぶ……」


 呪文のようにそんな言葉を口にしながら、リリが木の枝を叩き付けた。


 枝の先がスライムに当たり、枝が粉々に砕け散る。


「!!!!」


 枝が壊れるのは、予想外だったらしい。


 猫のようにパッと飛び退いた彼女が、落ちていた枝を拾って、流れるように構え直していた。


 だけど、その備えは要らないらしい。


「……やっ、やりました!」


 見下ろす先には、ベッタリと伸びたグリーンスライムの姿がある。


「いちげき、か……」


 さすがは、“重歩兵”。


 “占い師”からすれば、うらやましい限りだ。


 そうは思うけど、


「ご主人様! 出来ました!」


 嬉しそうに目を輝かせて、尻尾を揺らす姿を見ていると、嫉妬すら湧いてこないな。


「おめでとう。リリのおかげで、獲物は十分だから、日が落ちる前に帰ろうか」


 俺が採った薬草と、リリが倒したスライム。


 今夜の飯くらいは、腹一杯食べれるだろう。


 パンだけじゃなくて、米と肉が食えるかも知れん!!


「よし! 食って、食って、食いまくるぞ!」


「ぇ? ……あっ。お--!」


 スライムはそのままリリに抱きかかえて貰って、夕暮れの中を王都に向かった。

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