第4話 港町 リンデ

 ヒューヒューと雲の中を旋回する合成鬼竜。

 朝になり、王都へ帰るアナベルを見送ったあと、アルドとエイミは甲板に上がってきた。

「よく眠れたか」

 鬼竜が声をかけてきた。アルドが答える。

「ああ、ぐっすり。さすが未来の乗り物だな。快適だったよ。」

 そういえば今日はエイミ、大人しいな。

「エイミ、あまり寝てないのか?昨日アナベルとそんなに夜更かししたのか?」

 あわてて答えるエイミ。

「ううん、違う違う。あのアナベルさんがそんな不摂生するわけないでしょ。私の寝つきが悪かっただけよ。」

「なんだよ、いっぱいお話しするって意気込んでたじゃないか。」

「ええ、貴重なお話を聞くことができたわ。とてもね・・・」

 言いかけたものの、エイミは黙ってしまった。なんだか調子が狂うな。つとめてアルドは明るく話しかける。

「今日は何が食べたい?」

 にっこり笑ってエイミもいつもの調子で返事をする。

「ありがと。そうねえ、昨日はとってもアクトゥールが綺麗だったじゃない?よく見たら水路にいっぱいお魚が泳いでてさ、今日はお魚の気分かなっ。」

 そう来たか。

「魚か・・・じゃあリンデに行くか。たしかあそこの名物が」

「いいわね!鬼竜!リンデに向かって!」

 どうやら食欲はしっかりあるらしい。アルドはほっと安堵のため息をついた。


 港町リンデに着くと潮の香りが鼻をくすぐる。海からの風が運んでくるのだ。

「ねえ、ちょっと海岸のほうへ行ってみない?」

 今回は珍しく宿屋へ直行しないんだな。

「ああ、構わないけど、腹減ってないのか?」

「もう!デリカシーのないアルドね!知ってるけどさ!海を眺めたい気分なの!」

「あ、ああ、ごめん。行こうか。セレナ海岸綺麗だしな。」

 でりかしーって何だよ。俺何か気に障ることを言ったか・・・?


 橋を渡り、海岸への道を少し歩くとすぐに海が見えてきた。

 おや、あの後ろ姿は・・・

「おーい、アザミじゃないか。」

「はっ!アアアアルド殿!どうなされた!刀を合わせるでござるか?!さあ!いざ勝負でござる!」

 急に後ろから声をかけたせいか、アザミはひどく驚いた様子でなんと刀まで抜こうとしている。アルドはあわててアザミを落ち着かせる。

「ちょっと待ってくれ、違う違う。たまたま通りかかっただけなんだ。姿が見えたから声をかけただけだよ。びっくりさせてごめんな。」

 頬を紅潮させたままアザミが答える。

「た、たまたま・・でござるか。そうでござるな。う、うむ。どうなされた。エイミ殿もご一緒なのだな。」

 じろじろとエイミの横顔を見るアザミ。エイミは遠い水平線を眺めながら答える。

「うん、私がワガママ言ってね、ついてきてもらったの。地上に降りて海を眺めることができるなんて、私の時代ではとうてい出来ないことだから。初めて見たときはもう声にならないほど感動したんだ。この磯の香りっていうの?これが海、なのよね。」

「ああ、そうでござったな。失礼した。エイミ殿は未来から来られたのであったな。この時代に生きる我々でも、海を眺めるのはとても気持ちが安らぐでござるよ。存分にご堪能されよ。向こうの道からも綺麗な景色が望めるが、少々苦手な殿方と出くわすのでな、あまりお勧めできないのでござるよ。」

 向こうには、デニーがいたっけ。そうだな、あいつちょっと・・いやだいぶ癖が強いしな。アルドもそれは共感できた。

 しばらくの間、気持ちの良い潮風をめいっぱい吸いこんでは嬉しそうにしているエイミを邪魔しないように過ごすことにした。


 すっかり太陽も真上に上がった頃、アザミがアルドに声をかけてきた。

「ところで、海を見るためにこちらに来られたのでござるか?」

「いや、そもそもはエイミと飯を食いに来たんだ。リンデの宿屋の料理、美味いだろ?」

「エ、エイミ殿と二人で昼餉を?!そそそそれは結構なことでござるな。」

 何故かひどくうろたえるアザミ。

「なんだ、アザミも一緒に行くか?おーい、エイミ、そろそろ飯にしないかー?俺だいぶ腹が減ってきたぞー。」

 エイミに呼びかける。

「オッケー。ごめんね、長いこと付き合わせて。すっごくリフレッシュできたわ。私もお腹すいたあ。アザミさんも良かったら一緒に行きましょうよ。」

「よろしいのでござるか?!ありがたき幸せにござる!」(な、なんと、これはどうしたものか。心の臓が脈打ってきたでござるよ・・・)


 リンデの町に戻り、宿屋へ入る三人。カウンターのおやじにエイミが声をかける。

「ここで食事にしたいんだけど。漁師のリスベル三人前お願いできるかしら。」

「おう、今日は活きのいいリンデカマスが手に入ったんだ。そこで待ってな、とびっきり美味いのを作ってやるぜ。」

「わあ、楽しみね。お願いします。」

 そわそわと落ち着かない様子でアザミが席に着く。

「アザミさん、あまりここで食事しないの?無理やり連れてきちゃったのならごめんね。」

「めっそうもござらん!店内が暑すぎるのか何やらわからぬが、顔が熱くてたまらんのでござるよ。」

 ぐいっと水を飲み干す。

「ここの飯はとても故郷の東方では食べたことがない代物であってな。最初は戸惑いもしたものの、今はお気に入りでござるよ。」

 エイミがふと真面目な顔になって問いかける。

「アザミさんは遠い故郷の東方から海を渡ってわざわざこの地に来ているのよね。どうしてそんな道を選んだの?故郷が恋しくはないの?」

 アザミがキリっとした顔になる。

「サムライたるもの、武者修行であるよ。まだまだ未熟者ゆえ、しっかり鍛錬せねばならぬのでな。」

「修行だなんて立派だよな。勇気のある証拠だな。」

 アルドが相槌を打つ。

「そそそんな立派なんてことござらぬ!ただの武者修行である!決してははなよめしゅしゅぎょゴホッゴホッ」

 アザミは急に咳き込んであわてて水をまた飲み干す。

「ゴホン。とにかく、修行に集中していれば寂しさなど感じる暇も無いのでござるよ。それにこうしてアルド殿やエイミ殿ともお知り合いになれて、敵と一戦交えるのも楽しいでござる。」

 アザミがそう答えたと同時に鼻をくすぐるいい匂いが漂ってきた。

「ほい、漁師のリスベル、お待たせ!」おやじ自慢の料理が完成したようだ。


 漁師のリスベルとは、小麦の麺にシンプルな塩味のソースがからみ、リンデの港でとれた新鮮な魚介との相性が抜群な港町の名物料理である。

 しばし三人はその味に舌鼓を打った。

「うん。美味しいなあ。エルジオンでこの味、再現してもらえないかなあ。」

「あはは、さすがにそれは無理だろ。さっきおやじさんも言ってたろ。このリンデでとれた魚があるからこれだけ美味いんだよ。俺の村のバルオキーですら海からは遠いから作れないだろうな。」

「左様でござる。東方も広くて色んな食材は手に入るでござるが、このような料理を食したことなどなかったでござるな。」

 ふとエイミがアザミに尋ねる。

「アザミさんが好きな東方の食事ってなあに?」

「むむ、そうでござるな。やはり主食の米であるな。塩で握った素朴なおむすびは腹持ちも良く、飽きない美味さでござるな。それに・・・」

 アザミが嬉々として続ける。

「米をすりつぶして作る団子は最高でござるよ。特にみたらしのタレがかかったものはもう至高の甘味でござる。リンデに定期便の商船が着いた時には真っ先にそれを求めに走りたいところでござるな。」

「うふふ。よっぽど好きなのね。」

 エイミはそっと紙ナプキンをとってアザミの口元を拭いてあげた。

「はっ、不覚。かたじけない。お恥ずかしい限りでござる。」

 真っ赤になってうつむきながらも故郷のことを嬉しそうに話すアザミは見ていてとても可愛らしい。エイミも興味津々でアザミの話を聞いている。

 おいおい、次は鬼竜に東方まで連れて行けとか言わないでくれよ・・・。

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