05 狩名更、由凪比華

 昨日一緒に寝た彼女が。今は、病院のベッドで眠っている。

 倒れたときのけがはなかったらしく、すぐに一般病棟へ移っていた。ただ、目覚める保証はない。


 彼女の寝顔。すやすやと、気持ちよさそうに眠っている。


 彼女の人生は、幸せだったのだろうか。恋人だったときは、幸せだった。それだけは確か。脳に不具合が見つかって、恋愛関係を解消してからは。彼女は、俺のこれからばかりを考えていて。彼女自身。幸せだったのか。俺の新しい恋人を探したり、恋に踏み出させようとしたり。


「だめだな、俺は」


 どうしようもなかった。

 死にたいという気分だけが、募る。


「だめだよ。自分を責めちゃ」


 彼女の。声。


「おい」


「あっ。ナースコールはだめ。おねがい」


 半分押しかけたボタンを、元に戻す。


「ありがと」


「おまえが満足したら、すぐに医者を呼ぶよ」


「あのね」


 彼女。寝起きの、眠たそうな声。


「えっちがしたい」


「この期に及んで何を」


「あなたで満たされて、死にたい。おねがい」


 どうしようもなかった。

 今にも死にそうな彼女を目の前にして、セックスができる状態には。とてもじゃないが、ならない。


「私を抱いてよ。あなたと交わって。あなたとひとつになって。あなたの、しにたい、きもちまで。私が。持って、いって、あげる」


 だんだん、言葉が途切れ途切れになって。


 最後は、呟き声。


 彼女。また、眠りに落ちた。


 ためらわず、ナースコールを押した。看護師と医者に、少しだけ彼女が起きたことを伝えて。耐えきれず、病院を出た。


 駅前。公園。


 偽物の煙草に、火を点ける。


 彼女にセックスを懇願されたとき。自分は、奮い立たなかった。セックスができなかった。


「失格だな、男として」


 ただただ、心が、しめつけられる。

 恋人ひとりすら満足させられない。何をやっているんだろう、俺は。


 彼女の、最期の頼みかもしれなかったのに。

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