第19話 根本的な部分

「来てしまった……」


 何が来たかって、デートの日がってこと。

 今は凪と2人で江ノ島へ向かうために電車に乗っている。

 普段制服姿ばかり見ているのもあって、紺色のワンピース姿は凄く新鮮だ。

 結局、仁奈と大将にはアドバイスというアドバイスを貰うことは出来ず、何も分からないまま今になってしまった。

 久留米や遊佐川にも話を聞こうとしたが、久留米には「そんなん自分が行きたい場所っしょ」とか言われて、遊佐川には「ちゃんと一郎の気持ちを伝えられればどこに行ったって喜んでくれるよ」と全く話に進展がなかった。

 海星に至っては「そんなん25からでいいと思ってたから、俺に聞かないで適任を探してくれ」と、悲しそうな顔をしながら言われた。うん、色々大変なんだろうな。

 

「一郎くんは、江ノ島に行ったことはあるの?」


「いや……んー小学校の頃遠足で行ったかな」


「そうなんだ。私は行ったことないんだよね。どんなところなの?」


 どんなところかと言われてもな……。わかりやすく伝えるなら何がいいか。


「そうだな……。大雑把に言えば景色が綺麗で食べ物が美味しいかな。ほら、凪は海鮮丼食べたいって言ってたし丁度いいでしょ」


「そっか。だからさ……一郎くんは私の好きな物聞いてたんだ」


 気付いてなかったのかよ。俺の聞き方あからさまだっただろ。


「まあ、そんなところだな。海……は季節が季節だしまだ泳げないから、代わりに水族館とかどうかと思って」


「水族館……! 行きたい!」


「なら決まりだな」


 ◆ ◆ ◆


「わぁ……! 海だ! 凄い綺麗……。それで、あの島が江ノ島なんだね。大きいね」


 電車を降りて、海岸沿いを歩いていくと陸続きになっている島が見える。

 太陽が水面を照らしてキラキラと輝いていて、見た目は綺麗だ。そう、見た目は。

 実際は、まあそんな綺麗なものでは無い。関東の海なんてそんなもんだ。まあ、そんなドライなこと言ったら圧倒的に空気を読めない人になってしまうし、口には出さない。


「どうする? 先に江ノ島に行く?」


「ううん、先ずは水族館に行きたい!」


「じゃ、そうするか」


 海岸沿いを少し歩けば水族館が見えた。

 俺たちは早速チケットを買って中に入ることにした。

 

「わ、見て見てペンギンさんだよ! 可愛くない? 本当にいるんだ〜」


「っ……!」


 吹かずにはいられないな。

 なんだろう。なんか、凪のポンコツさ加減があらわになってきたな。

 いや、ポンコツというか世の中を見たことの無い人みたいな。いや、悪口じゃないよ?

 まあ、そんな純粋なところが可愛いんだな。


「あ、あの奥見てよ! イルカショーだって!」


「はしゃぎすぎだろ」


 こんなんじゃ俺らは中学生と間違われるんじゃないかな。


「……はっ!? ご、ごめんなさいついつい」


 凪はあまり気にしていなかったのか、自分のはしゃぎように気付いた途端顔を赤くして周りの視線をチラチラと気にしだした。

 普段の大人しい凪からは想像もできないはしゃぎっぷりだ。でも、そういう普段見れない姿が見れるだけで他のクラスメイトより得をした気分になる。


「……そっか。楽しんでくれてよかったよ」


「うん、そうだね……」


 凪は照れながら笑った。ここからは少し落ち着きそうだな。


「じゃ、イルカショー見てみるか」


「うん!」


 俺自体イルカショーを見るのは初めてだ。昔から、動物園や水族館に連れていかれたものの俺はそこまで興味があったわけではなかったし、毎回展示だけ見てショーは1度も見たことがない。

 だから、なんだかんだ俺自身も楽しみだったりする。

 

「可愛いね〜」


 イルカが水槽を元気に泳ぐ姿を見て、凪は微笑んだ。どうやらいつもの凪に戻ったようだ。

 そひて、イルカが泳いで観客席近くへバシャバシャとしぶきを上げて泳いでくる。

 そして、俺たちの目の前で明らかに普通とは違う波が迫って……。


「あ、死んだわ」


「え……」


 バシャァァンと水を被ることになった周辺の人々。もちろん俺達も例外ではない。

 ただ、合羽を羽織っていたおかげである程度は無事だ。靴は無事ではすまなかったが。


「なーんか変な匂いする〜!」

 

 俺的には全然笑い事ではなかったが、凪は無邪気に笑っていた。

 それを見ていたら、俺も思わず笑いがこぼれてきてツボに入ったように笑った。

 何となく凪が興味ありそうだったから行っただけの水族館だが、なんだかんだ俺も凄い楽しめたと思う。


 その後もクマノミがいる水槽を見たり、色んな展示を見た。1度落ち着いた凪だったが、それを忘れたのかと思うほどテンションが高かった。というか、忘れてたんだと思う。

 十分水族館を満喫した俺達は、最後に魚と触れ合えるプールを見ることにした。


「サメって凄くザラザラしてるんだねぇ。お魚ってみんなヌルヌルしてるのかと思ってた」


 むしろ人によっては魚がヌルヌルしてることさえ知らないんじゃないかな。それ知ってるだけで十分だと思う。


「一郎くんと一緒に来れて良かったよ。私、こんなに楽しいの人生で初めてかも……なんて、ちょっと恥ずかしいね。今の言葉」


「そういえば……俺の事名前で呼んでたんだな。今気づいた」


「駄目だった……かな」


 凪は少し申し訳なく思ったのか、一瞬だけ悲しい顔を見せた。


「いや、構わないけど。どうしてなのかなって思って」


 俺なんてずっと凪って呼んでたし。それなのに凪はずっと一郎くんと呼んでいた。たまに佐藤くんと言いそうになることもあったし、意識して言ってるような気がした。


「だって、これが一郎くんとは最後かもしれないでしょ?」


「え?」


「私ね。本当に好きな人が出来たのってこれが初めてなんじゃないかなって思って。今までも気になる人はいたんだけど、なんでか今回はそれとは少し違う感覚だったから」


 なんて、凪は話す。

 その言葉に胸に刺さる何かがあった。


「だから、今日は自分がもし付き合えたらしたいこと。出来ることはやろうかなって」


 何が胸に刺さるのか。その意味が何となくわかった気がした。


「もし……もし駄目だったとしたら、その時は俺のことを忘れられる?」


「それ、本人が言っちゃうんだ」


 凪はその時笑っていた。笑っていたが、それは楽しいから笑っているわけじゃないとすぐに分かった。

 俺は凪を傷つけてしまったんだ。


「あ、いや……ごめん」


「ううん、気にしてないよ。それで、その答えなんだけど、まあ最初は悲しいと思うよ。未練だってあると思う……けど」


 凪は少しの時間、プールを泳ぐ魚をじっと見つめて言った。


「――次は頑張ろうってなるのかな」


 その言葉に、俺は足場が一気に崩れ落ちるようなそんな感覚になった。

 次という言葉がもう一度リベンジということでは無いことくらい。俺は分かっている。

 今、凪がどんな気持ちになってしまっているのかも何となく察しは着いている。しゃがんでサメをつついている無邪気な背中は、今はとても小さくて寂しそうに見えた。

 それなのに、何故か自分はまだ何も出来ないでいた。


 ――引き止めないといけない。


 そう思いながら、結局何も出来ずに水族館を後にした。

 俺はまだ、本当の意味では変われていないのかもしれない。

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