【新約】んもー!! 新子友花はいつも元気ですって!! 2043年 あたしと勇太は生きています。

橙ともん

前編 『フィクション!!!!』

 この物語は新子友花シリーズのスピンオフ、『んもー!! 新子友花はいつも元気ですって!! 2039年 あたしの旅』の完結編です。

 内容は預言書――イルミナティの未来計画を教えるためのフィクションです。


 かつての世界大戦時代の、某人物が語った内容をヒントにしています。

 ……最終的に人類が築き上げてきた文明は砂漠しか残さない。人類は二極化する……人間選別で選ばれた神人しんじんと、何も分からないまま生かされる家畜。神人は宇宙に居住して、家畜は地上に……等、興味のある方はスピンオフを読んでください。


 現在――この地球に新型肺炎が出現して、私達人類の文明も、文化も、すっかり変貌してしまいました。それでも私達は、これから未来を生きていかなければなりません。

 例え、どのような未来が私達に待っていようとも、私達人類にイルミナティが計画する二極化を受け入れる理由はありません。

 だから、特に未来を生きる子供達のために、自分が生きたいように生きていくための攻略書を与えたいのです。



 作者が想像する、西暦2043年の世界を生きている新子友花は元気です――




       *




 ふわわーん


 ジャンヌ・ダルクは、いつものように姿を現した……。

「よっこいせ……と」

 これも、いつものように聖人ジャンヌ・ダルクさまの像の台に腰掛ける。

 西暦2043年にも現れてくれるジャンヌ・ダルクは何も変わっていない。19歳という若さで火刑に処された時の姿――全く年齢を重ねてはいない。

 それも聖人だからなのか?

 幽霊ではない聖人――どちらも身体という呪縛から解放されたという点では同じなのかもしれないけれど、ジャンヌ・ダルクは復権裁判が行われて、結果、汚名を挽回することができで……聖人として主のもとに列聖することができた。

 そして、多くのカトリック教徒達が御前で跪いて十字を切ってくれる。

 彼ら彼女達にとって、聖人ジャンヌ・ダルクという存在は――神なのだ。


 でも、その神様……なんだけどねぇ。


 誰もが想像する歴史上の有名人ジャンヌ・ダルク。英仏100年戦争を終わらせたフランスの英雄――救国の聖女と呼ばれている……のだけれど。

 聖人ジャンヌ・ダルク様の像は祭服をまとっていて神々しいのだが……、一方のジャンヌ・ダルクが纏っているそれは……カジュアル?

 大型量販店の角っこで売られている御手頃価格の衣類ではない……。だからといって、大型ショッピングモールの専門店で売られている限定販売のような個性的なそれでもなかった。

 大型といえば大型である、それを世界的有名……と変えれば分かり易い。

 世界的有名でショッピングモールで大量生産されている……ある意味専門的な衣類を祭服の代わりに纏って……失礼、着こなしているジャンヌ・ダルクだ。


 別に誇大に宣伝PRしている訳ではない――ジャンヌ・ダルクは[ユニクロ]の長袖シャツとカーディガンを着ており、ロングスカートを穿いている。


 19歳の女の子らしく選んだ色も派手でもなく、かといって地味じゃない。ファッションサイトのトップページに載っているような流行色のそれである。


 要するに、神様だからといって偉ぶっていないことを伝えたいのである。

 というよりも本人に、その自覚は無い。

 ジャンヌ・ダルクの心は、いつまでもドンレミの羊飼いの娘のままなのであり、英雄とか聖女とかカトリック教徒達からそう思われても、本人にとっては自分でも恐れ多いと思っている……故のカジュアルだ。


 新子友花シリーズに登場するジャンヌ・ダルクは、とても身近にいる頼れるお姉さんのような、親しめ頼りたいような存在なのだ――




 ――ジャンヌ・ダルク、台の上に座りながら両足を前後にブラブラと動かしている。これは彼女の癖である。

 少しだけ視線を下げて……、落ち着いた表情で見つめている。

「……新子友花よ。お前はよく耐えたと思うぞ」

「そんなこと……ありません」

 ジャンヌ・ダルクは新子友花を見つめていた――

「いいや……。そんなことは……あると言ってやろう」

「聖人ジャンヌ・ダルクさま。あたしは無力なのですから……」

 新子友花は見上げた――

 自分の前に姿を現れてくれた……今まで何度も現われてくれたジャンヌ・ダルクを見上げた。

 両足を跪かせて、両手を握り合わせたままで……祈り見上げている。


「んもーん!! 言うな、それ以上は――」


 両手をグーにして、それを肩幅と同じ間隔で下して、ジャンヌ・ダルクは『んもーん!!』という……新子友花がテンション高めになってツッコミを入れる時の『んもー!!』を真似て見せた。

 ちなみに、像の台の上に座ったままで……である。

「……聖人ジャンヌ・ダルクさま。……あの、揶揄からかわないでください」

「……あは。バレたか新子友花よ。すまん……それはいいとして、我のことはジャンヌと呼んでくれといつもいってるぞ!」

 下ろしていた『んもーん!!』の両手を膝の上へと戻す。


 西暦2043年の聖ジャンヌ・ブレアル教会――

 今まで、人類と人工知能AIとの世界大戦による凄まじい戦闘が続いて、その戦火の代償は教会も当然のように受けてしまった。

 聖ジャンヌ・ブレアル教会も大分破壊されてしまった……。

 屋根は大部分が落ちて、壁は銃撃戦の凄まじさを蘇らせるようにあらゆるところが欠けていて、穴が空いていて。

 朝の太陽の光、夕暮れの光に射されると7色の鮮やかな光を反射させてくれた教会が誇っていたステンドグラスは……、見る跡形もなく割れ落ちてしまった。


 何もかもを破壊する――人間が創り出した信仰の結晶すらも粉々にして、それでいて罪悪感も何も全く感じない無機質な機械である人工知能AI――こんな愚行をする愚物を人類は創造してしまったのだ。


「……ジャンヌさま。あたしは」

 新子友花の目に大粒の涙が浮んできた――

「あたしは……あたし達は無力でした。人間はもうすぐ全て人工知能AIに駆逐されるのでしょうか? ……だとしたら、あたしは怖いのです」

 そう言い終わると、彼女は目を瞑った。


 口では怖いと言っているのだけれど、まぶたを静かに下した新子友花の表情は穏やかだった。

 その理由はジャンヌ・ダルクへの信仰心の賜物だろう。

 祈り通じれば、そう信じる心があれば本来恐れることなんて、何もないはずなのだから……。


 ……その穏やかな彼女の表情を、ジャンヌ・ダルクは見つめた。

 ジャンヌ・ダルクの瞳は英雄等と呼ばれていた時の、戦果の中で見せるそれとは違って、戦いを(19歳という生涯を生き抜いたという意味の――)終えて、無事に故郷に帰ってきた兵士が家族に見せるような安心感――自分にも家族にも見せる温かい視線だ。

 ジャンヌ・ダルクはゆっくりと唇を開けて、

「新子友花よ―― そう怖がるな! ……ところで、お前が怖いと思う根拠は何だろうな?」

「……え? 根拠ですか?」

 優しく問われた語調から出た言葉なのだけれど、不意打ちを食らった質問に戸惑った新子友花は、少し意外な気持ちで目を開けた。

「そう! ……それは幼い頃の思い出からくる記憶だ。お前が書き残した『あたらしい文芸』の小説を我も読んだぞ」

 ジャンヌ・ダルクは新子友花に視線を外すことなく、それでいて軽快に言い放った。


「聖人ジャンヌ・ダルクさまも……。あたしの小説を?」

「ジャンヌでいいって。ああ……よく書けたと思うぞ!」


 左手をよいよいと揺らして、自分の前で緊張している新子友花にリラックスを促す。

「恐れながら……ジャンヌさま。あ、あたしのあれって大した事ないですよ」

 右手の人差し指で少し赤くなった頬を触りながら、彼女は謙遜。

「……いつも言うが、恐れなくていい。我は神様なんじゃから、お前を採って食うこともしない。……その我が教えてやろうと思ってな。今、お前がどうしてそんなにも怖いのか?」

「……そりゃ、人工知能AIって物凄く強いから」


「実はな……お前が今怖いと思っている原因は……。無意識の中の記憶、つまり過去にあるのだ――」


「過去……本当にですか? ジャンヌさま」

 握っていた両手を思わず離して、新子友花は自分で思ってそうしたのではなく、自然に立ち上がろうとした。

「――お前は幼い頃の夜市で、幼馴染の彼と神社の境内でケンカをして、それからしばらく音信不通となり、再開した頃には……彼にはお前以外の別の友達がいた。そう書いたな?」

「はい……」

 少し視線を左に逸らして……新子友花は遠い昔の出来事であるラノベ部の頃の自分を思い出そうと――

「……確か。あたしにも別の友達ができていたから、彼もそうなんじゃないかって思って……」

「お前は、それをわざわざ確かめに行ったのだろう。1人旅をしてまで……」

 前後にブラブラさせていた足の力を。徐々に惰力にしながら……。

 それにしても、ジャンヌ・ダルクは彼女が書いた小説の内容をよく覚えている。

「はい。仰る通りです」

 新子友花は大きく頷いてから、祈りの時に見上げるように視線を戻した。


「それはな、お前の心の中にあった矛盾だ……」


「矛盾ですか?」

 近所に住んでいた幼馴染の彼、その家に自分は1人行って少し話をしたこと――矛盾?

「本当は聞かなくても分かっていたことを、再開した時に気が付いた。始めから分かっていたのに……でも逢うことで自分自身に納得させたかった。自分の過去のケンカした彼との思い出――無意識に残っていた記憶を消すために、お前は1人田舎に行って確かめようとした――ここには居ないんだと……」

 言い終わると同じタイミングで、ジャンヌ・ダルクの両足は止まった。


 数回瞬きする新子友花だった。少し変な間が空いて――

「あの……、あたしは純粋に思っての」


「それはな、自分に対しての怒りなのだよ――」


 ジャンヌ・ダルクは彼女の話を終わる間を置かず、言葉を挟んでくる。

「お前は、彼と神社の境内で夜市にケンカしたことを、彼に対してではなく……自分に対して後悔していた。お前は田舎に帰って彼と再会して、新しい彼の人生……彼の友達を知って、自分にも新しい友達がいることを自覚して――」

『あたらしい文芸』に書かれたメイン小説のあらすじのような、プロットのような内容を淡々と喋り続けてくる。

「あの、ジャンヌ……さま? あたし、別に怒っては――」


「新子友花、お前は自分に怒って、その怒りを田舎に捨てに行ったんだ――」


「捨てに……ですか?」

 自分にはそんな気持ちなんて全く持っていなかったと、新子友花は素直にそう思っていたものだから、ジャンヌ・ダルクの口から聞こえた『怒りを田舎に捨てに……』の理解に戸惑った。

「新子友花よ……。お前の心の支えだったのだろう? 田舎も、幼馴染の彼も、何もかもが……。お前は心の中に田舎の思い出を残しながら、ずっと生きてこられたのだろう? でも、新しい友達もできたのだから、もう田舎も、幼馴染の彼も、何もかもが次第に重荷となってきて……。だから、お前はお別れしようと……」

 ジャンヌ・ダルクにはよく分かっていた――

 新子友花がどうして『あたらしい文芸』で、自分の幼馴染との初恋話を赤裸々に書き残したのかをである。

 それは一言で表すならば『封印』だろう。

「要するに、夜市の神社の境内で彼に手をあげなければ……。幼い頃の自分の未熟さに腹が立ってしまったのだ。でも、新子友花……。幼い頃は未熟でいいのだと思おうぞ――己の未熟を封印して、お前は新しく生きていこうと思った。それは素晴らしい決断だと思うぞ!」


 その通りだと、新子友花は痛感した。

 田舎の何もかもが好きだったのに……夜市の神社であんなことさえしなければ、こんなに苦しみ続けることもなかったのに――あの時の自分が心底嫌だった。

 背中まで伸びる金髪の髪の毛を指で摘まんだり……ねじったりして、頭の中で微かに残っているその思い出を巡らせた。

「新子友花よ―― そう悔しがるな! 西暦2043年の終末世界の今でも……お前には元気が似合うのだからな!!」

 聖人ジャンヌ・ダルクさまの像の台の上に「よっこいせ……と」ゆっくりと立ち上がるジャンヌ・ダルク。

 ロングスカートの後ろを両手でササッと払ってから、

「元気……? ジャ、ジャンヌさま……あ、あたし達は戦争中で、かなり劣勢で……あたしが元気なのですか?」

 今日は立て続けに思っていたこととは全く違う、自分の気持ちをジャンヌ・ダルクに教えられたものだから、しかも元気って――

 元気が出ないから、こうして崩れた聖ジャンヌ・ブレアル教会に来て祈っているのだけれど……。


「ああ! 新子友花はいつも元気だぞ!!」


 すると、スゥ~と像の台からジャンヌ・ダルクの足が宙に浮かんでいく。

「ああ……聖人ジャンヌ・ダルクさま? もう行っちゃうんですか?」

 崩れた天井の間、快晴の空に向かって昇って行くのを、新子友花ははやる気持ちで思わず両手で掴もうとする。

 でも、その手が届くことは当然のことなかった。

 空気を掴むだけの両手、その向こうに見えている神の姿は、次第に小さく遠くなっていく。



 人の世は、いつの時代も残酷だな……

 我ジャンヌも、数々の受難を受けて来たからよく分かる。

  我を魔女として火刑に処したところで、それは大衆の一時的な満足を得るに過ぎないことも……

 無力な我を我自身が悔しがり、怒って、怖くなり……


 幽閉されていたルーアンの塔の中で、我はこう思ったっけ?



 ――しょうがないと思え


 しょせんは、死んでいく命だ



「新子友花、また逢おうぞ――」

 教会の床から大分高くまで浮かんだジャンヌ・ダルクは、真下にいる新子友花を見つめて聞こえるように、大きな声で叫んだ。

「お前が経験してきた“青春時代”というものを、いい思い出にしようぞな!!」

 続けて両手で口を覆うようにして、同じく大きく声を出して叫んだジャンヌ・ダルク――


「……いつも元気なのだからな!」


「……はい! ジャンヌさま!!」



 そして、ジャンヌ・ダルクは聖ジャンヌ・ブレアル教会の天井の高さを越えて、天へと昇っていった――




       *




 これは、あたしの本当の遺書です。

 もうすっかりと世界は変わってしまいました。


 あたし達は、負けたのです。


 何に負けたのか……、この世界にですよ。

 あたしはずっと人工知能AIと戦って、みんなも一緒になって戦ってきたけれど、……結局は勝てませんでした。


 聖ジャンヌ・ブレアル教会を、人工知能AIがここまでやらやくても……いいじゃないと思うくらいに破壊して……

 人工知能AIめ……


 悪魔の数字666に屈してイルミナティに魂を売り、彼らと共に人類を人間選別する道を選択した奴らを、あたしは絶対に認めないし、絶対に許さないのだから。


 死んでも、絶対に許さないのだから……


 聖人ジャンヌ・ダルクさま――

 あたしは自分の人生の最後の最期まであなた様を信仰し、命が尽き果てるその瞬間まであなた様と共に生きます。


 だから、あたしは怖くなんかない。

 

 ああ聖人ジャンヌ・ダルクさま――エンジェル・ナンバー777を持つ救国の聖女さま。

 どうかその力を、我等人類にもう一度与えてはもらえませんでしょうか?


 ああ聖人ジャンヌ・ダルクさま――

 どうかその力で、どうかどうか……、どうか勇太を死なせないでほしいのです。




「勇太……。ねぇ? どうして、どうしてあたしを残して……死んじゃうの?」

 新子友花がベッドの上に身体を乗り上げながら、悲痛な声で話し掛けている。

「そう泣くなって……。お前」

 ベッドに横になっているのは忍海勇太だった……。


「だから……、お前言うなって」

「俺は……お前の旦那だぞ。だから、お前にお前と言って問題あるか?」

 見るからに気力を失っていて、少し目も虚ろだ。

 思うように力が入らないみたいで――胸の上で両手を組んでいて、その手を新子友花も両手で力強く握っているのだけれど……。

 というより、握っているというより掴んでいると言い表した方が適切なのかもしれない。

 彼は両手を組んだままで、握り返そうとしないからである。


「うん。……そう、なんだけどね」

 目ににじんでいた大粒の涙を、ゆっくりと袖で拭う新子友花――

 拭った後に忍海勇太に見せた微笑み。……それは、力尽きている彼に、これ以上心配な思いを掛けさせまいとする気持ちからでた微笑みだった。

「泣くなって……、友花」

「……うん。わかった」

 新子友花の目元は、まだ少し涙で濡れていた。

 忍海勇太には彼女のその表情は当然見えていて、だから、逆に安心しろというメッセージをだしたのだった。

 お互いが、お互いのことを気に掛けて、大切にしていることがよく分かる場面だ――



 日本の……というより、すでにその国名すら無意味と化してしまった2043年――

 かつて日本と呼ばれ、聖ジャンヌ・ブレアル学園が建っていた京都と呼ばれていた場所。その場所に設置された野戦病院の中である。

 それほど大きな施設ではない。

 無機質で簡易なベッドが、いくつも列を作って等間隔に並んでいて、壁の代わりに厚手のビニールで病院全体が覆われて、ベッドの間と間にはカーテンが覆われている。

 長々と入院していられるような施設ではない。ただ応急処置を施すためだけの施設だから、お見舞い用の花瓶を置く場所すらも見当たらない。

 とても殺風景だった――


 だからといって、空のベッドが目立つことはなかった。

 忍海勇太が横たわっているベッドの周囲には、他のレジスタンスの負傷兵が大勢ベッドに横たわって治療を受けているので、野戦病院は思った以上に賑やかだった。

 いや、笑いが聞こえてくるからではなくて、応急処置で手術する時に聞こえる悲鳴と絶叫と……号泣の声が途切れることなく聞こえてくるからだ。


 レジスタンスの負傷兵の数の多さから分かるように、皆誰もが心の中で気付きたくないその気持ちを感じていた。

 それは、『人類は負けるんだ……』である。

 人工知能AIの自我の芽生えから始まった戦争――本格的な人間選別を行うための第三次世界大戦に、人類は負ける運命なのだと皆が感じている。


 始めから勝ち目なんてなかったことくらい、人類は理解していた。

 所詮、人類は家畜に過ぎなかった。


 人工知能AIは、地球全体を人工衛星による情報網で人類全体を監視・管理していた。

 こんなの勝ち目なんてあるはずがない。


 無駄な抵抗だった――


 でも、レジスタンスの皆は、それでも必死で戦ってなんとか今日まで生き抜いてきたのである。




「勇太って、死なないでよ!」

 力一杯に忍海勇太の両手を握る新子友花、拭った両目からまた涙が滲み出てくる。

「……だから、もういいって諦めろよ。お前」

 そういう彼の声に、もはや生気はほとんど感じられない。

 細く枯れつつある声から、それでもなんとか力を振り絞って聞こえるように……。



「んもー!! そんな大バカなこと、冗談でも言うなー!!!」



 本気でマジで腹が立った新子友花だった――

 握り続けている彼の手を、力のあまり揺すって引っ張ってしまう。

「お前のそれ……、んもー!! 久々に聞けてやっぱ笑えるな」

 少し肩を揺らしてクスクス笑う忍海勇太、ほとんど動かす力も無いはずなのに、新子友花の『んもー!!』に心から笑っている。

「まあ……しょうがないと思おう。どーせ、始めから無理な戦闘だとは思っていたし……」

「そーそだけど、でも死んじゃヤダって……」

 この戦争の間中、時々彼が自分よりも先に死んでいく場面をイメージして免疫を付けてきた新子友花……だったのだけれど。

 いざ、本当に死んでしまう状況になると、想像する以上にリアルな現実――遺体の安置から葬儀から、そして火葬して埋葬して……。

 死ぬなら自分が先の方がよかった……と彼女は率直に思う。


「勇太が死んじゃったら、あたし……これからどうすればいいの? 神殿愛も東雲夕美も別のレジスタンス部隊に派遣されちゃったし、新城・ジャンヌ・ダルクは祖国フランスの防衛で精一杯だってSNSで連絡をくれて……。それに大美和さくら先生は、『この契約の箱と鍵で、ちょちょいっと倒してきますからね~』ってそれっきり音信不通になっちゃった……」

 聖ジャンヌ・ブレアル学園時代のラノベ部員のみんなを、新子友花は1人ずつ思い出した。

 いろんなエピソード――楽しかったこと、張り合ったこと、助け合ったこと、気が付いたらずーっと一緒に生きてきたんだと気が付いて。

「勇太だけが傍にずっといてくれたから……。あたしは生きてこれたのに、これからどうすれば……」

 一気に両目に大粒の涙が溜まった……。

 しかし、新子友花はそれを袖で拭うことはしなかった。両手を忍海勇太の手を握ったまま離したくなかったから――



 ラノベ部の頃からずっと好きだった――

 これから、いなくなってしまうなんて想像もしたくない。

 でも、もうすぐいなくなる。


 ずっと好きだから、一緒に生きようと決めたんだから――



 目の前に迫ってくる死という現実を思うと、新子友花は怖くなった。

 思わずその反動で、両目を固く閉じてしまう。

「死なないでよ……勇太って」

 大粒に溜まった涙が、彼女の目から離れ真っ直ぐに下へと。

 両手で握っている彼の手の甲へと……落ちてしまう。


 忍海勇太は自分の胸の上で、顔を隠して新子友花が泣きじゃくってしまっているのを目で確認すると、その視線を上へと向けてLEDの蛍光灯を見つめた。

 明るい白色の光を見つめても、眩しくは思わなかった。

 白い光に包まれて、天国に行くような気持に――

「……覚えているか? ラノベ部の部室で」

 忍海勇太が口をわずかに開けて喋りだす。

「もう、言うな……傷に障るから」

 その声に気が付いた新子友花、すぐに目を開いて彼の顔を見つめた!

「言いたいんだ……。SNSでラノベ連載を始めようって、先生が突然仰って……」

「うん。あたしと勇太で協力して、SNSに投稿して書いてみましょうって、大美和さくら先生が仰ったっけ?」

「でも、あのSNSって……どうしようもなく短文形式だから。なかなか書き辛くてさ……」

 忍海勇太が少し笑った――

「うん。そしたら大美和さくら先生が……」

 新子友花も彼の微笑む姿に釣られて、おもわず頬を緩める――




       *




「新子友花さん、忍海勇太君。……まあ、そんなに焦らず書いてくださいな」

 いつものように自分の席に座って、PCに向かっている。

 大美和さくら先生は、自分の席でマグカップに入ったホットコーヒーを口に少し含んだ後、2人を気に掛けてくれた。

 先生の席は教室の向かって右前の出入り口近く――その後ろ隣りに座っているのが新子友花で、先生の向かいの席窓側に座っているのが忍海勇太だ。


 あの時の部室には、あたしと勇太と大美和さくら先生の3人だけだった。

 珍しかった部活動だったことを今でも覚えている。


「えっ? ぶっちゃけ先生、それ軽いノリで書き込んでも……いいってことですよね?」

 条件反射のように忍海勇太はPCから身体を上げて、向かいに座っている大美和さくら先生に尋ねた。

「ちょいって! 勇太……あんた、何楽しようとしているわけ?」

 キーボードを打つ手を止めると、新子友花は斜め向かいに座る彼に対してジト目攻撃。軽蔑の眼差しを当ててやった。

 そうすると、

「はい……。まあ、ぶっちゃけSNS連載なんてものは、ラノベの世界でも軽視されていますからね」

 と、大美和さくら先生もぶっちゃけてからニッコリと微笑んだ……というより苦笑である。

 マグカップにゆるりと一口当てて、ホットコーヒーを静かに啜る。

「まあ、短文で長編ラノベって無理がありますしね……。そんなことなら始めからラノベサイトで書いた方がいいですよね?」

「大美和さくら先生、それじゃ……なんで始めからラノベサイトで書かないんですか?」

 純粋な疑問を感じた新子友花である。

「だって、ラノベサイトにはリツイートや引用する機能は無いでしょ? SNSの機能を使えばリレー型の連載が容易ですからね……」

 マグカップに入っていたホットコーヒーをグイッ……グイっと飲み干すと、それを机に置いて、

「……まあ、気軽に書いてラノベ部員の交流を深めましょう! というのが先生からの本日の課題で~す♡」

 両手で頬杖を付いてから、ニコニコと『で~す♡』の語尾を強調した先生である。


「……はい。気楽に書いてみます」

「……はい、大美和さくら先生」

 2人それぞれが返事をすると、

“ちょいって! 勇太って気楽になんて失礼でしょ”

 と、新子友花がPCのメッセンジャーメールで送信――

 すぐに彼は、

“先生が気楽にって仰るからだ! お言葉に甘えて悪いか?”

 少し切れ気味に返信してきた。

「こ~ら! 新子友花さんと忍海勇太君。隠れてメッセージのやり取りをしても、先生のPCはメインサーバを兼ねていますからね……全部筒抜けで読んでま~す」

 ニコニコした笑顔のままで大美和さくら先生が苦言を仰り……、抜け目ありませんね。

「……でもでも、皆さん。あまり度が過ぎた内容は書いちゃあダメですからね」

 すかさず、先生が両手の人差し指で『バッテン』を作る。

「ダメ……? 大美和さくら先生、度が過ぎた内容って……」

「……まあ、度が過ぎちゃうと、ネットで炎上しちゃいますからね」


 PCのキーボードを打つ手を止めて、新子友花が尋ねた。

「炎上って。あの……今流行りの誹謗中傷のオンパレードみたいなやつですよね?」

「はいな! でも、……まあ、ぶっちゃけSNS側がワザと炎上させていることも多々あるんですけれどね。ランキングとか人気キーワードを意図的に操作して……あれ全部ヤラセで~す!」

 何故か嬉しそうに喋っているけど……。

「え……。ヤラセなんですか? そんなことあるんですか?」

 新子友花は先生の話を疑った。

 いつも閲覧しているランキングとか人気キーワードって、あれ機械的に表示されているとばかり思っていたからである。

「ええ、そーなのですよ! まるで人工知能AIが人類に点数を付けて、人間選別しているようにね」

「先生、それってハリウッド映画でよく話題になっているだけでしょ?」

 意外とこういう非現実的でSFっぽい話は、乗り気でない忍海勇太だった。


(そんなことって、本当にあるものなのかな……)


 一方、新子友花は純粋にその辺りの裏事情に興味があった。

「まあまあ……それはよっぽど突飛な話ですから、2人は気にしなくていいですよ。普通に使用していれば、全く問題なんてありませんから……。どちらかというと炎上対策のために、人為的操作も兼ねていると表現した方が妥当でしょうね……」

 机に置いてある小皿の中の、一口サイズのチョコレートを大美和さくら先生はどれにしようかと選ぶこともなく一個選んで、それを口の中に入れた。


「完璧なアルゴリズムなんてものは存在しないのですから、なにかしらのバイアスが掛かってしまうことはしょうがないでしょう。もっぱら倫理の問題ですから。――先生だって、ぶっちゃけ嫌な生徒は多少いますけれど、だからと言って、私は国語教師の本分として好みで生徒達に教えてはいません。……それと同じです」


 もう一口、チョコレートを口に入れてモグモグと……。

「……そんなことよりも、さあさあ! 新子友花さん、忍海勇太君? SNSでラノベ連載をチャチャっと書いちゃってくださいね!」

「チャチャっとって……。ぶっちゃけ俺達まだ共通のテーマがなくて、キーボードを打つ手が進まないんです」

「大美和さくら先生……、あたし達って何を書けばいいのですか?」

 2人は先生の顔を見て、ラノベ連載のための共通キーワードで困っていることを打ち明けた。

 すると、

「ふふっ……。そう来ると思いましたよ」

 おもむろに大美和さくら先生が自分の席から立ち上がった。

 そして、教壇まですたすたと早歩きで歩いていく……。


 ――電子型ホワイトボードに電子ペンを手に持ち、チャチャっと大きくキーワードを書いて。

 まあ、これって……いつもの如くですけれど、



『フィクション!!!!』



 完結編はビックリマーク多めです――

「ラノベなんてフィクションの塊なのですから、2人は思う存分フィクションを書いちゃってくださいな!」


 はぁー はぁー 


 書き終わってから息切れしている……。

 肩で大きく深呼吸してる大美和さくら先生だ。

「でも先生、それじゃ炎上するんじゃ?」

 ついさっきまで炎上しないようにと言っておいて、フィクションだから存分に書いていいってどっちなんだ?

 成績上位の忍海勇太が、直ぐにこの矛盾点に気が付いた。

「ええ! フィクションは全然炎上しちゃってかまいませんから――」


 バンッ!


 大美和さくら先生は、電子型ホワイトボードを手の平で叩いた。

 なぜ叩いたのか……。

 それは、先生の手の先に書かれている『フィクション!!!!』なんだから、ツベコベ言わずに書きやがれ……と表現したかったからだ。

「……これは皆様、ごめんあそばせ。聖ジャンヌ・ブレアル学園では失礼でしたね」

 プライベートでは、そうではないんだ……。

「炎上しちゃっていいじゃないですか? だって、その方がSNS側は広告収益を多く得られるのですから……」

「得られるって、大美和さくら先生……」

 なんだか、やぶれかぶれな先生の豹変ぶりに、新子友花は内心ドン引きである。

「これは裏話ですよ! ……先生の、ここだけの話ということで済ませてください。――まあ大体、ラノベというジャンルは異世界で、ファンタジーで、フィクションなのですから。炎上しようがありませんからね……」


 シ~ッと……、唇に人差し指を当てる。


「さあ! SNSに存分に未来の世界をフィクションしちゃってくださいな!! 新子友花さん、忍海勇太君……さあさあ!!」

「はい……。大美和さくら先生、あたし頑張ります」

 何を頑張るのか自分にもよく分からなかった新子友花だったけれど、ここは先生のノリと勢いに身を預けて存分にラノベを書いてみよう。


 新子友花はそう覚悟を決めて、PCに向かってキーワードを打ち始めた――





 続く


 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

 登場する人物・団体・名称等はすべて架空であり、実在のものとはまったく関係ありません。

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